秋田市文化創造館

連載

秋田の人々

このまちで暮らしを重ねる
たくさんの人たち。
人を知り、出会うことができたら、
日々はもっとあざやかに、おもしろくなる。
秋田に住まうあの人この人、
秋田に関わる人々を不定期で紹介します。
中心市街地や秋田市文化創造館での
過ごし方・使い方のヒントを
見つけてください。

チェントコローレ(株式会社ささき)

秋田県秋田市寺内
常務取締役 佐々木寛人さん


「Wall & D」

秋田県秋田市南通亀の町
代表 佐々木亜紀さん

「私たちの仕事の延長線上には、夢がありまして、秋田のまちを美しくしたいという思いがあるんです」。

そう話をしてくれたのは、〈チェントコローレ(株式会社ささき)〉の佐々木寛人さんと、〈Wall & D〉の佐々木亜紀さん。夫の寛人さんは家業を継ぎ秋田市寺内に、妻の亜紀さんは会社員・美術館職員・建築デザイン専門学校生という経歴を経て、文化創造館から約徒歩15分の複合施設〈ヤマキウ南倉庫(秋田市南通亀の町・MAP)〉内にそれぞれの店を構えます。

イタリア語で「100の色」を意味する〈チェントコローレ〉は、「たくさんの色」をイメージして寛人さんがつけた屋号。
祖父の代に塗料・資材等の販売業として創業し、湯沢本店、大曲・秋田・本庄・横手に支店を構える〈株式会社ささき〉のインテリア事業部として、ペイントや壁紙の販売などを行い、心地良い空間づくりを提案してきました。

「ペイント製品本来のパフォーマンスを発揮させる塗り方を、プロのアドバイスを受けて体験してもらうことが、住宅を育てるためにも大切な行為だと考えています」と寛人さん。

発色や質感の良さに惹かれたというオーストラリアの〈PORTER’S PAINTS〉を導入し、DIYワークショップも行ったのも秋田では先駆け。

「日本人は美術館を訪れる人は多いのに、自分の家や公共の場を美しくするという意識が低いと言われています。壁の一部をペイントしたり壁紙を一枚貼ることで自分の家そのものを美しくする。その心を育んでいけば、外観も美しい家になり、家の周囲のビルも美しくなり、いずれは美しい街並みにつながっていくと思うんです」。

寛人さんが普及したいと考えているのは「環境色彩」への意識。

普段何気なく目にしているまち中の橋や電柱、看板や外灯……。それらひとつひとつにどんな「色」が使われているか、そうした「色」はどのように決められているのか、日常の中で考えたことがある人は少ないのではないでしょうか。

「公共のものの色は、個々の事業や担当によって決められているのが実情です。まちの色は、連続性のあるひとつの景観としてトータルで考えなければ美しくも地域らしくもなりません。定点観測をして、季節ごとの色彩を踏まえる。そうして現状の問題と課題を考えながら理想の色をつくっていくことが大切だと考えています」。

その土地、その土地の、気候や風土が育てた、石や、植物や、空の色……。
寛人さんは、そうした景観に調和する色彩を学生と一緒に探す機会をつくり、「秋田の色」を製品化したいと思っています。

「色を決めるのは、単なる好みや多数決ではありません。環境色彩のセオリーと、秋田の歴史や伝統と照らしわせながら、秋田ならではの景観の色をつくります。
製品になることで学生もまちと直接関わることができますし、後輩に受け継いでもらえれば、卒業しても研究が続き、秋田のまち全体が美しくなっていくと想像しているんです」。

〈チェントコローレ(株式会社ささき)〉では、色見本を参考に1488色もの水性塗料をすぐにつくることができる機械も備えています。

秋田への恩返し

こうした寛人さんの奮闘を側で見守っていた亜紀さんに、姉妹店開業の声がかかったのは、〈ヤマキウ南倉庫〉のオープンが決まったときのこと。

1879年創業の味噌・醤油・酒の蔵元〈小玉醸造株式会社〉が酒類の保管等に使用していた旧倉庫を〈株式会社 See Visions〉がリノベーションし生まれた複合施設〈ヤマキウ南倉庫〉のオープンは2019年。施設には、花屋〈florist natural〉や食料品店〈NEED THE PLACE〉、設計事務所〈コードアーキテクツ株式会社〉などが入居しています。

〈ヤマキウ〉は味噌・醤油のブランド名。リノベーションを手掛けた〈株式会社 See Visions〉は〈秋田市文化創造館〉のカフェ・ショップ〈センシューテラス〉も運営しています。

