秋田市文化創造館

レポート

“思い通りにならないもの”と向き合う音あるいは声はどこから
「滑琴追走曲 in 秋田(カッキン・カノン)」レビュー

2024.03.31

おおしまたくろうは「SPACE LABO 2021」に選出されたことを機に、秋田でのリサーチやクリエーションを重ねて、自身の作品を制作してきました。そんなおおしまの作品を見守り続けたユカリロ編集部の三谷 葵によるレビューを公開します。

日時|2024年3月3日(日)15:00〜17:00
会場|旧松倉家住宅 米蔵


“思い通りにならないもの”と向き合う音あるいは声はどこから
「滑琴追走曲 in 秋田(カッキン・カノン)」レビュー

ユカリロ編集部 三谷 葵

 この体験をなんと表現したらいいのだろう。おおしまたくろうのサウンドとパフォーマンスに立ち会うたびにそう思う。
 ときに虫の触角を頭につけて床にしゃがみ込み、ときに見たこともない背負い式のアンプを背負い、スケボーに乗ったかと思うと、今度はスケボーから降りてボードを電柱やガードレールなどまちなかのものにこすりつける。彼が動くたびに、背中のアンプからはギュインギュイン、バインバイン、ビーーーーッなどさまざまな音が聞こえてくる。そのすべてはいわゆる「ノイズ音楽」なのだが、それを笑顔で心から楽しんでいるのは、おそらく普段ノイズ音楽の熱心なリスナーではなさそうな市井の人々なのだ。ふつうの人々が、前衛的な音楽に夢中になって聴き入る。それどころか、しばしばこらえきれずに漏れた観客の笑い声が重なる。その視線の先には、おおしまたくろうが自作のさまざまな楽器をニュートラルな表情で演奏している様が映る。

 おおしまの近年の活動の中心は「滑琴(かっきん)」という創作楽器を中心とした作品発表にある。「滑琴」とは、スケートボードにエレキギターの弦を取り付けたおおしま自作の楽器。スケートボードで走るようにして演奏することから、「演走」と呼ぶ。路面の凹凸により弦を振動させて発音させるもので、そのため歩く/自転車で走る/自動車で走る、このいずれとも異なる方法でまちの特徴を体感することができるユニークさがある。スケートボードのように滑琴の上に乗って走行することで「まちを奏でる」楽器であるとも言える。

 おおしまたくろうは自身を「サウンドマン」と呼ぶ。おおしまによると「バンドマン」のようにサウンド活動を自己実現の手段とする人のことだという。「PLAY A DAY」をモットーに、身近な道具を改変した楽器の制作とそれらを組み合わせた少し不思議なパフォーマンスを行うおおしま。2024年3月3日「滑琴追走曲 in 秋田(カッキン・カノン)」と題した上映会とトークイベントが行われた。

 今回のプロジェクト「滑琴追走曲 in 秋田(カッキン・カノン)」は、2023年1月15日に行われた音楽イベント「滑琴狂走曲 in 秋田!(カッキンラプソディー・イン・アキタ)」の続編にあたる。
 このユニークな楽器とともに公募「SPACE LABO 2021(秋田市文化創造館主催)」のためにおおしまが秋田を訪れたのは、2022年1月だった。1月の秋田といえば、年間でも最も雪が積もっている時期だ。スケートボードをベースとした滑琴では、融雪舗装された一部の道路を除き、まちなかを走ることはほぼかなわなかった。「京都出身・在住歴の長い自分には、雪国の冬の積雪量が想像できていなかった」とおおしまはのちに振り返る。

雪耳琴(かんじきん)

 しかしおおしまは、その経験を元にスケートボードで雪かきをしながら雪の中を進むなど、雪というノイズがあるからこそ実現可能な「雪中演走(Rhapsody in Snow)」という新しい奏法を編み出す。さらに雪国のかんじきにエレキギターの弦を張った新しい楽器「寒耳琴(かんじきん)」を考案するなど、演走にとってともすれば障害となりえる雪を味方につけるアイデアをどんどん発表する。そのユーモラスさ、柔軟さはまさに「PLAY A DAY」の精神だ。審査員講評では、審査員の1人である川勝真一はこう記している。

