秋田市文化創造館

PARK – いきるとつくるのにわ

わいないきょうこ「雪室勉強会」開催レポート

日時|2023年10月15日(日)-12月22日(金)

PARK-いきるとつくるのにわ」の[観察する(クリエイターによるリサーチと表現)]ではつくることを日々実践し、日常の暮らしをユニークな視点で観察しつづけるクリエイター・アーティストが秋田市中心市街地を拠点としたプロジェクトを展開します。

長らくロンドンを拠点に活動後、近年は母の故郷である美郷町を拠点にするわいないきょうこさんは、昨年の雪室制作を継続し、今年度は市民に雪室制作の過程をひらき雪室勉強会を開催しました。秋田や東北の食材を使い、10月から12月の間、月に1度程度、秋田の雪や食材への知識を深め、千秋公園へ雪室の設置を行いました。

雪室(ゆきむろ)とは

雪室とは雪を活用した部屋や小屋のことをいいます。横手市で有名な「かまくら」も雪室のひとつです。また雪を使って食材を保存する貯蔵庫の意味もあります。今では少なくなりましたが、小さな小屋や土に穴を掘った空間に食材を入れ、その周りの降り積もった雪を利用して貯蔵庫を作っていました。雪室熟成の代表として大根、白菜、りんご等があり、雪室で熟成されることで何倍も甘味が増幅されます。まさに雪室は、雪国ならではの熟成文化といえます。

10月15日秋田の雪を学ぶ

雪が降る秋田といえど、県内の沿岸部と内陸などの地域差で雪量も質も異なります。風が強く雪が積もることが少ない秋田市内では雪室が成功するか想像が難しがたく、昨年制作した際も周囲の方にも止められることもありました。実際に12月からの3ヶ月ほど熟成させたところ、水分が多い野菜は失敗しましたが、思った以上に成功した食材もあり、秋田市でも雪室が成り立つことが分かりました。

本年度はその反省をふまえ、まずは今年の秋田の雪はどうなるのか、これからの秋田や日本の気象への疑問をなげかけるため、雪室勉強会の第1回目では気象予報士の和田幸一郎さんをお招きし、県内の気象を解説していただきました。

勉強会の冒頭では昨年度に実施した雪室設置のお話しと、わいないさんが県内の農家さんや鮮魚店への聞き込み内容をご紹介しました。今年の豪雨や温暖化の影響で秋田の伝統野菜沼山大根の生育が難しく収量が激減した一方で、さつまいもの生育が例年よりも良いというお話しがありました。

和田さんのお話しでは、温暖化により上昇する海水温や突然の豪雪、豪雨、熊被害の増加等が、ここ近年の気象とどのように関係しているのかお話しいただきました。今年の冬の降雪量や気温は平均をとると平年並もしくは暖冬傾向という予報がでているそうですが、実際は豪雪の日と暖かい日の差が激しくなっているそうです。後半は参加者からの質問にスライドを使って丁寧に解説いただきました。

和田幸一郎さん

11月11日 腸詰作り

世界で戦争が起こっていることや国内の熊被害のことを考え、イスラエルとロシアの味や秋田、岩手の熊、鹿肉のジビエ、藤里町の羊肉を用いて腸詰を作ることにしました。腸詰の講師に大仙市でローストチキンや自家製ソーセージなどを作られている髙梨商店の松本紘幸さんを講師にお招きしました。長期乾燥させることを想定し、水分量や塩分量など細かなアドバイスをいただきながら作っていきました。当日はすでにスパイスが混ぜられたひき肉と、まで混ぜられていないものを用意し参加者と共にひき肉を捏ね、羊腸に詰めていきました。

スパイスをひき肉に混ぜ捏ねる
腸詰を刺繍糸で結んでカラフルに

松本さんには腸詰を詰めるコツなどを説明いただきながら、羊腸にひき肉を詰める作業を教えていただきました。

左|松本紘幸さん
さまざまなスパイスの紹介
腸詰の技術を利用したロールキャベツもふるまいました。

制作した腸詰は、わいないさんが営んでいる美郷町のやぶ前で、それぞれの腸詰に合わせた菌をふきつけながら干しました。

12月17日の腸詰

●わいないきょうこさんのコメント

町に降りてきてしまった熊たちは一度その場所を確認すると必ず戻ってきてしまう。
人も熊も戦々恐々だった2023年の夏。
秋田県南の美郷町では日々朝からどこに彼らが現れたのか?
の防災アナウンスが流れていました。
私の住む六郷という住宅街の酒屋近くで発見され、唖然としました。
また大騒ぎになった美郷町庁舎近辺の幼稚園のとなりにある畳店近くで発見された親子の熊。
警察の誘導でなんとか倉庫におびき寄せて一夜を明かしました。
リラックスした熊たちでしたが次の日の朝ケージに囚われて山で運ばれ銃殺されました。
ものすごい反響でした。なぜ殺すのか?と。
この日囚われた熊は特に幼稚園の隣に出た事も含めて大変危険な状況でした。
人の暮らしと熊たちの頻拍した暮らし。
異常気象が山の中の生態系を壊しています。
やぶ前にはこういった経緯で獲れた熊肉がブロックで届けられることが少なくありません。
私たちが色々な国での食生活を知っているので使えないかと持ち込んでくれたことからこのチャンスは増えていきました。PARKのこのプロジェクトにこの熊肉を加工して熟成を考えた時、腸詰にすることを思いつきました。美郷町に近く美味しい集いの場、髙梨商店を営む松本紘幸さんに腸詰先生として参加していただくことに。同時に手元にすでにあった畑を荒らすので捕られた湯沢からの鹿肉。安定に生産されている藤里町のラム。ほっこりと美味しい大仙市の大綱ポーク。
一つ一つの素材に物語を作って形にしていきました。