「〈ヤマキウ南倉庫〉は、施設を通じ、空き家など使われていない建物に付加価値を付け、有効利用する楽しさを知ってもらいたいというコンセプトももっていると考えています。当社のような塗料や壁紙の販売店があれば、来訪者はその一端を担う商品に直接触れることができる。だからこそ出店の打診があったのだと思いますが、入居する店の顔ぶれをみると、顧客の主は質の高いものを求める女性になるだろうと考えました。そうであれば、店に立つのは私よりも女性が良いでしょうし、妻が建築の学校を卒業したところだったので、その経験を活かした方が良いと思ったんです」と寛人さん。

実は亜紀さんは40代で〈秋田建築デザイン専門学校〉へ進学。長く母の在宅介護を経験した後に進んだ路でした。

「父を7歳で亡くし、母ひとり子ひとりの生活が長かったので、母がいなくなってしまったら自分がぽっきり折れてしまうかもしれない。何か夢中になれるものが必要だと思ったんです。まさか自分の店をもつようになるとは思ってもいなくて……」。

学生時代から美術館巡りが趣味で、作品を展示する器=建築物にも自然と関心をもっていたと話す亜紀さん。

そう話す亜紀さんですが、在学中に『第30回秋田の住宅コンクール』で最高賞を受賞するなど活躍。実力も確かなものとし卒業していました。

「妻はインプットはすごくしているんですよ。体験したり勉強したりして。でも自己投資したものを還元しなければもったいない。せっかく自分の子供と同世代の学生と机を並べて学んだのだから、得た知識や経験を秋田に恩返しするべきだ。一緒に秋田のまちを美しくして行こうという思いで声をかけました」と寛人さん。

本当に悩んだと言う亜紀さんですが、寛人さんの思いに共感し一念発起。「始めるならば責任ももちたい」と個人で融資を受け起業し、〈Wall & D〉をオープンしました。

美しいと感じる感性が何より大切

低価格の製品も紹介し、DIYで内装を手がける人の入口となる〈チェントコローレ(株式会社ささき)〉とはターゲットを変え、姉妹店〈Wall&D〉では施工までを担うオーダーメイドの空間づくりを行っています。

顧客への提案の際、亜紀さんが大切にしているのは「お客様が美しいと感じるもの」。見本帳で好みを確認することはもちろん、趣味や心惹かれるものを聞くことで、感性を引き出していきます。

〈Wall&D〉の店内には感性を引き出す一助になる美しい本が並びます。

専門学校で学んだ建築の機能性に加え、亜紀さんがこうした美的感受性を大切にするのは、美術館に勤務した経験が大きいようです。

美術館とは、〈秋田市文化創造館〉の前身である〈旧県立美術館(平野政吉美術館)〉。

亜紀さんが「平野のおじいちゃま」と愛情を込めて呼ぶ、当時の館長・平野誠さんからいただいたという大切な言葉を教えてくれました。

「美術館の面接の際に、誠館長が、『あなた、絵は描くのかい?』と聞くので、『描きませんが、見るのはとても好きです』と答えたんです。そうしたら、『それで大いに結構』って。『見て見て見倒して、それでようやく本を開くといい。今の子はみんな本を先に開く』とおっしゃって。平野のおじいちゃまは、まず美的直感、感受性を大切にする方でした」。

そしてまた、「美しいものが好きだった」という両親の影響も然り。

自宅には、父が遺した骨董や石、神代杉があり、そこから自然と受け取ったものは大きかったと感じられます。

「とても大切にしている」と見せてくれた『兄 小林秀雄との対話』(高見沢潤子著、講談社)は、亜紀さんが父の本棚から導かれるように手にとったという本。
そこには、「美というものは、感じるものだ」と、誠館長の言葉と同じことが綴られていました。

職員としてともに時間を過ごした誠館長との時間、父が残した美しいものたち。それらが亜紀さんの美意識と感じる心を育んできました。

伝統工芸の技術を一般住宅に導入

美的感受性を大切にする亜紀さんが最近手掛けたのは一般住宅。主は、秋田市で常に満席の人気中国料理店〈盛〉(秋田市八橋・MAP)の店主・堀岡盛さんです。

〈盛〉へは、亜紀さんももちろん、お客として足を運んでもいましたが、実は〈旧県立美術館(平野政吉美術館)〉に勤務していたころ、団体客を連れた盛さんの依頼で館内を案内したことがあるそう。

「〈Wall&D〉を訪ねてくださって、(私が美術館を案内したことを)覚えていますかと聞いたら、わかるわかるって。ご自宅の内装を手がける機会をいただきました」。

亜紀さんが手がけた堀岡邸の縁側。花器が置かれた棚板に「川連漆器」の技が導入されています。写真はWall&D提供。

アートコレクターとしても知られ、美しいものを愛する盛さん。「窓辺に色気がほしい」という依頼から対話を重ね、亜紀さんは縁側に盛さんのコレクションを展示し、美しい庭を愛でながらお茶を楽しめるスペースとミニキッチンをデザインしました。