「短い期間の中ではあったが、初めて遭遇する雪国の風景や人々との対話を通して、自身の経験や思考、身体が更新されていくような新鮮さがプレゼンテーションから感じられた。(中略)滞在した期間は、決して活動しやすい季節だとはいえないが、結果的に、長い冬の雪と共にある暮らしの中で培われてきた秋田の人々の精神性や、暮らしの悲喜交々に触れることになったはずである。」
公募「SPACE LABO 2021」審査員総評

 ここから約1年間、おおしまは秋田に通いつづけ、滑琴を演走するルートのリサーチや、複数人で演走するためのバンドメンバー集めを行った。その集大成のライブが、2023年1月15日の演走イベント「滑琴狂走曲 in 秋田!(カッキンラプソディー・イン・アキタ)」となった。

滑琴狂走曲 in 秋田!(カッキンラプソディー・イン・アキタ)」

 だが、ここでも思いがけない事態が発生する。2023年の演走の日は一転、雪がまったく積もらなかったのだ。
 それでも当日は秋田市内を題材に作曲した「室内道楽(Street Chamber Music)」と「雪中演走」の2曲を演走。パフォーマンスは大きな盛り上がりを見せた。松浦知也によるレビューに、当日の様子が記されている。
 おおしまはのちに、雪にだけ恵まれなかったこの日のことをこう述懐している。
「どうやって厳しい冬の秋田を楽しむか、それだけを考えた一年間でした。雪を想定して準備を進めましたが、当日に雪が積もらず……。冬の秋田との戦いは私の完敗ですが、皆さんのサポートのおかげでプランを妥協なく実施できました」

2023年の雪のない1月、雪耳琴(かんじきん)で演走するおおしま

「秋田市文化創造館アニュアルレポート2022年度」

 と、ここまでが長い長い前置きである。


 「滑琴追走曲 in 秋田(カッキン・カノン)」は、2024年2月に念願の雪中演走を実施し、それを映像化した新作の発表と、2023年の「滑琴狂走曲 in 秋田!(カッキンラプソディー・イン・アキタ)」の作家自身による振り返りをプロジェクトにしたものだ。主催はおおしまたくろう本人。共催に秋田市文化創造館が入り、引き続き伴走した。

「滑琴追走曲 in 秋田(カッキン・カノン)」会場:旧松倉家住宅 米蔵

 作家本人による丁寧な自己紹介ののち、ヘッドバンドにまるで虫の触角のようにみえる弦がついた楽器「Shake Bug」でのパフォーマンスが始まった。四つん這いになり、弦を地面にこすりつけたり、ゆっくりと観客に近づいて弦で観客と接触したりするおおしまの姿。アンプから流れる不思議な音に、会場にさざ波のような笑いが起きる。触角に積極的に触れてみる者、触角を避けようとする者さまざまだが、この時間で観客は「笑っていいんだ」と緊張を解く。

 次に、寒耳琴を使った雪中演走の実演が行われた。この日も近年まれにみる少雪の秋田ではあったのだが、会場となった旧松倉家住宅の駐車上にうっすら積もった雪の上を寒耳琴で歩く。バイン、バイン、バイン。ギギー、ギギー。会場のスピーカーからはおおしまが動くたびに動きに連動した音が聞こえてくる。赤いアンプを背負い、蛍光イエローの寒耳琴を履いて、黒の長袖Tシャツ一枚のおおしまが窓の外に見え隠れするたび、観客からは笑いが起きる。

