秋田市文化創造館

連載

秋田の人々

このまちで暮らしを重ねる
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人を知り、出会うことができたら、
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秋田に住まうあの人この人、
秋田に関わる人々を不定期で紹介します。
中心市街地や秋田市文化創造館での
過ごし方・使い方のヒントを
見つけてください。

「あきた牧場」

秋田県秋田市河辺
兎・羊飼い 武藤達未さん

秋田市文化創造館のある市街地から車を30分ほど走らせると、2021年に誕生したばかりの新しい牧場〈あきた牧場〉にたどり着きます。

24歳で新規就農し、自らの手で、いちから牧場をつくったのは、武藤達未さん。〈秋田県立大学〉を卒業後、県内の牧場での研修を経て、独立しました。

達未さんが牧草地に入り、手を叩きながら「おい、おい、おい」と声をかけると、「メェ〜メェ〜」と羊たちが集まってきます。

黒色の顔が特徴の「サフォーク」。

ここはかつて、田んぼだった場所。電気牧柵を引いて区分けをし、羊を放つところから牧場づくりはスタートしました。

「何年も放置されて、背の高い草が生い茂っていたんです。以前は町内の人がボランティアで草刈りをしていて、困っているという話も聞いていました。今は羊が草を食ベて、きれいな状態になっています」。

牧場のある河辺岩見小平岱地域は、達未さんが大学生時代、何度も足を運んでいた場所でもあります。

達未さんは牧場の横の一軒家を借り、暮らしています。大学の活動に協力的な町で、町内には、複数の大学が共同で米をつくる田んぼもあるそう。

「サークルで生態調査に来ていたんです。1年生のときから寝泊まりをして、水路を調べて虫や魚介の生態を記録していく活動をしていました。その縁で、地域の方が親身になってくれて、『空き家と空き地を探しているんです』と相談したら、『いっぱいあるよ』って教えてくれて、この場所を借りることができました」 。

〈あきた牧場〉で肥育しているのは、日本で食肉用に出荷されている種として主流の「サフォーク」に加え、「レアシープ」と呼ばれる、日本では100頭前後しかいないとされる「マンクスロフタン」。取材時の7月下旬は、2頭を出荷したばかりで、38頭の羊が草を食んでいました。

「マンクスロフタン」は〈レア・シープ研究会〉から飼ってみないかと声がかかり肥育に挑戦。柔らかく茶色い羊毛は珍しく、高値で取引されます。

「ここでできることは全部やっています」と、交配も繁殖も行う達未さん。「サフォーク」と「マンクスロフタン」を掛け合わせた子羊も見られました。まずは100頭の肥育を目指しています。

「継ぐ」のではなく、新たに「つくる」

達未さんの名前に「未(ひつじ)」が入っていることは偶然ではありません。達未さんの父は、北海道で〈茶路めん羊牧場〉を営む武藤浩史さん。達未さんは生まれたときから羊とともに生活していました。

「牧場を継ぐということを漠然と意識し始めたのは高校生のころでした。父と同じ〈帯広畜産大学〉に進学しようと思っていたのですが、受験で落ちてしまって。どうしようかと考えていたときに、先輩が秋田に進学していて、『秋田良いところだよ』って声をかけてくれたんです。それで(秋田の大学を)受けてみようかなって。秋田に来たきっかけはただそれだけのことでした」。

レアシープに分類される「マンクスロフタン」。

2015年に〈秋田県立大学〉の応用生物科学科へ進学。動物と微生物の密接な関係や、食品衛生、畜産などを学びます。

大きな転機が訪れたのは大学4年生のとき。大学の図書館で手にとった『「地域の食」を守り育てる: 秋田発地産地消運動の20年』(無明舎出版)という本との出会いでした。

著者の谷口吉光さんは、〈秋田県立大学〉の教授。本には、秋田県藤里町で肥育されている羊の毛を活用するプロジェクトを、約10年前に行っていたことが記されていました。食肉用に育てられる羊の毛は、現状多くが廃棄されています。

「自分が通う大学に、羊毛を活かす活動をしている先生がいたんだ……!」

その事実をはじめて知った達未さんは、すぐに谷口さんを訪ねます。

「谷口先生に、『僕の実家は羊飼いで……』という話をしたら、先生も、『今また羊毛を使って何かやりたいと思っていたんだ』と話がトントン拍子に進んで、〈つむぎサークル〉をつくることになったんです」。

