秋田市文化創造館

PARK – いきるとつくるのにわ

身体0ベース運用法(安藤隆一郎)
「山のホームセンター木の岐編」レビュー


日時|2024年1月20日〜2月4日

「又と岐の小屋」

秋田に暮らす人々やクリエイター、専門家が交わり多様な活動を展開するプロジェクト「PARK – いきるとつくるのにわ」。「観察する」「出会う」「育む」「残す」の4つのプログラムを通して、秋田の文化的土壌をたがやしていくことを試みます。
展覧会「交わるにわ、創造するキッチン」では、これまでの活動の成果を公開し、秋田の暮らしの中で培われた知恵や技術・表現が結ばれ、新たな文化の種が生み出される場をひらきました。

「ものづくりの視点」から「もの」との関わりによって生まれる身体の感覚、運動機能を「0」から見直す身体0ベース運用法(安藤隆一郎)。年に数回秋田を訪問し、自ら森に入って道具作りの素材集めをしながら、自然物を用いた民具や農具などをリサーチ。2024年二又以上に分かれた木の枝で作られる「木の岐(きのまた)」と呼ばれる民具をヒントに新しい道具を制作し、自然との関わり方を提示しました。

「交わるにわ、創造するキッチン」での身体0ベース運用法(安藤隆一郎)の作品について福島県立博物館専門学芸員小林めぐみさんによるレビューを公開いたします。


アーティストの術中にはまる快感。

展覧会「交わるにわ、創造するキッチン」の一角をなしていた安藤隆一郎さんの展示「山のホームセンター木の岐編」は、久しぶりにその嬉しい感覚を与えてくれるものでした。

民具からヒントを得て竹や木など道具の素材を入手できる山をホームセンターに見立てた活動をしている安藤さんが、有数の民具コレクションである油谷満夫の生活文化財コレクションから注目したのは「木の岐」。木の又から伸びる枝ぶりを活かして作った道具のことです。

例えば程よい握り具合の枝を長く残して柄とし木の本体を長方形に削り出せば、良い塩梅のアールで頭部がついた鍬ができます。Y字に伸びる枝を同じぐらいの長さに切り先を角のように尖らせると、豆殻から中の豆を叩き出すのにうってつけの道具「豆打ち」に。木の個性を活かして作る道具は、機械ではなく自分たちの手で作るからこそ労少なく機能的に仕上げる知恵と感性から生まれています。展示の導入で安藤さんが述べている言葉を借りれば、必要なのは木々の中から適した部位を捉える「目利き力」と木の部位を道具に見立てる「想像力」、そして木を道具にするために加える少しの「てわざ」です。

小屋の裏(油谷満夫さんのコレクション)

展示会場には小屋のような建物が作られていて入り口に面した方には「木の又や」の暖簾と「木の又は手にとってご覧ください 店主」という味のある墨書の紙札。又を含む木の部位ばかりを壁面にずらりと飾りつけたそこは道具になる前の素材屋さんという仕立てです。ここには安藤さんの「目利き力」で選ばれたオススメの木の部位ばかりが並んでいますから、道具に見えてくる「想像力」から発揮すればよく、私のような初心者にはありがたい設定です。「木の又や」の裏には油谷満夫の生活文化財コレクションから選りすぐりの「木の岐」たちが並んでいました。豆打ちは2本角タイプだけでなく3本タイプも。グリップのツヤ感が元の持ち主に重用されていた経歴を伝えています。こんなふうに枝が伸びる木があるんだという驚きを沸き起こさせる放射状に伸びる枝を、傘の骨のように切り取った民具。濁酒濾しに使われていたそうです。Y字タイプの木の又は豆打ちとして活躍するだけでなく見る人によっては別の道具に。なんと2本の枝の先に刃をはめて二丁鎌を作った強者がいたんですね。