2023年11月11日@文化創造館キッチンにて

日本のフレーバーポークサラミ2種
秋田に辿り着いてさらに見つけた日本の熟成。
味噌、醤油、麹。
世界に誇る日本のスパイス。
山椒、わさび。

◆日本1 大仙市産 大綱ポーク◆
豚肉 1㎏
岩塩 15g
赤味噌 大さじ1 (塩3g分)
山椒 塩付け 適量
麹スプレー 適量
塩分濃度2%

◆日本2 大仙市産 大綱ポーク◆
豚肉 1㎏
岩塩 15g
醤油 大さじ1 (塩3g分)
山椒 醤油漬け 適量
わさび 大さじ1
麹スプレー 適量
塩分濃度 1.8%

戦争の国を想って本来の彼らの暮らしが戻るように祈って作った2種
イスラエルもパレスチナもシリアもヨルダンも、いまや混じり合った出生を問いただしたところでそれの行き着くアイデンティティを掘り下げる意味はどこにあるのだろうと思ったりする。先祖代々パレスチナ人で母語はアラビア語のイスラム教徒。国籍はイスラエルだけどパレスチナ人で文化的にはアラブ圏に属する人はヘブライ語もアラビア語も話すんだと。なんでもありなんだと。それが生き方なんだと言っていいのではないか?と。
その場にいて今を生きることに美味しい時間を閉じ込めて戦争のその場に送りたいと思う。ひもじいと思うことが誰かへのヘイトメッセージになることがあるとしたら今美味しいをシェアできたらそれが全てなんではと思うのだけど。

◆ イスラエルもパレスチナもシリアもヨルダン風 大仙市産 大綱ポーク◆
豚肉 1㎏
岩塩 18g
ガーリックパウダー 80g
パプリカパウダー 35g
クミンパウダー 20g
ブラックペッパー10g
塩分濃度 1.8%

ロシアもウクライナもモルドバもベラルーシも

いまや混じり合った出生を問いただしたところでそれの行き着くアイデンティティを掘り下げる意味はどこにあるのだろうと思ったりする。
プーチン時代の前のロンドンで出会った多くの正教徒はソビエト時代に祖国を離れて英国で自由な芸術的表現を求めてその地に辿り着いていた。集うということが宗教のあり方だとするといろいろな食文化が入り混じっての集いが繰り広げられて私のレシピもそうやって形になっていった。

◆ ロシアもウクライナもモルドバもベラルーシ風 大仙市産 大綱ポーク◆

豚肉 1㎏
岩塩 22g
ブラックペッパー 10g
クローブあらびき 5粒
ニンニク 8かけら
玉ねぎ 300g
塩分濃度 1.8%

きちんと食べますよ熊くん鹿くん2種

◆湯沢産 熊肉◆
熊肉 2㎏
岩塩 44g
ジュニパーベリー 22g
コリアンダー 8g
セージ 小5枚
塩分濃度2.2%

◆岩手産蝦夷鹿 鹿肉 雄◆
鹿肉 2㎏
岩塩 44g
ブラックペッパー小さじ1
スマック 大さじ2
オレガノ 小さじ1
ガラムマサラ 小さじ1/2
塩分濃度2.2%

砂漠から帰ったマラケシュで食べた味

◆藤里町 ラム◆
ラム肉 2㎏
岩塩 44g
ガーリックパウダー 大さじ2 
マジョラム 大さじ2
バジル 大さじ3
タイム 大さじ3
レッドペッパー 大さじ3
塩分濃度2.2%


12月22日 千秋公園への雪室の設置

雪が降る中、多くの参加者が集まり千秋公園に雪室を設置しました。あやめ園横の敷地に、吊るし用と野菜用の2種類をつくりました。一月半の眠りにつく食材たちへ、開封した時に祈りを込めてそれぞれのメッセージも一緒に封入しました。
吊るし用は野菜の風よけ用の骨組みを利用し、大根等が吊るせるように園芸用の支柱を追加したものをつくりました。野菜用は昨年設置した雪室と同じく、ネズミ返しのために野菜コンテナを足場に板を置き、高床式にしました。新聞紙でくるんだ野菜をトロ箱に入れ、板の上に置きむしろをかけて封をしました。
食材は昨年の反省をふまえ、この日の為にあらかじめ乾燥させておきました。昨年は水分の多いカブ、大根、瓜などは腐ってしまったため、その反省を活かした工夫です。