学生が、秋田で育まれた羊毛に触れ、洗ったり、染めたり、作品をつくってみるという〈つむぎサークル〉の活動には、秋田市で30年以上、草木染めや糸紡ぎ、織物、編み物などを教えている〈工房ぬくもり ※現在は自宅やイベントなどで限定的に活動〉の鈴木美保子さんも講師として参加。達未さんもここで毛洗いや紡ぎを学び、現在は指導できるまでになりました。

達未さん自ら毛を刈り、洗い終えた羊毛。紡げば糸になり、水分と摩擦を与えることでフェルト化することもできます。設立当時、学生わずか5人だった〈つむぎサークル〉には、今では約40人の後輩が所属し、達未さんは羊毛を譲るなど、今でも交流を続けています。

「〈つむぎサークル〉の活動を1年間行ったのですが、これがめちゃくちゃ楽しくて。それまでは、実家の牧場を継ぐということをずっと考えていたのですが、このまま北海道に帰るのはもったいないなと思ってしまったんです。帰るのなら、秋田で何かしたい……牧場をつくりたいなって」。

親の反対を押し切り、大仙市にある〈ハピー農場〉に「働かせてください」と志願。2年間の研修で、羊、「比内地鶏」、「ジャンボウサギ」の肥育を学び、念願の自分の牧場をスタートさせました。

秋田の伝統食・技術を残したい

達未さんの肩書は、「兎・羊飼い」。〈あきた牧場〉では羊に加え、〈ハピー農場〉で学んだ「ジャンボウサギ」の肥育に力を入れています。「ジャンボウサギ」は秋田の一部の地域で明治時代から食べられてきた伝統食で、当時乏しかった農家の食事情を改善するために導入し、改良を重ねて独自品種が誕生したと伝わります。

「秋田で牧場を始めると決めたときに、できれば秋田らしいものにしたいと考えました。いずれは『比内地鶏』もやりたいと思っているのですが、『ジャンボウサギ』も育ててみたいと思ったんです」。

約3キロと、一般的に想像するウサギよりも倍の大きさに成長する「ジャンボウサギ」。〈秋田銀行〉のマスコットキャラクター『みみより一家』のモチーフにもなっています。

「ジャンボウサギ」は、旧中仙町(現大仙市)が発祥。最盛期は16万羽いたと言われていますが、現在はわずか40羽しか残っていません。

「秋田で生まれたものなのに、このまま見過ごしていたら消えてしまう。ここで途絶えたら、“飼う技術”さえ無くなってしまう。それはもったいない、嫌だなと思ったんです。伝統工芸と同じで、なんとか残していきたい」。

ウサギはジビエに分類されるため、現在は需要に応じ、大仙市協和の〈ジビエ工房〉に出荷。その他は卸業者経由で流通していますが、今後は食品衛生責任者の資格を取得し、直接フレンチやイタリアンなどのレストランへ卸したり、自身で加工場をつくり、ソーセージや缶詰、レトルトなど、加工品として販売することで需要を増やしたいと考えています。

地域で受け継がれ愛されている食文化を掘り起こし、100年続く食文化として継承することを目指す、文化庁の「100年フード」にも認定された「ジャンボウサギ 」。種を残すべく、〈秋田県立大学〉の協力も得てクラウドファンディングにも挑戦中です。

「将来的には、秋田の駅前で、秋田のウサギ肉、羊肉が食べられる飲食店を増やしていきたいです。おいしいと思ってもらいたいし、僕もいいものをつくりたい。いずれは県の特産品として、『秋田犬』と『比内地鶏』に並ぶくらい知名度を上げていきたいと思っているんです」。

「秋田はおもしろい」と思ってもらいたい

秋田に魅了され、秋田で生業をつくる達未さんは、〈あきた牧場〉を運営することで、秋田で暮らす人たち、とりわけ学生に、「秋田はおもしろい」と思ってもらいたいと考えています。

「ジャンボウサギ」の肥育スペースの奥には、委託で飼い始めたヤギのソウくんとユキちゃんがいました。

「僕の周りには、就職で秋田に残る人がいなかったんです。『なんで?』と聞くと、『秋田にはおもしろいところがないから』って。

でもそれは違うと思うんです。

僕は、秋田はおもしろいと思うし、みんなには『北海道の方がいいじゃん』って言われますが、秋田にはいいところがギュッと詰まっていると感じています。角館の桜も、男鹿の海も、藤里の白神山地も、僕にとっては忘れられない風景ですし、調べれば調べるほど新しい発見があります。

『秋田に残りたい』と思ってくれる人を増やしたい。だから、学生が満足できる学びや体験ができる、“学生のための牧場”をつくりたいですし、この牧場で、できれば〈秋田県立大学〉の学生を雇えるくらいになりたいんです」。