「お客様がどういう時間を過ごしたいかが大切だと思っているので、盛さんご自身が、野山の花を摘み、お気に入りの花器に花を生け、美術品や庭を愛でながらお茶をする。そうした風景を思い浮かべながらデザインしました」。

ここで新しい試みとして取り入れたのが国の伝統的工芸品にも指定されている「川連漆器」の素材と技術です。
明治初期創業の工房〈秋田・川連塗 寿次郎〉に依頼し、「特注品 乾漆銀彩盤」を製作。コレクションを控えめに引き立たせるギャラリースペースの棚板として導入しました。

「川連漆器」は、800年の歴史を誇り、産地である秋田県湯沢市川連地区では、木地づくり、塗り、沈金・蒔絵と、漆器の製造に関わるすべての工程が受け継がれてきました。

「漆は最古の塗料ですし、以前より秋田県の伝統工芸を建築そのものに取り込んでみたいという思いをもっていましたが、一般住宅に取り入れることはこれまであまり例が無いようでした。寿次郎さんの工房も訪ね、監修をお願いした小杉栄次郎先生(コードアーキテクツ代表/秋田公立美術大学教授)とも打ち合わせを重ね、やはり、多くの美術工芸コレクションをもつ盛さんにふさわしい、そしてこの空間を、日本伝統のもの・古来からあるもの・自然のものでまとめたいと考え提案しました。現場の方も含め、さまざまな人のご協力があってはじめて実現することができた企画です」。

壁には国産絹100%の壁紙を導入。〈Wall&D〉でも今回が初めての扱いで、壁紙のサンプルは盛さんのために亜紀さんが探し提案しました。

セオリーに囚われない。見て、美しいと感じる心を大切する亜紀さんだからこそ生まれた景観かもしれません。

「『俺、絵好きだもの、癒されるもの』とおっしゃった盛さんの言葉がとても心に残っています」と亜紀さん。

「どんな美術評論よりも、シンプルにアートの力を表現している。私も芸術の力、美の力に救われたひとりなので、その必要性を伝えていきたいと思います」。

〈Wall&D〉がオープンしたことで、客層も広がったという寛人さん。つまりそれは、家の美を意識する人が増えたということであり、それがいずれ屋外、秋田のまちの美ヘの意識へと伝播していってほしい。そう考えるふたりの理想へと一歩一歩近づいているということでもあります。

秋田のまちを美しく

寛人さんとの出会いも、平野誠館長と時同じく美術館に勤めたことも、建築デザイン専門学校への進学も、〈Wall &D〉のオープンも、盛さんとの再会も、人生を振り返ると不思議と自分が必要なときに目の前に現れてくれたと話す亜紀さん。縁を逃さずに育み、感性を信じ、形にしてきた強い意志を感じます。

「私は好きなことしかやってこなかった、できなかったと思っていますが、振り返ったら1本の道につながっていました」。

長屋のように他店の店主に相談事もできる、〈ヤマキウ南倉庫〉という場所で店を始められたことも幸運だったと話します。

「私たちの年代でもう一度社会に出るということはすごく大変なことなんです。でも、子育てを終えた人たちがもう一度動き出したら、もっとまちは活性化すると思うんですよね。若者支援はたくさんありますが、リスタートする人たちへのサポートももっとあればいいなと思います」。

美しいまちのために精力的に活動する亜紀さん。最後に、大切にしているという言葉をもうひとつ教えてくれました。
「長く受け継がれている芸術は、そのとき興味がなくても、みて、体験しておくべきだ」。
誠館長の教えにも通じるこの言葉は、大学の師からもらい、10代のころから大切にしてきたのだと言います。

そうした芸術に触れる機会を、秋田でもてるようにしたいと、昨年は自ら小説家・島田雅彦さんを招いたイベントも企画。〈秋田市文化創造館〉を会場に、郷土史家・小松和彦さんとのクロストークや、島田さんによる朗読会などを開催しました。

イベントでは壁面を活用し島田さんの著書を展示。祖母が秋田生まれの島田さん。著書『退廃姉妹』(文藝春秋)には、秋田の女性が登場します。

「インテリアに限らず、秋田のまちで文化を楽しむ場をつくり、芸術の必要性や深く知ることの楽しさを伝えていきたい。私自身は大きなことはできないですが、コツコツと意識を変える種まきをしていきたいと思っているんです」。

小説家と共有する時間にも、美術作品や伝統工芸品にも、環境色彩を意識したときに見えてくるまちの色にも、寛人さんと亜紀さんが取り扱う輸入ペイントや壁紙にも、どれにも美を感じるエッセンスが潜んでいます。