油谷満夫さんの木の岐

安藤さんは小屋の表と裏で背中合わせにすることで素材の「木の又」と道具「木の岐」を明確に区別しながらつなげて見せてくれました。しかも展示してある「木の岐」はこんなふうに木を道具にできるのかと感動する選ばれしものばかりです。表に「木の又」があればこそ、先達たちの「目利き力」「想像力」の凄さが実感されました。

安藤さんの誘いはさらに進みます。安藤さん自身の実践を例示しながら「木の岐」は過去のものではないのですよと語りかけます。安藤さんの一つ目の実践はアーティストならではの表現力に裏打ちされた応用編。木の又を探し、適した道具としての姿を見出し、形にした3つの事例が並びます。標本のように白木の箱に入れられた3つの道具には、江戸時代の医学書さながらに墨と朱墨で記された解説と図解がつけられていました。さらに東洋医学の概念図のようでもある平面作品も組み合わされていて、安藤さんの思考と表現が凝縮した3つの道具は完成度の高いアーティストの仕事。もう一つの実践「空想木の岐」は比較的私たちも取り組みやすいある意味基礎編。「目利き力」をつけるために日々出会う木々の中に「木の又」を見出し、それをどんな「木の岐」にするか「想像力」を鍛える実践です。一つの木の又の活用方法をいくつも考え連ねた記録はまさに思考のトレーニング、修行の足跡のようでした。

そして私たちに投げかける「木の岐づくりのHow to」。初心者にも優しい「木の又や」からHow toに至る丁寧な組み上げの展示を通して、安藤さんは自分が使う道具を自分で作るその感覚を手に入れよう、身体に取り戻そうと私たちに呼びかけていました。

「木の岐の道筋」
「空想木の岐」
「木の岐づくりのHOW-TO」

私たちの、少なくとも私の暮らしに私が一から自分で作った道具は存在していません。食器棚の漆器の重なりに混ざっている拭き漆の小皿は自分で塗りましたが木地は職人さんが削ったもの。長年ニンニク入れにされている竹籠は自分で編みましたが材料を用意してくれたのは竹細工の名人です。それらはお膳立てしてもらった制作体験。それ以外のほぼ99%は誰かが作ったものをお金で買ったものです。そんな暮らし方が当たり前になったのはこの数十年のことではないでしょうか。しかしまだ数十年の間のことなので、私が住む会津若松から少し山に入った奥会津では、道具から自分で作ってしまう人たちに会うことができます。山菜を束ねる紐も米を研ぐざるも自分たちで材料をとってきて作ってしまう。買えないからではもちろんありません。山から分けてもらった材料で作った道具の方が理にかなっていて機能的なのです。自然の中から素材を見つける目を持ち、それを加工する技と知識を持つみなさんには、暮らしを自らの手で成り立たせている逞しさがあります。羨ましいと思い憧れを抱きつつ自分の生き方暮らし方を同じには到底できないという諦めもありました。

しかし安藤さんは、私のような人間にも「できるよ」と展示を通して根気強く誘いかけてくれていました。それは生きる力、暮らす力を取り戻そうというアーティストからの緩やかな呼びかけです。安藤さんが染色作家を起点にそのような活動をされていることは、私には嬉しい衝撃でした。工芸の作家は素材や道具を介して自然と向き合うことをより意識している表現者と言えます。特に東日本大震災後、自身の思考や表現において自然との関係性を結び直そうとする姿を目にすることがありました。自然素材を形にすることに長けた表現者だからこその言葉は、地震と津波という大きな力を前に打ちひしがれ、原発をどう受け止めるべきか悩む私たちの道標ともなりました。安藤さんはさらに私たちをも同じステージに引っ張り上げようとしてくれています。安藤さんのような作家が工芸作家の中に現れたことに、私は2011年からの経験に対する希望を見出したいと思います。