吊るし用雪室の設置
野菜用雪室の設置
参加者のメッセージ

「雪室に入れた食材」
●吊るし用
春霞の酒粕、腸詰(真空パック)、沼山大根、カブ
●野菜用
菊芋、白菜、キャベツ、泥ネギ、りんご、じゃがいも、ナッツ類、金柑

雪室に入れるりんご(乾燥中)
雪室に入れる野菜類。新聞紙で包む
野菜は土で育っていた状態と同じ向きにした方が長持ちしやすい
布の袋には酒粕が入っている
吊るし用の雪室 (完成)
野菜用の雪室(完成)

腸詰の作業や雪の中雪室を設置する作業は大変な作業でしたが、参加者からは「初めての作業でたのしかった」「開封するときが楽しみ」などの声をいただきました。雪という自然の力を借りておいしいを作り出す為には、とにかく待つことが肝心です。菌の力と冬の寒さを信じて待つ。すぐにはおいしいものはできないことを教えてくれます。わいないさんが腸詰に込めた願いと参加者の期待が込められた雪室。一月半の熟成の末に開封への期待が膨らみます。



1月20日-2月4日の期間「PARK – いきるとつくるのにわ」の成果発表とし展覧会「交わるにわ、創造するキッチン」を開催し期間中には、雪室勉強会で制作した腸詰や野菜類の食材が詰まった雪室開封イベント「雪室開封の儀」と雪室食材を使用したフードイベント「雪室食材試食会」を開催します。

【雪室開封の儀
千秋公園に設置した雪室を開封する「開封の儀」を開催いたします。一月半熟成された食材を一緒にみてみませんか?
日時|2月3日(土) 10:00~12:00
場所|千秋公園
集合場所|秋田市文化創造館1階 コミュニティスペース

【雪室食材試食会】
開封した雪室食材を使用した料理を振るまいます。秋田の雪で熟成されて味を一緒に味わってみませんか?
日時|2月4日(日) 15:00~17:00
場所|秋田市文化創造館1階 コミュニティスペース
定員|100名(先着順) 事前予約優先
参加費|無料

▶︎「冬眠という熟成の味を旅する気分で体験してみませんか?」開催レポートはこちら
▶︎2022年「観察する」わいないきょうこ雪室制作レポートはこちら
▶︎展覧会「交わるにわ、創造するキッチン」はこちら


Profile
撮影|大森克己

わいないきょうこ(デザイナー、やぶ前)

横浜市出身。桑沢デザイン研究所写真研究課卒。日本でバッグデザイナーとしてそのキャリアをスタート、活動拠点をロンドンに移した後は、内外問わず様々な企業やデザイナーとのコラボレーションを通じ、バッグを主軸にファッショ ン小物やインテリア・オブジェなどを制作。また舞台、映画などのコスチュームデザインも担当。 現在はブータン王立タラヤナ財団クリエイティブアドバイザーなど続けながら、ロンドンのスタジオを母方のルーツ秋田美郷町に移し、町の人々と伝統と知恵を新しく捕まえる形で世界にその暮らしぶりを伝えるための町の学び舎’やぶ前’を始めた。

Profile

和田幸一郎(気象予報士/秋田朝日放送気象キャスター)10/15講師

1957年山形県東置賜郡高畠町生まれ。高校卒業後、陸上自衛隊第6師団入隊、同年10月国鉄に入社し山形車掌区に配属される。1978年同僚と結成したバンド「POPcorn プラス ONE」でヤマハポピュラーコンテスト東北グランプリ大会に出場。国鉄分割民営化を機に気象庁入庁し秋田地方気象台に配属される。2017年秋田地方気象台長に任命され、平時から気象台と自治体トップや防災担当者と「顔の見える関係」を築く。定年退職後、防災気象官として再任用。ホットラインを通じた功績などが評価され、秋田地方気象台職員一同名で国土交通大臣表彰を受ける。2019年から現在、秋田朝日放送気象キャスターとして活躍中。
X(twitter)
Youtube

Profile

松本紘幸(髙梨商店) 11/11講師

秋田県大仙市(旧仙北町)出身。秋田県立大曲農業高等学校卒業。 東京デザイナー学院卒業。 後、同校のファッションデザイン科、ファッションCADの講師として勤務後、株)Kantan企画製造に勤務。 2010年 東京都杉並区高円寺にアウトドアスタイルキッチン松の木食堂を仲間と共に開店、普段はキャンプやバーベキューで登場するアウトドア料理が食べられる店内。客席には一人乗りハンモック。音楽好き、旅行好き、犬好き等の幅広い層に愛されるお店となる。 2018年12月に閉店、秋田移住に向け準備を進め、地元に恩返しがしたいと、自らが卒業した小学校の目の前に高梨商店をSATORIとオープン。高梨朝市、丸子川ナイトマーケット、食事のなる木プロジェクトを主催。2児の父。
ウェブサイト


テキスト|山本美里(PARK – いきるとつくるのにわ プログラム・コーディネーター)
写真(12月22日)|大内七海