秋田市文化創造館

PARK – いきるとつくるのにわ

展覧会「交わるにわ、創造するキッチン」レビュー

会期|2024年1月20日(土)〜2月4日(日)
会場|秋田市文化創造館ほか

秋田に暮らす人々やクリエイター、専門家が交わり多様な活動を展開するプロジェクト「PARK – いきるとつくるのにわ」。「観察する」「出会う」「育む」「残す」の4つのプログラムを通して、秋田の文化的土壌をたがやしていくことを試みます。

2024年1月-2月には、2年間の活動成果を発表する展覧会「交わるにわ、創造するキッチン」を開催。キュレーターの服部浩之氏による展覧会レビューを公開します。


SDGsではない持続可能な表現活動が生まれ、耕され、育つ場

服部 浩之

芸術活動と日常的営みの対等な関係を築く

「PARK – いきるとつくるのにわ」と題された本事業は、二年間を一つの単位として設計されており、2022年度から継続展開されてきた。そしてその総括となる展覧会「交わるにわ、創造するキッチン」が2024年1月20日から2月4日にかけてに実施された。本事業は秋田市が2021年から実施する文化創造プロジェクトに位置付けられ、筆者が全体監修として関わり2021年に開催された「200年をたがやす」を継承するものだ。

招聘された3組のクリエイターは、秋田という土地やここに暮らす人を強く意識しながら様々な人を招き入れ、それぞれ持続可能なプロジェクトを展開する。他者と寄り添いながら協働していく活動態度は、プロフェッショナルな芸術家が自らと向き合い孤独に質の高い作品を制作し発表するという旧来の芸術家像を刷新していくような取り組みで、ここでは芸術家と言われる人々はものを作り表現することと生活することを接続する媒介者のような役割を担っている。芸術家によるいわゆる作品が前景化するのではなく、芸術家たちが彼らの持つ技術や知識を広く共有することで、秋田に暮らす人々と交わり、その創造性を誘発していくような試みがなされていた。

まずタイトルに注目しよう。「PARK」は、公園や庭園、駐車場などある広がりを持つ場の総称だ。テーマに沿って企画者が描いた物語を追体験するような展示とは異なり、いろんな入り口から入っていろんな出口から出ることが可能な広場のような展覧会を育もうという意思がみられる。前述した「200年をたがやす」においても「生活と表現が交わる広場としての展覧会」というスローガンを掲げており、その理念を継承したうえで現在の秋田や文化創造館の状況に繊細にチューニングを合わせているのだろう。

「PARK」は「Public, Arts and Research Kitchen」の頭文字をとっている。「Kitchen」はラテン語で「火を使うところ」を意味する「co-quina」に由来する。電気がなかった頃、人は火のまわりに集い、祈り、語り、歌い、踊り、そして食事を共にしたことだろう。火がある場所は、獣たちの脅威や寒さから身を守るという生きるために必要な場であるとともに、信仰や表現が生まれる場でもある。つまり、創造活動は火が点る場所から起こる。「PARK」は人々が集い物事が起こる場を設ることで、自ずと芸術的営為が発生することを目指したのだ。

旧来の美術館において火や食事を扱う場を持つのはとても難しい。しかし、キッチンが備え付けられている文化創造館は、安心して集い語らうことができる新たな表現が生まれる創造の拠点なのだ。

展覧会の主会場となる2階の大空間には、圧迫感のある仕切り壁などは一切なく、広場にゆるやかに遊具が配置されるかのように、アーティストたちの制作物に加えてテーブルや椅子、ベンチに棚などの什器が散在する。什器は合板などを用いた簡単なつくりで、多くのものは移動可能で、アーティストによる作品群もどこか軽やかさがある。実際、この空間では状況に応じて柔軟に場が作り替えられる。私がモデレーターとして参加した1月27日のトークイベントはこの展覧会場で実施されたのだが、その際には移動可能なものの配置は変えられ展示空間にトークのための場がさらりと出現した。

