秋田市文化創造館

連載

秋田の人々

このまちで暮らしを重ねる
たくさんの人たち。
人を知り、出会うことができたら、
日々はもっとあざやかに、おもしろくなる。
秋田に住まうあの人この人、
秋田に関わる人々を不定期で紹介します。
中心市街地や秋田市文化創造館での
過ごし方・使い方のヒントを
見つけてください。

アウトクロップ・シネマ/株式会社アウトクロップ

秋田県秋田市中通
代表取締役 栗原エミルさん 取締役 松本トラヴィスさん 

2021年秋、秋田市中心部の中通にオープンした〈アウトクロップ・シネマ〉。取り壊される予定だった建物がミニ・シアターに生まれ変わり、「今、秋田の人に見てほしい1作品」が月替りで上映されています。〈秋田市文化創造館〉からは、徒歩約6分の場所です。

各地から失われていく映画館。中通からもほど近い、秋田市南通り亀の町には、かつてその名も「有楽町」と呼ばれるエリアがありました。東京で映画館が立ち並ぶ「有楽町」にならった呼称で、通称「有楽町通り」には、多い時には10の映画館があったといいます。

明治期から使われていたと考えられる建物を改修。シアターには閉館した〈アップリンク渋谷〉から譲り受けたシネマシートが並びます。

「つまり秋田市は、映画文化が根付いていた土地だったと思うんです。〈アウトクロップ・シネマ〉を起点に、まちなかのいろいろなところで映画を上映して、映画を見る文化を取り戻していきたいと考えています」

そう話すのは、栗原エミルさんと松本トラヴィスさん。ふたりで立ち上げた映像会社〈株式会社アウトクロップ〉で、映像制作を通じた地域プロモーション、起業ブランディングなどを担いながら〈アウトクロップ・シネマ〉を運営しています。

2022年夏には〈秋田駅西口駅前広場(芝生広場)〉(秋田市中通・MAP)で『エキマエ野外上映会』を開催。普段映画館へ足を運ばない人や通りがかかりの人を巻き込み、「映画をより身近に感じてもらう時間」生み出しました。

「『こうした体験が日々の豊さをつくる』という言葉をお客様からいただいて、本当にうれしかったですね。映画を見る土壌が秋田にはあるんだなと実感できる、自信につながる経験でした」

エミルさんはまた、秋田駅前で、夏休み期間中に開催できたことの意義も話します。

「秋田の高校生と話すと、『秋田には遊ぶ場所がない』とみんな言うんです。進学で秋田を離れている大学生が帰省する時期に開催できたので、駅前を通りかかった人が、あれ、秋田も盛り上がっているな、おもしろいな、こういうことがあるなら秋田に戻ってもいいかもと思えるきっかけにもできるのではないかと思っています」

冬には秋田市主催のプロジェクト『PARK – いきるとつくるのにわ (Public, Arts and Research Kitchen)』にクリエイターとして参加し、秋田市に“映画を通して語らう場”をつくるプロジェクト『この町、シネマ。』を開始。

第一弾では〈アウトクロップ・シネマ〉と〈秋田市文化創造館〉を会場に、食事やトークを交えた上映会や、「私にとっての映画館」「映画が身近にある街でどんな風に過ごしたいか」などを参加者と共に考える座談会を開催しました。まちに求められる映画館のあり方を考えるヒントを得られたようです。

「いずれは秋田市で映画祭を開催できるまで映画文化を育みたい」「映像と言えば秋田と思ってもらえるようになりたい」と、10年、20年という長いスパンをかけて実現する未来をふたりは思い描きます。

「海外の映画祭では、まち全体がお祭りのような雰囲気になって、映画にまったく興味がない人もまちに出ていきます。普段社会問題の話をしないような人が、映画を見たことで意見を発する。見ず知らずの人とも対話が生まれたりして、その活気がすごくいいなと思っています。数万人が集まる『サンダンス映画祭』は、アメリカ・ユタ州の、雪も降る、辺鄙な場所で開催されています。秋田でもきっとできると思うんです」 

事実を知るだけではなく、感じてもらう

〈アウトクロップ・シネマ〉では料理やライブ・パフォーマンス付きの上映会を開催したり、上映各日最終回に参加自由の座談会の時間を設けるなど、共に映画を見た人たちと五感を使って共有するひとときがあります。

たとえば映画『ブータン 山の教室』(監督パオ・チョニン・ドルジ、2019年)を上映した際は、上映前に、主人公が物語冒頭で暮らしている「市街地」で食べられているガレットを、上映後に、後半のシーンで描かれる「山岳地帯」で食べられているモモを提供。「映画が始まる前に口の中をブータンにしてもらう、都会と僻地のコントラストを、味覚を通して感じてもらう」ことを試みました。