 「滑琴追走曲 in 秋田(カッキン・カノン)」でのトークでは、ユカリロ編集部が聞き手となり、作家自身による滑琴と秋田との関わりを示した年表をすごろくで追うというユニークな形式で行われた。年表はすごろくのコマになっており、サイコロを振って出た目の数だけ進む。まるで往年のトーク番組「ライオンのごきげんよう」(フジテレビ系列、1991-2016)のようだが、ジョン・ケージが作曲にサイコロを取り入れた「偶然性の音楽」を参照している。このように個人の意図を超えた偶然性を取り入れることでトークは、これまで秋田でおおしまのパフォーマンスに触れたことがある人にもそうでない人にも、どちらにも開かれた場になっていく。

「滑琴追走曲 in 秋田(カッキン・カノン)」ユカリロ編集部によるトーク

 トークでは、「SPACE LABO 2021」以前から秋田での活動があったこと、コロナ禍でオンラインパフォーマンスを模索し、その集大成として実施した「帰省されるイヤー/ Ear-Shaped Homecoming 」(2021)という作品の解説、「滑琴狂走曲 in 秋田!(カッキンラプソディー・イン・アキタ)」の会場づくり、水口翔太氏のサポートで制作した「ランプリファイアー」(スケートボードパークの中にある坂のようなセクションである「ランプ」とギターアンプが合体したもの)、大阪での配信実験や、10代のバンドマン2名がメンバーに加入したときのエピソードなどを振り返った。

 いよいよ新作「滑琴追走曲 in 秋田(カッキン・カノン)」の上映である。一つのメロディを複数のパートが追いかけるように演奏していくカノン(追想曲)に倣い、2023年の「滑琴狂走曲 in 秋田!(カッキンラプソディー・イン・アキタ)」の映像と、2024年の雪中演走の映像と音声がオーバーラップしながら進行する。「追走曲」というだけあって、1年前と同じルートを走るが、滑琴の音はアンコントローラブルなので、カノンといっても耳にはノイズ音が増幅して音がたわんだように聞こえてくる。それが時空をゆがませる効果をもたらすのか、見ているうちに2023年の映像と音なのか2024年のそれなのかの境目が曖昧になり、2年間分の演走が融合していく感覚に陥った。

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 おおしまは楽器の演奏音楽や楽器をとおして表現される遊びやユーモアで社会の不寛容さをマッサージしたいという。

バイオリンを改造した「Violinsect(バイオリンセクト)」

「世の中から排除されてしまいがちな“ノイズ”を、パフォーマンスを通して肯定的に捉え、ユーモアや笑いに変換し、表現することを意識しています」。出典「おおしまたくろうインタビュー ノイズをユーモアに変換し、社会をマッサージする」(京都ロームシアター、2022.2.15 )

 この背景には、自身の吃音症がある。おおしまは音としてのノイズと社会の異分子としてのノイズの結節点となるのが、自身の吃音であり、このノイズを一瞬だけでも笑いに変えるユーモアで、社会的規範を柔らかくもみほぐそうというのだ。おおしまのライブ会場では前衛的なノイズ音と観客の笑い声がしばしば重なる。松浦知也氏が本サイトの2023年のレビューでもいみじくも記したとおり「この『笑えるノイズ』こそおおしまの活動の根幹」なのだ。

 おおしまはギターやピアノなど特定の楽器演奏の経験はなく、スケートボードも滑琴の着想を得てから練習を始めたという。
「音楽の演奏を、楽器ができる人だけのものにはせず、だれにでもそれなりに演奏できるものにしたいと思ったんです。それが僕にとっての“音楽の民主化”なんです」

「滑琴狂走曲 in 秋田!(カッキンラプソディー・イン・アキタ)」出演者によるパフォーマンス

 作曲者、演奏者、楽器の製作者、そのいずれをも特権化しないおおしまの態度は、音楽をだれにでも開かれた状態にしておいてくれる。そうしたインクルーシブな視点を大上段に構えることなく抜群のユーモアのセンスで観客に提示してくれるから、その場にいる人々それぞれに、まちの風景が「笑えるノイズ」として聞かれ、開かれ、楽しまれるのだ。