美術館で美しいものを見ると、心が浄化される。美しいと思うときの、心が救われるような気持ちを、住宅や公共の空間にも再現していきたいーー。

色彩学に基づいた確かな論理の元、まちの景観を考える寛人さんと、美的感受性を信じる亜紀さん。それぞれのフィールドで美しさを伝えるふたりの活動は、暮らす人の意識を変え、少しずつ少しずつ、秋田のまちの色を塗り変えていきます。

information

「チェントコローレ(株式会社ささき)」

住所秋田県秋田市寺内後城21-31(MAP
営業時間8:30-18:00
定休日土・日曜日、祝日
駐車場
Webhttps://www.cento-colore.com/
「Wall&D」
住所 秋田県秋田市南通亀の町4-15 ヤマキウ南倉庫1F(MAP
営業時間12:00-17:00
定休日火・水曜日(不定休あり)
駐車場18台(ヤマキウ南倉庫)
Webhttps://www.instagram.com/wall_and_d

──秋田市文化創造館に期待することは?

藤田嗣治の『秋田の行事』が新しい〈秋田県立美術館〉(秋田市中通・MAP)に移設されると決まったときは、あまりに辛くて、市民の間で〈旧県立美術館(平野政吉美術館)〉の建物を残そうというムーブメントが起こっても、最初は参加することができませんでした。『秋田の行事』は本来ある場所にあるべきだって心がシャットアウトしてしまって。

複雑な思いは決して消えないですが、秋田はこれまで、建物が古くなったら壊してしまうスクラップアンドビルドが多かったので、建物が残されたのは意味があることだと思っています。

最近では、子どもから高齢の方まであらゆる年代の方がクロスできている、いい空間だなとも感じています。まだイベントに参加したことがない人や、来館したことがない人が、もっともっと訪れやすい場所になってほしいですね。先日、芝生エリアでペイントワークショップを開催しました。パブリックスペースの色について考える場を引き続き設けたいと思っています(亜紀さん)。

──友人に案内したい秋田市のおすすめの場所を教えてください

秋田駅西口駅前広場(芝生広場)〜南通の散歩コース秋田市
秋田駅西口駅前広場(芝生広場)(秋田市中通・MAP)から、お堀端→中土橋(秋田市千秋明徳町・MAP)→秋田市文化創造館→秋田市立中央図書館明徳館(秋田市千秋明徳町・MAP)→千秋公園(秋田市千秋公園・MAP)を巡って、〈Wall&D〉のある南通まで歩くのが、好きな散歩コースです。

〈秋田市立中央図書館明徳館〉は谷口吉生さんの建築で、秋田にも実はいい建築がたくさんあるんですよね。駅前の〈芝生広場〉も、できる前は駐車場がなくなることへの反対の声がたくさんありましたが、今は高校生がシャボン玉で遊んだり、寝転んだり、デートしている姿が見られて、すごくいい。実用性だけではなくて、〈芝生広場〉のような余白こそがまちの豊かさであるということは、尊敬する小杉栄次郎先生から学びました(亜紀さん)。

(秋田市八橋・MAP
秋田県内はもちろん、県外にも大ファンがいる行列の絶えない中国料理店。店主の盛さんとは、〈旧県立美術館(平野政吉美術館)〉でアテンドをしてから、巡り巡ってご自宅の内装に関わらせていただきました。「レバニラ定食」が有名ですが、旬の食材を調理した「特別定食」もおすすめです(亜紀さん)。

宮原果樹園(秋田市太平・MAP
リンゴが実る季節の景色が大好きで、毎年必ず訪れます。好きが高じて、自宅の庭でリンゴを育てて早10年になります(寛人さん)。

道化の館(秋田市南通亀の町・MAP
美術館勤務時代から通っています。オーナーシェフが画家さんで、料理も店内の雰囲気も素敵です(亜紀さん)。

モグネズ(秋田市楢山MAP)と川沿い喫茶 Swan(秋田市牛島MAP
コーヒーもお菓子も食事もおいしい人気店です。両店は姉妹店で、店主が自身で内装を手掛けているのですが、「発色も伸びも、他の製品と全然違う」と、〈Wall&D〉で販売している〈Farrow&Ball〉のペイントを使ってくれています。
〈Farrow&Ball〉は、第二次世界大戦後、灰色になってしまった世界を、もう一度美しい色で蘇らせようとイギリスで創業した会社で、その企業コンセプトに共感し、取り扱いを始めました。冬が長く暗い秋田のまちを色で変えていきたいと思っています(亜紀さん)。

(取材:佐藤春菜 撮影:鄭伽倻)