「少人数で、同じ映画を同じ空間で見たり、同じ体験を感覚的に共有することではじめて話せることがあると思っています。自分で言葉を発しないとしても誰かが代弁してくれる言葉を聞いて気づきがあったり、そういう瞬間をつくれるのは、ミニ・シアターがまちにある意義ではないかと思うんです」とトラヴィスさん。

「頭で考えるのではない、感じてもらう」場づくりは、ふたりの起業のきっかけにもなった短編ドキュメンタリー『沼山からの贈りもの』の上映以来続けていることです。

エミルさんは京都出身、トラヴィスさんは北海道出身と、秋田との縁は〈国際教養大学〉(秋田市・MAP)への進学とともに始まりました。

政治学者を志していたトラヴィスさんは、卒業後は大学院への進学を予定。自主活動として映像はつくり続けたいと考えていましたが、秋田に残ることは自身も周りも想像していなかったと話します。一方、僻地を選んで、真剣に学びたいと進学してくる人たちはきっとおもしろい、そうした仲間と切磋琢磨できることに魅力を感じたと、秋田であることも進学の理由のひとつだったと話すエミルさんは、秋田の暮しにも魅力を感じていましたが、夢見ていた映像関係の仕事に就くには、秋田を離れなくてはいけないだろうと感じていました。

細身で実が硬い沼山大根は、横手市の沼山地区で栽培されていた在来種。

シュタイナー学校に通い、子どもの頃から農業にも親しんでいたというエミルさんは、大学で学びながら、近くで暮らす〈結いの里commune(古民家コミューン)〉(秋田市河辺・MAP)の遠山桂太郎さんの田んぼに通っていました。

遠山さんが「おもしろいことが動き出そうとしているよ」と教えてくれたのが「沼山大根」の物語。水分量が少なく噛みごたえがあることなどから、「いぶりがっこ」に適していると言われていた伝統野菜は、農家の高齢化などにより一度栽培が途絶えていました。

その種を譲り受け、復活しようと奮闘していたのが、『沼山からの贈りもの』の主役となる、大仙市〈T-FARM.〉の田口康平さん、潟上市〈ファームガーデンたそがれ〉の菊地晃生さん、そして遠山さんでした。

「ワクワクしたんですよね。遠山さんがお話が上手ということもあるのですが、農業が好きだったので映像を撮りたいというよりも単純に興味があって、携わっている田口さんと菊地さんにもお話を聞きに行ったのが『沼山からの贈りもの』のはじまりです」

カメラという共通の趣味を通じて、「卒業前、秋田を離れる前に映像を1本つくろう」という話をしていたというエミルさんとトラヴィスさんは、3人を取材し映像を完成。

秋田県内のカフェやギャラリースペースで、実際に沼山大根を食べてもらい、生産者と対話できる時間、食や農への思いを参加者が話せる時間をつくるなど、映像を見るだけではなく、感じてもらう場をつくっていきます。

「映像ができて、どうやって届けようと考えた時に、インターネットで配信して終わりというのはすごく寂しいと感じて。ここからやっと会話がスタートできると思ったんです」(トラヴィスさん)

「自分たちにも気づきがあって、映像ってこの瞬間のためにつくっているよなということもすごく感じました」(エミルさん)

緩やかな波を生んだ『沼山からの贈りもの』。卒業までと予定していた活動は止まることなく、ふたりは秋田を拠点に活動を始めることになります。

「政治学者を志していたのは、社会の仕組みからこぼれ落ちてしまう人たちや、時代の変化と共に苦しんでいる人たちが暮らしやすくなる方法を研究し、政策に訴えたいと考えていたからです。けれども、人の心を動かしたり、価値観を変えるためには、論文を通じて頭で考えるよりも、物語を通じて感覚的な気づきをつくっていくことが必要だと、そして秋田にいなければ伝えられない、伝えたいことがたくさんあるということに上映会を重ねる中で気づかされました」とトラヴィスさん。

四季を感じられる秋田の暮らしが心地良いと話すエミルさん。「冬の厳しさがあるからこそ春の芽吹きに感謝ができる。秋田の人がめちゃめちゃ山菜を食べるのも、たぶん感謝の表れだと思うんです」。

「『沼山からの贈りもの』は、まさに僕らを秋田に残してくれた、僕らにとっての贈りものだったという話をよくしています」と言うのはエミルさん。

「いつかどこかで修行して秋田に戻ってこようとぼんやりとは思っていましたが、沼山の制作が、秋田に対する思いを強めてくれたと同時に、光を浴びれば価値に変わるような原石を映像で伝える小さな成功体験みたいなものをくれた。秋田でもできるんだって思わせてくれたんですよね」。