トークが終わると、今度はお茶を飲みながら参加者が話をする交流の場へと生まれ変わっていった。作品展示と語らいや交流の場が心地よく同居するのだ。

撮影:星野慧

展覧会では、作品が常に同じ状態で美しく保たれるよう腐心し、作品が至上のものとされることも多いだろう。しかし本展では人々の営みを重視し、時と場合に応じて展覧会場は変化する。もちろん作品を蔑ろにするのではなく、芸術作品も来場者の振る舞いも同等のものとして大切にされているのだ。かつての日本のお屋敷やお茶室などは、生活や社交の場に様々な芸術品が細やかに配置されており、人はそれらを愛で語りあった。そんなかつての日本の芸術と人の対等な関係を現代の公共空間に適用すると、このような場になるのかもしれないと感じた。ここでは制作や表現と人々の日常の営みの親密な距離と持続可能な関係が模索されているのだ。

撮影:星野慧

美術館の展覧会などは「見るぞ」と気合いを入れないと鑑賞に踏み込めないことも多いのだが、ここは公園にくるような感覚で気軽に訪れることができる。そしてそこに知恵や創造性を駆使した作品・活動がある。日常の暮らしの延長にあり、その暮らしを豊かにするインスピレーションの源が散りばめられているのだ。無料であるということも重要で、公共のサービスとしてこういう場があることに希望を感じる。

地域に触発され共鳴をうむアーティストたちの継続的活動

ここで三組の作家たちの取り組みに言及したい。安藤隆一郎は秋田が誇る稀代の蒐集家・油谷満夫が収集した木の岐に着目した。木の岐とは、二股や三股に分かれた木の枝を加工した道具で、その用途は様々だ。「木の股」と表記することも多いが、油谷は「山を支える」という意味もある「岐」を用いる。(※1) 油谷自身が木の岐についてよく語り、文化創造館でも木の岐を紹介する展覧会を実施したこともあり、木の岐は近年の秋田ではよく知られているかもしれない。 安藤は「身体0ベース運用法」という活動を展開しており、木の岐についても身体との関係を中心に考えていく。

「又と岐の小屋」という小屋をつくり、小屋の表側には山の中で安藤が切り出してきた木の又を陳列し、木の又から木の岐をつくりたい人には譲り渡す「木の又や」を展開した。

撮影:草彅裕

そして、裏側には油谷これくしょんから借り受けた道具として完成された木の岐を展示する。木々から二又や三又の部分を切り出した木の又と、その樹皮を剥がしてなめらかに加工し道具となった木の岐は紙一重の関係で、見た目は近いがほんの少し加工されるだけでその意味は大きく異なるということがよく伝わる展示構成となっている。木の枝が陳列された簡素で小さく美しい掘立て小屋は、油谷がほぼDIYでつくりあげ営んでいた小さな文具店「ユタニ」を彷彿とさせる。

撮影:草彅裕

また、展示室壁面には桐箱に安藤が完成させた木の岐が使い方を描いたドローイングとともに入れられて展示されている。木の枝の状態を見て、そこからあり得るかもしれない新たな道具を想像し、木の岐をつくる。

最初に作りたいものが決まっているのではなく、木の枝をよく観察することで、それがどんな道具になり得るか、そしてどんな身体動作を引き起こすか想像する態度が非常に新鮮だ。安藤は道具と人の関係を再構築することで、現代の消費社会に異を唱える直接行動を起こすのだ。角館出身の塩野米松がひっそりと消えていった野鍛治について、「農家の人が自分の体にあった道具を鍛冶屋に作ってもらうかわりに、大量生産品を店から買ってきて間に合わせるようになった。(中略)企画品を使うには、道具に体を合わせるしかない。少しの不便は我慢するのである。安く、体に合わないのだから、壊れたり減ったりしたら捨てても惜しいことはない。そうして鍛冶屋を訪ねる人はいなくなった。また、大事な道具であった鍬がその程度の道具に変わってしまったのだ。」(※2)と述べていたが、安藤の人と道具の関係を問い直すような取り組みは、企画品が当たり前になった現代において道具の声を聞き、ひとつひとつの道具と人の個別な関係を組み立て直す試みだ。そしてこの試みは、油谷が貫く「ものの声を聞け」(※3) という態度に見事に共鳴する。

