秋田市文化創造館

PARK – いきるとつくるのにわ

わいないきょうこ「かならずやおいしい ノ 定点観測 Yes! It will fu○○ing delicious !! Our way of observation」レビュー

会期|2024年1月20日(土)〜2月4日(日)
会場|秋田市文化創造館ほか

秋田に暮らす人々やクリエイター、専門家が交わり多様な活動を展開するプロジェクト「PARK – いきるとつくるのにわ」。「観察する」「出会う」「育む」「残す」の4つのプログラムを通して、秋田の文化的土壌をたがやしていくことを試みます。

2024年1月-2月には、2年間の活動成果を発表する展覧会「交わるにわ、創造するキッチン」を開催。参加クリエイター3組の活動成果の発表やトーク、料理イベントなどが行われ、様々な交流や過ごし方が生まれる有機的な場となりました。

この度は、参加クリエイターの一人 わいないきょうこが展覧会の中で展開した試み『かならずやおいしい ノ 定点観測 Yes! It will fu○○ing delicious !! Our way of observation』について編集者の長谷川直子氏がレビューします。


PARK いきるとつくるのにわ
展覧会「交わるにわ、創造するキッチン」 わいないきょうこ を体験して

長谷川直子

「わいない」がキッチンにやってきた

2024年2月4日、日曜の正午近く。秋田市文化創造館1階の大空間は人でいっぱいだ。目の前の芸術劇場ミルハスで催された仮面ライダーショー帰りの親子連れがカフェで豆腐スイーツを待ち、受験生なのだろうか高校生が数人もしくは1人で参考書とペットボトルを机に広げている。そして、その奥、大空間の巨大なアイランドキッチン周辺には、20人あまりの人達がキッチン作業台に広げられた沢山の食材を前に、切ったり混ぜたり、何か誰かを探している。その隙間を、鍋からの湯気と、食材と熱がつくる匂いが満たす。人と食物が交錯する場といえば、“市場”だか、ここは食と商業の場ではなく、家の台所の拡張のようでもある……が作業しているベテラン主婦たちは「慣れ親しみながらやっている」風情ではなく、緊張感を伴いながら、危なげない調理の手をすすめている。ちょっと独特な空気だ。

「雪室食材試食会」準備の様子

この日は、秋田市が主催するプロジェクト「PARK-いきるとつくるのにわ(以下、「PARK」)」のなかの展覧会「交わるにわ、創造するキッチン」の終盤のイベント「雪室食材試食会」が開催された。

「交わるにわ、創造するキッチン」は秋田を拠点に映像制作やシネマ運営を展開する集団アウトクロップ、秋田の山林や街中でリサーチ・ワークショップを繰り広げた京都の染色作家、安藤隆一郎による取り組み「身体0ベース運用法」、

展覧会会場の様子

そして秋田県美郷町を拠点とする、わいないきょうこの3名のクリエイター達が2022年より2年間続けてきた成果展示であり、この試食会は、わいないの活動を締めくくるものだった。

わいないは、食の専門家ではない。プロとしてのキャリア中、大半の時間をロンドンで過ごし、バッグやインテリアファブリックス等、おもに布や糸を使って、企業や海外のギャラリー、アーティストとともにものづくりをしてきた。現在はブータン王立タラヤナ財団でクリエイティブアドバイザーとしても活動する。ロンドンをベースに、ミラノをはじめとする欧州各地で、日本の古裂(こぎれ)や、欧州内の伝統を引きつぐ素材メーカーの製品に注目しながら、ハンドメイドなものづくりを展開してきた。それは東洋風でもなく、懐古趣味でもなく、世界のそこかしこに存在する歴史的・文化的な意匠を拾い上げ、彼女の視点で現在の生活に即したものや、「どこかちょっと変」な要素を取り入れてハイブリット化された物たち……それら多種極小ロットな、わいないのハンドメイド作品はロンドンで、ミラノで、東京で、“ちょっと変な人”の心に突き刺さり、家に持ち帰られ、買い手の暮らしのなかで「ちょっと変なスパイス」として存在し続ける。

そんな製品をつくる、わいないのスタジオには、そのものづくりに興味をもったファッション学生やクリエイターが、その時々集まって製作を支える。古い着物や帯を解体したり、手作業でないと縫い付けられない部材を留めつけたり、手のかかる仕事が多いからだ。製品発送の締め切りが近づくと緊張感が走る……のだが、その佳境の最中、わいないは「ランチつくるね」といって立ち上がる。助っ人たちは、またかと思いながら、「できたよ〜」と、わいないが、階下から叫ぶ声が聞こえるまで作業を続ける。“この忙しい時に……”と最初は誰もが思うのだ。