秋田市文化創造館の入口に掲げられていた藤館長の言葉が思い浮かびます。「生活様式や価値観の変容が迫られる中、生き延びるためにしなやかな感性・寛容な視線・対話する技術・溢れる発想力などが求められています。」2年間の「PARK-いきるとつくるのにわ」は、アーティストという創造する媒体を通して、関わる人に生きる力を取り戻してもらおうという、そんな試みでもあったのではないでしょうか。アウトプットである展覧会「交わるにわ、創造するキッチン」を構成する安藤隆一郎さんの「山のホームセンター木の岐編」はそれが実感されるものでした。

展示の世界観につかった満足感を感じながら文化創造館を後にした私の目は、堀にかかる道路の街路樹にも秋田新幹線から見える木立の中にも「木の又」を探すようになっていました。安藤さんはとりわけ術の強いアーティストなようです。

しかし、アーティストの術中にはまるのは心地よい。

小林めぐみ(福島県立博物館 専門学芸員)


1月21日には「山のホームセンター実践編」として展覧会場内で木の岐の制作ワークショップを実施しました。身体0ベース運用法(安藤隆一郎)が秋田の山で集めた木の枝から気に入ったものを選び、各々がどのような道具にするか想像しながら木の皮を削る作業を行いました。2月4日は木の岐の「仕上げの会」とし、屋外で焚き火を囲みながらそれぞれの参加者が制作した木の岐に焼印を入れていきました。

1/21「山のホームセンター実践編 素材採取の土産」
1/21「山のホームセンター実践編 素材採取の土産」
2/4「仕上げの会」
坂口聖英 Photo : Masahide Sakaguchi
2/4「仕上げの会」焼印入れ
坂口聖英 Photo : Masahide Sakaguchi
展覧会場での木の岐制作の実演
坂口聖英 Photo : Masahide Sakaguchi

Profile

小林めぐみ(福島県立博物館専門学芸員)

1972年福島県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。1996年より福島県立博物館に勤務。専門は美術工芸。主担当企画展に「漆のチカラ〜漆文化の歴史と漆表現の現在」(2010年)、「自然をうつす〜漆芸家・関谷浩二が挑んだ漆表現の可能性」(2017年)など。2010〜2012年、会津の文化資源である「漆」をテーマとした『会津・漆の芸術祭』を企画・運営。東日本大震災、東京電力福島第一原子力発電所事故後は、『はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト(はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト実行委員会)』『福島藝術計画×Art Support Tohoku-Tokyo(東京都/福島県)』など、文化・芸術による福島の復興と再生を目的とするアートプロジェクトに携わった。近年は、福島県立博物館を事務局とした『ライフミュージアムネットワーク』『ポリフォニックミュージアム』に取り組み、2011年以降の学びをミュージアムを基盤として未来に活かす活動を続けている。

Profile

身体0ベース運用法(安藤隆一郎)

2016 年より染色作家 安藤隆一郎が始動した「ものづくりの視点」から考える身体論。「身体」と「もの」との関わりから生まれる感覚、運動、機能を「0」から見直し、人間が本来持っている「身体」の運用法を見出す。その「身体」とは医学やスポーツといった専門的なものではなく、私たちの身の回りにある「身体」のこと。身体0ベース運用法はアートが持つ多様なツールを使ってそれを翻訳し、伝えることで、「身体」の消えゆく未来へ向けてその可能性を問い直す。これまでに体験型インスタレーションの制作、発表やワークショップなどをおこなう。2021 年より、京都府亀岡市を拠点に不要民具を救出し、活用するプロジェクト「民具BANK」を立ち上げ、地域に伝わってきた「身体」を見出すことを試みる。安藤は1984 年京都生まれ、京都在住。2009 年京都市立芸術大学大学院工芸科染織専攻修了。現在、同大学染織専攻講師。(撮影:松見拓也 提供:京都市立芸術大学)

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レビュー|小林めぐみ(福島県立博物館 専門学芸員)
編集|山本美里(PARK – いきるとつくるのにわ プログラム・コーディネーター)
展覧会会場写真撮影|草彅裕
協力|油谷満夫の生活文化財コレクション


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