秋田市文化創造館

連載

秋田の人々

このまちで暮らしを重ねる
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秋田に住まうあの人この人、
秋田に関わる人々を不定期で紹介します。
中心市街地や秋田市文化創造館での
過ごし方・使い方のヒントを
見つけてください。

さとう菓子店

秋田県秋田市南通亀の町
店主 佐藤侑さん

山並みのような、屋根のような、かわいらしい三角の外壁と杉の引き戸。住宅街の中にあるこの場所に、開店時間になると、待ちわびたお客さんが次々とやってきます。

「こんにちは〜」。「いらっしゃいませ〜」。「おはよ〜」。

柔らかな声で迎えるのは店主の佐藤侑(ゆき)さん。2019年の10月、〈さとう菓子店〉を南通亀の町にオープンしました。秋田市文化創造館からは徒歩約15分の場所です。

オープンは火・水・土・日曜の週4日。店が休みの日はコンポートをつくったり、仕込みをしたり、試作をしたり、侑さんはほぼ毎日この場所で手を動かしています。

ショーケースには、通年で販売するレモンケーキやチーズケーキのほか、季節のタルトやケーキ、プリンなどが並びます。

持ち帰り容器を持参する常連さんも多く、ちょっとおしゃべりをして、「いつもありがとうございます。気をつけて」と送り出す侑さん。その声はとても暖かくて、ふんわりブランケットをかけてもらったようです。

洗練されたおしゃれでかわいらしいお店なのに、ここに来ると、なぜかおばぁちゃんの家の縁側の風景を思い出す。安心する場所で、日向ぼっこをしているような気持ちになります。

ショップカードに書かれているのは、「いつものお菓子。いつかのお菓子。」という言葉。

「いつも食べても飽きのこない味とか、いつも食べたいなと思ってもらえるようなものをつくりたいなと思っているんです」。

話をうかがうと、お菓子をつくる侑さんの思いが、この場所の雰囲気もつくりあげていることがわかってきました。

「お菓子の記憶を辿ると、昔、お家でお母さんがつくってくれた大きなクッキーとか、おばぁちゃんと近所のお店屋さんで食べたあんみつのことを思い出すのですが、誰にでもある“思い出の味”みたいなものも感じられるお菓子をつくれたらいいなと思っています。
(さとう菓子店のお菓子が)新しさもあり、懐かしさもある味だと言ってくださるお客様がいて、それがすごくうれしいなと思いました」。

〈さとう菓子店〉では定番のスコーン。メープルシロップでカラメリゼしたくるみが入る「メープル」と発酵バターを使った「プレーン」の2種類を、営業日の朝、焼き上げます。

入り口は大好きなコーヒー

〈さとう菓子店〉のショーケースを主に占めるのは「焼き菓子」。スポンジケーキやシュークリームとは異なり、水分量の少ないパウンドケーキやスコーン、タルトやクッキーなどが焼き菓子と称されます。

侑さんが焼き菓子に魅せられたのは、スペシャルティコーヒー専門店〈08COFFEE〉(秋田市山王MAP)がきっかけでした。

高校卒業後、東京の短大に進学し、栄養士免許を取得した侑さん。「コーヒーがすごく好き」という気持ちから、さらに専門学校でカフェの経営を学んだ後に、秋田に帰郷します。そのころちょうど〈08 COFFEE〉がスタッフを募集していました。

秋田市に〈08 COFFEE〉ができたのは、侑さんが短大の1年生のとき。帰省のたびに足を運ぶほど、当時からお気に入りの場所だったのだそう。

「こんなに素敵なお店が秋田にできたんだってうれしくて。今思えば、カフェに興味をもったのもそこからだったのかもしれません。東京にもカフェはたくさんありましたが、『この場所が一番好きだな』と思っていました」。

〈08 COFFEE〉には約3年半勤務。

「5月に入社して、秋くらいに、『焼き菓子をつくってみる?』と、オーナーの児玉和也さんが声をかけてくれました」。

メニューを考えて、お菓子を一からつくるのは侑さんにとってはじめてのこと。そのときつくったお菓子がスコーンでした。

「つくってみたら、和也さんやスタッフの方たちが、『おいしい』って言ってくれて、『わ、うれしい』って思ったんです。こんなに素敵で大好きな〈08 COFFEE〉の方たちにおいしいと言ってもらえるなんてうれしいって」。