 これらの音は、吃音をもつおおしまにとって、ときに思い通りにならない自身の声以上に直接的にリアルタイムに鳴らせる声の延長のようなものでもある。

思い通りにならない世界で現実だけを見据えて暮らすのは閉塞感で押しつぶされそうになります。それでも音楽や祭りという一時的な時間のなかで、思い通りにならないことを楽しんだり乗り越えたりして人は前を向くのでしょう。滑琴は音高をコントロールすることを目指す楽器でなく、秋田の雪もコントロールできるものではありませんが、今回の作品ではコントロールできないものを楽しむ姿が示せたと思います。
出典「滑琴狂走曲 in 秋田!(カッキンラプソディー・イン・アキタ)を開催!」(おおしまたくろう note 2023.9.23)

 音を楽しむ態度の柔らかさを支えるのは、おおしま自身がもつこうしたレジリエントな哲学なのだろうと思う。

 言いづらい言い回しを回避する「言い換え」も頻繁に行うせいもあるのだろうか、おおしまの言語センスには卓越したものがあることを最後に言い添えておきたい。
 「滑琴=カッキン」なんて、思わず口にしたくなるリズムがあるし、スケートボードで走って演奏することを「演走」と呼び、「狂想曲(ラプソディー)/追想曲(カノン)」をそれぞれ「狂走曲/追走曲」と書き換える。雪の中の演走は「雪中演走」だ。コロナの規制と、耳だけの帰省をかけた作品「帰省されるイヤー/ Ear-Shaped Homecoming 」(2021)などの言葉遊びも観客にくすっとした笑いをもたらす。
 おおしまのこうしたユーモアあふれるレトリックのセンスは、彼が新しい楽器をつくり、新しい音を生み出しながら、社会のモノサシをもみほぐしていく力としっかりつながっている。彼の生み出す音と言葉は、私たちをくすぐりながらも、単なる遊びにとどまらず、私たちがとらわれている価値観や社会の規範を透かして見せてくれる。かつて風刺画が大きな存在に対する軽やかな批判や抵抗として描かれ市井の人々に楽まれたように、私たちはおおしまたくろうの音楽によって心のどこかを柔らかくほぐされ、自由にしてもらっているのだろう。

 「滑琴狂走曲 in 秋田!(カッキンラプソディー・イン・アキタ)」は、そののちの2024年3月、やまなしメディアアートアワード2023-2024で優秀賞にあたるY-SILVERを受賞することになる。まちそのものを楽譜として捉える滑琴という楽器のユニークさ、制作意図や開発過程、音が出る原理をわかりやすくユーモラスに展示したこと、参加型アートプロジェクトとして地域に受容され、演走者の輪が拡がりつつあることなどが評価された。
 この受賞を喜んだ秋田の観客は少なくなかっただろう。受賞を喜びつつ、やまなしメディアアートアワードの公式Xにアップされた映像では、雪中演走のために開発した寒耳琴を、今度は山梨の青空と芝生の上で披露していた姿に、おおしまの演走の変化のスピードにはなかなか追いつけないものだと舌を巻いた(2年連続少雪だった秋田市での怪我の功名か?!)。
 おおしまさん、受賞おめでとうございます! 秋田で生まれた寒耳琴をひっさげての受賞とパフォーマンスを見て、あのときの観客みんなでバンザイしています。ただ積雪という点では、秋田はまだ本気出せていません。また秋田にぜひ来てください。今度はもっともっと大雪のときに! 

「やまなしメディア芸術アワード2023-24」でのパフォーマンス 撮影:齋藤千春

Profile

三谷 葵(みたに あおい)

編集者・ライター。1981年長野県松本市生まれ。新潮社「考える人」編集部、アノニマ・スタジオを経て、2013年より秋田在住。秋田のデザイン会社See Visions(石倉 葵名義)で勤務するかたわら、「ふつうの人の、ふつうの暮らし」をテーマにしたリトルプレス「ユカリロ」を発行している。「ユカリロ」では文と編集を担当。好きな食べ物は目玉焼き。2023年6月よりpodcast「ユカリロのギリギリステイチューン」配信中。

撮影:伊藤 靖史(Creative Peg Works)
映像制作:YVStudio