わいないきょうこは長年暮らしたロンドンを離れて数年前に日本に戻り、現在は母方のルーツがある秋田県美郷町に拠点をおく。さまざまな国や地域の食文化に精通するわいないは、各地の食文化と秋田で継承されてきた食の技術や知識と素材を組み合わせ、この土地だからこそ実現できる多様なルーツをもつ食をプロジェクト参加者とともに作り上げていった。1階のキッチンにはわいないやプロジェクトメンバーによるレシピがおかれ、知恵や知識が惜しげなく共有される。2階の展示室では「かならずや おいしい」という印象的な一言を刻んだオーガンジーの透け感のある布地が吊られ、その奥には木の皮や着物によるインスタレーションと、鳥の羽や獣の角を用いたオブジェが佇む。壁面には写真やテキストが貼られる。わいないが引用するスタジオ・ムンバイBijoy Jainの「地球の資源や人を食い尽くすような方向にいかないように、辛抱強く、日々の務めを果たしていくしかありません。人類の文明の歩みと人の愛のキャパシティを思えば、希望は十分にあります。」というメッセージには、それぞれの土地で実直に生きていくことを励まされるようで救われた心地がする。

撮影:草彅裕
撮影:草彅裕

いずれにしても、ほぼ全ての生物は食べないと生存できない。そして食事は最も多くの他者と共有可能な営みだろう。無数の生命を奪う戦争や災害では大きな火に翻弄されるが、生命をつなぐ食のための小さな火は人々の連帯を生み、心と身体をあたためてくれる。わいないは食が人びとの連帯を生むと直感しているからこそ、昨今の悲惨な戦争や災害に対して希望を見出すための営為として火を起こしてキッチンを囲む食にこだわるのではないだろうか。どんな地域にもその土地固有の食が存在するが、その食文化の多くはその土地だけで完結するのではなく、他の地域の影響を受け様々な混淆を重ね現在のその土地の食文化となっており、非常にクレオール的なものだ。食はグローバルであるとともにローカルである。もちろん植民地支配などによりもたらされた悲惨な混淆もあり、単純に肯定できるものではない。しかしどんな厳しい事態があったとしても、食は古今東西の叡智や文化が混ざり合う、遠く離れた地の人の暮らしを思いやる重要な手がかりとなるに違いない。様々な土地を知るわいないは異なる土地や人への想いを食を通じて結ぶ。

国際教養大学の卒業生を中心に設立されたアウトクロップは、在来種の沼山大根を復活させた農家に密着したドキュメンタリー映像を撮るなど、一貫して地域の暮らしや歴史、文化を大切にする姿勢を掲げてきた。今回は映画館に焦点を当て「この町、シネマ。」というプロジェクトを立ち上げた。

撮影:星野慧

かつて映画館街として栄えた秋田市の有楽町界隈に関するインタビューを重ね、東北で閉鎖したり新たにはじまった映画館を取材してまわり、町に映画館があることについて考える映画『おかえり有楽町』を制作した。

彼らは秋田市中通にミニシアターを立ち上げ運営を続けており、まさに自分たちの活動にも直結する作品だ。秋田という街のためにとか、秋田の人々のためにという漠然とした利他的な発想もあったとは思うが、それ以上に彼らやその周囲の友人たちがこの街で暮らしていくために必要だからこそ映画館を立ち上げるという大胆な行為に踏み切れたのではないだろうか。自分たちや身近な人の渇望から生まれた活動が、より広い人々へと浸透し、結果的に街の活性化や再生にもつながる。街の活性化や再生を目的にするのではなく、小さな必要性から街を変えていく。映画にも登場する齋藤一洋氏は「有楽町とは?」という質問に対して、「映画を通した広い世界への入り口」であり、同時に「街を楽しむ人が集う場所である」と、そして「今の秋田にも有楽町はいくつもある」と述べる。(※4) 有楽町は古きよき思い出の地でも誰かが与えてくれる場所でもなく、それぞれが自ら見出すヘテロトピアのような場なのだと実感させられる。創作活動になんらかのかたちで関わり触発されることで、能動的に自分らしい思考を紡ぐ人が生まれることは、芸術文化を育て暮らしを豊かにすることにつながる。アウトクロップはその活動を通して、彼らにとっての今日的な有楽町を生み出しているのだろう。