当時を思い出しながら無邪気に笑う侑さん。この体験が原動力となり、焼き菓子づくりの楽しさに目覚めていきます。

もっと自由にお菓子をつくってみたい

季節を感じられる素材を取り入れた新しいレシピも開発するなど、いろいろなお菓子をつくるうちに、新たに芽生えたのが「もっと自由にお菓子をつくってみたい」という気持ちでした。

〈さとう菓子店〉のお菓子は、市内の一部店舗でも販売。〈交点 喫茶と日々を暮らすこと〉(秋田市保戸野中通MAP)では、第2・第4金曜日に、レモンケーキと、一緒に相談してつくったオリジナルの焼き菓子を、〈みきょう〉(秋田市中通MAP)では週末限定で季節の焼き菓子をいただくことができます。

「〈08 COFFEE〉では、コーヒーがメインで、お菓子はその横に添える存在でした。コーヒーとのペアリングも興味深くて、すごく楽しかったのですが、コーヒーと切り離して、もっとスパイスとか、ハーブとか、お酒とか、そういうものを押し出したお菓子をつくりたいなという気持ちをもつようになりました」。

〈08 COFFEE〉のことも好きで、ひとりでできるか不安もあったと、独立を悩みますが、2019年の初冬、自宅近くを散歩していたところ「貸し物件」となった現在の店舗を見つけます。

「大家さんに見せてもらったら、ちょうどいいかもしれないと思ったんです。ここでならできるかなって」。

物件と出会ってからは一念発起。2019年の8月に退職し、10月に店をオープンさせました。

〈08 COFFEE〉のスタッフを経て店を開いたのは侑さんがはじめて。

「和也さんにはたくさん相談にのってもらいました。応援してくれて、快く送り出してくれて、感謝しかないです。(今の姿を見て)喜んでくれていたら、私もうれしいです」と恥ずかしそうに笑います。

厨房では、独立のときに〈08 COFFEE〉のスタッフがメッセージを寄せてくれたコーヒー缶が侑さんを見守っていました。「お客様からの要望もあるので、いずれは〈さとう菓子店〉でも〈08 COFFEE〉のコーヒーを販売したいと思っています。おいしいコーヒーとお菓子は、鉄板の組み合わせなので」と侑さん。原点となったコーヒーへの愛は変わりません。

つくり手とつながる

レシピは、〈さとう菓子店〉のためにすべて新たに開発。撮影時は秋で、紅玉やイチヂクを使ったタルト・ブランデーケーキ・バターサンドなどが並んでいました。冬はリンゴやチョコレートのお菓子が増えるほか、「シベリア」など、小豆を使ったケーキも並びます。

クッキーが並ぶのは、秋田市で作陶する田村一さんの器。独立してから、よりつくり手のことを知りたいという気持ちが強くなったと、個展などに足を運び買い求めた県内作家の作品が店内には多く飾られています。

季節の食材は、「できるだけ秋田産のものを使いたい」と、店近くの〈あいば商店〉(秋田市中通・MAP)や、前職から親交があった〈福田商店〉(秋田市山王・MAP)へ足を運び求めたもの。
「八百屋さんは相談すると状態の良いものを選んでくれるので、安心感があります」と話します。

なかには、〈オオヤマファーム〉(能代市)のミント、〈宮原果樹園〉(秋田市太平・MAP)のリンゴやブルーベリー、〈鈴木牛乳〉(秋田市太平MAP)の牛乳など、直接取引をする食材もあるのだそう。

「農家さんの顔を直接見て、どんなものを、どんな風につくっているとか、反対に、私がどんな風にお菓子に使って、どんな商品を売っているとか、お互いにわかると、心地良いなと思うんです。
私も素材を大事においしく使おうという気持ちが強くなりますし、その素材を使ったお菓子を農家さんが買いに来てくれると、すごくうれしい。

少しずつ、いろんな生産者さんとのつながりを増やしていって、それでより良いお菓子をつくることができたら、とても幸せだなと思います」。

いつものお菓子。いつかのお菓子。

「さとう菓子店」という名前は、侑さんの苗字の「佐藤」と、焼き菓子に必ず必要な「砂糖」から付けられたもの。

「当初は横文字の、真逆の店名を考えていたのですが、開業する前に立ち止まる期間があって、そのときに、ありのままの、自分らしいお店と、飾らないお菓子を、みなさんに好きになってもらいたいなと思って、等身大の名前にしようと〈さとう菓子店〉という名前に決めました」。