ヤギの飼育を依頼したのは、秋田の食材を使用した高級ペットフードを手掛ける〈株式会社アクシエ〉。「秋田で育ったヤギのミルクで、ドック用のアイスクリームを開発したい」というかねてからの夢があり、達未さんに「飼ってもらえないか」と声がかかりました。

さらなる夢は、秋田と北海道をつなぐこと。

「実際牧場を自分でやってみて、800頭もの羊を育てる父のすごさを痛感しています。ぶつかったこともありましたが、今はやれるだけやってみろと応援してくれていて、僕は北海道も捨てたわけではないので、〈あきた牧場〉を誰かに任せられるようになったら一度北海道にも戻りたいと思っているんです。

僕の生まれた白糠という地域も過疎地域ですが、地元で働くことが当たり前みたいになっている人たちが多い。そうではなくて、もっと他の場所も見たみた方がいいと思うし、秋田もいいところなんだよということを知ってもらい。できれば秋田の人にも白糠に来てもらいたいし、白糠の人にも秋田に来てもらいたい。両者をつなぐ役割を担えたらと思っています」。

広さ約2ヘクタールの牧場では、冬、2月〜4月にかけて、子羊が生まれます。

除雪をしながら羊の分娩を助け、4月〜6月は毛刈りのシーズン、6月〜8月はビニールハウスから堆肥出しをし、牧草を敷き詰めたり、羊が食べない草を除草します。

8月からは繁殖の手助けと投薬。秋が過ぎれば冬支度。

1日1日、季節や天候にもより異なる牧場の仕事をひとりでこなしながらも、達未さんは、次々と目標や「やってみたいこと」を思い描きます。そのどれもが、「きっと実現する」と思わせてくれるものばかりです。

7月に生まれたばかりの子羊がお乳を飲んでいました。羊は、1年未満がラム、1年以上2年未満がホゲット、2年以降がマトンと呼ばれ、達未さんはホゲットを中心に出荷します。

ほかにも、「秋田のものを食べたお肉をつくりたい。規格外などで廃棄される野菜や果物を活用して、おいしいお肉を育てたい」と、羊には枝豆とネギ、ウサギにはリンゴを試してみたいと計画中。達未さんは牧場を運営しながら、米と枝豆、ネギを育てる農家と、リンゴ園でアルバイトをしているため、譲ってもらう予定があるのだそう。

さらには「ここで育てたお肉を調理して食べられるバーベキューハウスもつくってみたいですね。時間はかかりますが、やってみたいことはたくさんあるんですよ」とアイデアが尽きません。

市街地にも程近い自然の中で、達未さんがコツコツと築き上げている〈あきた牧場〉では、今日もひとつまたひとつ、命ととともに夢の種が育まれています。

information

「あきた牧場」

住所秋田県秋田市河辺岩見小平岱2-45(MAP
※見学は要予約。問い合わせは電話またはメールで武藤達未さんへ
電話 018-838-1379 (携帯:090-2055-5472)
メールtatsuhitsuji@icloud.com
Webhttps://twitter.com/hitsuji_akita
https://youtube.com/channel/UCF_pjbcQroNAZeV2Vw1XhyA

──秋田市文化創造館に期待することは?

羊毛のワークショップもやってみたいですし、食品衛生責任者の資格が取れたら、加工品を試食・販売できるような機会をつくれたら良いなと思います。

──友人に案内したい秋田市のおすすめの場所を教えてください

千秋公園秋田市千秋公園MAP
大学時代から千秋公園へはよく遊びに行きました。〈工房ぬくもり〉の鈴木美保子先生が、お堀に咲くハスを活用しようと活動する〈NPO 秋田千秋はすの会〉の代表で、僕も所属しています。例年8月上旬に「蓮フェスタ」というイベントも開催していて、特にハスが見頃の時期に来てもらいたいですね。

秋田比内地鶏や(秋田市中通MAP
以前まで〈ハピー農場〉の卵が使われていたので、友人とよく一緒に行っていました。鳥インフルエンザの影響で〈ハピー農場〉が比内地鶏の肥育を辞めてしまったのが残念なのですが、変わらず秋田県産のおいしい比内地鶏を食べられます。

岩見温泉(河辺岩見温泉交流センター)(秋田市河辺・MAP
〈あきた牧場〉と同じ町内にある温泉で、いいお湯です。顔見知りも多くて、疲れたときは入りに行って癒されています。

(取材:佐藤春菜 撮影:鄭伽倻)