撮影:伊藤靖史(Creative Peg Works)

文化創造館のポテンシャルとその先

文化創造館の建築空間の特性として、入り口や出口が決まりすぎておらず複数の場所から出入りできること、一階は開放的で、二階は美しい光が降り注ぐこの建築の顔になるダイナミックで象徴的な空間があることがあげられる。また館内にはDIYスピリットに富んだお手製什器が多数存在し、それなりに硬質な建物空間をじわじわと柔らかな場へ変質させるスタッフの手入れが溢れている。公共施設なのにスクウォッティング感があるのも面白い。美術館時代は、一階は貸し館ではあったが美術展示の場で、二階三階は藤田嗣治の作品を展示し保護する場となっていたため、建物はある程度閉鎖性を保たざるを得なかった。ただ、希少な美術品を常設展示する美術館としては異例な天井から美しい自然光が降り注ぐ設計がなされていたため、建物を大きく改変せずとも現代の多様な表現活動を生み出す開放感ある空間が生まれた。文化創造館という在り方はこの建築の潜在的な特性を引き出す施設の形式だ。そして、展覧会「交わるにわ、創造するキッチン」は、企画者によって描き出された物語や順路に沿って作品を展開する一方的な発信を前提とする強いキュレーションによる展覧会然とした展覧会とは対照的で、アーティストや参加者、鑑賞者それぞれが互いの声に耳を傾け聴きとることでそれぞれの物語を獲得できる場を生み出すような弱いキュレーションが試みられており、それが空間や施設の特性とうまく調和している。声をあげるというより、声を聴く優しい受動性が包み込む場だ。ときに強いメッセージや劇薬が必要な局面もあるだろう。しかし現在の秋田において、作ることや表現することを恐れず、それを肯定的に楽しみ暮らしを豊かにするための後押しをする場としては、とても真っ当な試みだ。

撮影:草彅裕

ただ、同時に若干の内向性を感じないでもなかった。秋田の現状を肯定的に捉え、新たな発見を得られることは素晴らしいし、否定すべきではない。しかし、異人というか異質な他者の存在があまり見えてこないのだ。人口が減少し人材不足が表面化し退縮していく社会を鑑みると、圧倒的な他者との出会いを受け入れることは不可欠になっていくはずだ。この土地や暮らしのことを肯定的に捉えられる人ばかりではないだろうし、異質な価値観や思考を持つ他者が生きやすい環境をつくることは、地域を豊かにするためにも不可欠だろう。文化や芸術が生まれる場は、圧倒的な異人を受け入れ、地域へとひらく媒介として機能するはずだ。かつて菅江真澄や蓑虫山人といった異人を受け入れ、彼らの暮らしや表現を支援した秋田は、現代において異邦人をどのように迎え入れ、共存していくことができるか。展覧会が現状に調和しすぎるくらい調和しているからこそ、その先を見据えた勇気ある次の一歩を期待したい。

※1 中村裕太による展覧会レビュー「「木の股へのまなざし|「博覧強記・油谷満夫の木の岐」展に寄せて」を参照
※2 塩野米松「鍬や包丁を作る野鍛治」『失われた手仕事の思想』草思社、p.13
※3 NPO法人油谷コレクションの油谷氏の執務室に張り紙してあった油谷自筆の書を参照。
※4 映画中のインタビューと、齋藤氏が作成し展示会場に設置していたリーフレット『CINEMAD TOWN』を参照。


Profile

服部浩之(インディペンデント・キュレーター)

東京藝術大学大学院准教授。1978年愛知県生まれ。建築を学んだのちに、アートセンターなど様々な現場でアーティストの創作の場をつくり、ひらく活動に携わる。アジアの同時代の表現活動を研究し、多様な表現者との協働を軸にしたプロジェクトを展開。主な企画に、第58回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示「Cosmo-Eggs|宇宙の卵」。「200年をたがやす」全体監修。

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