急がない、背伸びしない。ありのままという素直な姿勢や、「せっかくお店があるから、できれば開けていたい」と、イベント出店よりも、「いつもの場所」が開いていることを大切にしていることが、お菓子の味にもお店の雰囲気にも体現されている気がします。

「飾り気のない見た目が、まず好きだなって思ったんです」。

「焼き菓子」の魅力をあらためて尋ねると、侑さんはこう話してくれました。

「ケーキ・お菓子と言えば、“華やかなケーキ屋さんのケーキ”というイメージをもっていたので、“焼き菓子”というジャンルがあることを、コーヒー屋さんに勤めるまで知りませんでした。
見た目が豪華なケーキだと、『わ、きれい』とか、ただ『おいしい』ということは覚えていると思うのですが、そうではなくて、食べ終わった後に感じる、口の中や心に残る“何か”が大事かなと思っていて、それがより、見た目がシンプルで素朴な焼き菓子の方が伝わるなと思っています」。

使っていなかった菓子型でつくった看板は、開業してしばらく経ってからからつけたもの。「看板もないお店でしたが、少しずつ周囲とのつながりも広がって、形になってきたから、これからも自分のペースで続けられたらいいな」と侑さん。

〈さとう菓子店〉のお菓子を食べると、ぼんやりと風景が浮かびます。思い出すのは、どんな形や色だったということよりも、どんな味わいだったか。また食べたい。あの引き戸を開けて、会いに行きたくなってしまうのは、食べ終わった後の“何か”を感じているから。一緒にいつかの記憶を思い出しているのかもしれません。

「こんにちは〜。いらっしゃいませ」「いつもありがとうございます」。柔らかな中にも芯があり、言葉をひとつひとつ丁寧に選びながら話してくれる侑さん。今日も、〈さとう菓子店〉という「いつもの場所」で、「いつものお菓子。いつかのお菓子。」を届けています。

information

「さとう菓子店」

住所秋田県秋田市南通亀の町10-37(MAP
営業時間11:00 – 17:00
定休日月・木・金曜日
駐車場2台
Webhttps://www.instagram.com/satou_kashiten

──秋田市文化創造館に期待することは?

お庭が素敵だなと思ったので、マーケットとか、蚤の市とか、お庭を活用した何かがあったら楽しいでしょうね。

誰でも立ち寄れるような場所になればいいな。駅前にあるので、県内の人だけではなくて、県外から来た人も立ち寄って、秋田の人とか場所のことを知れる場所になればすごく素敵だなと思います。

──友人に案内したい秋田市のおすすめの場所を教えてください

千秋公園秋田市千秋公園MAP
お花見とか紅葉狩りとか、図書館もよく使っていたので、昔からよく行く場所でした。今でも散歩によく行きます。まち中にあるのに緑が豊かで、まちの喧騒がちょっと聞こえる。ちょうどいい、落ち着く場所だなと思います。

マダムコロー(秋田市東通MAP
小さいときから誕生日は〈マダムコロー〉さんのケーキを買ってもらっていました。大人になってからはブランデーケーキが大好きになって、「誰からも愛されるようなお菓子をつくりたい」と思ったのは、〈マダムコロー〉さんの影響も大きいと思います。今でも1本で売っているブランデーケーキを買って、ちょっとずつ切って食べるのが楽しみです。季節の果物を使ったタルトもおいしいですよ。

florist natural(秋田市南通亀の町・MAP
店内で飾る花を買い求めに1〜2週間に一度行っています。季節のお花や珍しいお花もあって、スタッフのみなさんもすごく気さくで楽しそうなので元気をもらえる、パワースポットのような場所です。
お店の前のふたつの植木もそうで、〈08 COFFEE〉と、お店の設計とデザインをお願いした〈あくび建築事務所〉さんが、開店のお祝いにそれぞれプレゼントしてくれました。冬は雪が降る前に、〈florist natural〉さんが冬囲いをしてくれて、春になったら直してくれて、とてもお世話になっています。植木ですが、季節で咲くお花も違って、お庭みたいで楽しいです。

(取材:佐藤春菜 撮影:鄭伽倻)