見えない物語を魅せる

期間中に地域の魅力を即興で映像化する『国際観光映像祭』。ポルトガルを会場とした大会で優勝に輝いた際のトロフィー。

シネマ事業を通して地域の方との接点を増やしながらも、〈アウトクロップ〉の活動の9割は映像制作。エミルさんはプロデューサー、トラヴィスさんはディレクターとして責任をもち、秋田県内に留まらず、海外取材にも出かけています。

「見えない物語があるのは、秋田に限っての話でもなければ、東京にも海外にもあると思うので、アンテナを高くもち続けて、出会って、心揺さぶられたものを映像化したいと考えています」(エミルさん)

「同時に、秋田にそういうものが多いのではないかとも思っていて、社会問題はもちろん、地方で暮らすことの豊さも伝えていきたいです」(トラヴィスさん)

自治体や企業の仕事を受けながら、現在自主作品として取り組んでいるのは、「日本酒」をテーマにした4年越しのプロジェクト。〈新政酒造〉(秋田市・MAP)での修行を経て蔵を開いた、秋田県男鹿市の〈稲とアガベ〉、フランス・パリの〈WAKAZE〉を中心に取材し、初めての長編ドキュメンタリーに挑戦しています。

「秋田では日本酒が好んで飲まれますが、全国的に見ると飲む人も造る人も少なくなっています。また、日本では日本酒を造りたいと思っても、清酒製造免許の新規取得が事実上許されておらず、国内での新規参入がほぼ不可能と言われています。そんな中、誇るべき日本酒にイノベーションを起こそうとしている若者たちの活動を通じて、日本酒のあり方や日本酒の本質に問いかけをする映像をつくっています」。

〈アウトクロップ・シネマ〉の2階に編集を行う事務所があります。〈株式会社アウトクロップ〉では、テレビやウェブのコマーシャルも受注制作しています。

日本政府はユネスコの無形文化遺産に登録する候補として、「伝統的酒造り」を申請することを決定しています。「伝統的酒造り」の定義は、「伝統的なこうじ菌を用いて、近代科学が成立・普及する以前の時代から、杜氏・蔵人等が経験の蓄積によって探り出し、手作業のわざとして築き上げてきた酒造り技術」。2024年のユネスコ政府間委員会で登録の可否が審議される予定です。

「世界の注目が集まるそのタイミングで発表して、日本酒の現状と、クラフト酒や海外でのSAKE造りに取り組む若者たちの活動を世界に発信したいと思っています」。

「色合いが優しくて、柔らかい、フィルムライクな絵が撮れる」と愛用するBlackmagic Designのカメラ。

また、秋田で映画館がもっと身近だった時代、映画館や有楽町はどういう場所だったのか、映画館がまちにある意味が感覚的にわかるようなドキュメンタリーの制作も構想中。スタッフも募集中で、活動はどんどん成長していきそうです。

「映像が好き、映像をつくりたいというよりは、映像を通じて伝えたいことがある人。映像は手段だと思うので、社会はこうなってほしいということをふつふつと考えている、社会のメインではないものに関心がある、そうした視点がある人がアウトクロップの活動にはフィットすると思っています。社会のあり方や人との接し方を考え直すような作品をつくっていきたいです」。

「原石や地層などが地表へと露頭すること」を意味する「アウトクロップ」。私たちが暮らしの中で見過ごしてしまっているものたちを、映像と体験を通して伝え続けていきます。

information

「アウトクロップ・シネマ/株式会社アウトクロップ」

住所秋田県秋田市中通3-3-1(MAP
※上映日は不定期。ホームページで告知されます。
駐車場
Webhttps://outcropstudios.com/

──秋田市文化創造館に期待することは?

『この町、シネマ』が一緒にやりたいと思っていた形だったので、これからも継続していきたいと思っています。無料上映するなど、映画に関心がない人、映画にお金をかけられない方も参加できる、映画を見ることのハードルを下げる機会も公共の場所ではつくっていきたいです。

──友人に案内したい秋田市のおすすめの場所を教えてください

永楽食堂秋田市中通MAP
日本酒のセレクトももちろんですが、お母さんが本当に素敵で、話を聞きに行きます。先日も、フランス取材の報告をしに行って、「炒飯カレー」を食べて、ダダミ(鱈の白子)を食べて、おいしい日本酒をいただいてきました。

あに秋田市大町・MAP
レコードがずらりと並んでいますが、好きな音楽が全部置かれていて、どんなジャンルもわかってくれる店主が大好きです。

ザンジバル秋田市東通・MAP
店主の藤田さんはドイツのデュッセルドルフでお寿司を作られていた方で、お寿司と一緒にドイツビールを飲むことができます。最近知ったお店なのですが、ぜひおすすめしたいです。

(取材:佐藤春菜 撮影:鄭伽倻)