ダイニングに降りると、「これ、すごく香りのいいジャスミンライス」と言いながらテーブルに運んでくるタイ米と具沢山のスープ。ある時は、どこで見つけてきたのか不思議な麺とたっぷりの青菜、添えられたローストポーク……これ何料理? その不思議な香りと湯気のあがる食材の風情に、 “ボスの現場離脱”罪もアシスタント達の緊張感や集中した作業での疲れはふっ飛び、笑顔とバカ話の満ちたひとときが訪れる。そう、これがないとダメなのだ。その場にいる全員が。そして、わいない自身にとっても。

米どころの背景

そんな、30年近くに及ぶロンドンの暮らしに区切りをつけ、わいないは、自身の祖母が暮らしていたという秋田県仙北郡美郷町に拠点を移した。美郷町をベースに、人生(暮らしをクリエイティブ活動)を再編集し始めたわいないが、秋田市文化創造館の「市民に開かれた文化の場」というミッションに呼応し、文化創造館を拠点とした2年にわたる取り組み「PARK」に参画することになった。その背景には、彼女自身人生の節目もあるが、コロナ以前からグローバルに起こっている、生きること、食、コミュニティ、すべてを包括する文化に対する、気づきが芽生えてきたからだろう。

「PARK」における、わいないのプロジェクトの締めともなる「雪室 開封の儀」を2日後に控え、2024年2月、わいないがベースをおく美郷町を訪ねた。例年、雪が数メートル降り積もるこの地域は、20cmほどの積雪量だった。駅から乗ったタクシー運転手も、「ほんとこんな景色じゃないんですけどね」という。わいないの居場所につくと、早速、「前の蕎麦屋さんでランチしよう。その後、近くの酒蔵いこう」という。せっかちな彼女らしく、蕎麦屋さん、酒蔵、彼女が美郷町の人とつくった「北のくらし研究所」という施設を次々と見せてくれる。そのなかで、この町が優れた地下水を噴出する場所であり、そこで育つ米や野菜(もちろんお酒)がそもそも美味しい場所であることを教えてくれる。実際、蕎麦屋さんで出されたコップの水の「なんの味もない、まろやかさ」に驚き、なぜ、わいないがここに拠点を移したのか、だんだん合点が行き始めた。

「北のくらし研究所」外観風景

「水の味」の違いに気づく、というのは鮮烈な体験だ。その水に慣れてしまっている地域の人は、自分の居場所を出ない限り、その豊かさを忘れてしまうだろう。わいないは、素早くその違いに反応し、動き始める。秋田の名産である米はもちろん、ハタハタやその加工品であるしょっつる、「発酵」という現象、雪の下で味を深める越冬野菜…素材・事象・さらに“人を発見する力”という彼女のもうひとつの特殊能力も動員し、自身の経験と周囲の人の力、すべてをすり合わせて、あるものを変容させ、提示していく。それは、彼女が、ヨーロッパで着物を素材としてつくったクッションが、薄暗いヨーロッパのインテリアのなかで異彩放ちつつ溶け込んだように。

寒さの恩恵を見直す。一人でなく皆で

さて、美郷町でのわいないの活動を見たあと、いよいよ秋田市中心部の文化創造館へ。「PARK」で、わいないが取り組んだのは、秋田の食材や食文化を秋田の人たちと見つめ直そうという試みだ。わいないは、秋田の食材に注目し、古来の食の手法を振り返り、その途上で、地球温暖化による秋田での農作物の異常事態や、温暖化で熊が冬眠せず、冬に人里に現れて駆除されるという、新しく起きている事実も参加者と共有してきた。それらの記録は文化創造館2階の展示とインスタレーションへとつながった。

『かならずやおいしい ノ 定点観測』インスタレーション

そして、このプロジェクトの中核を成すのが「雪室」だ。雪室は、秋田に限らず、雪の多い地域で伝統的に取り入れられた冬の食糧保存の慣習で、低温状態で貯蔵し越冬させることで野菜が甘みを増す効果があると言われている。小さな頃に、美郷町の祖母の家で「庭から野菜とってきて」と言われて、雪室から野菜を取り出した記憶があるというわいないは、2022年度と23年度、2度の冬にわたって、文化創造館を見下ろす秋田藩20万石佐竹氏の居城・久保田城跡の千秋公園のなかに雪室を設置、選ばれた食材が貯蔵され、その食材を参加者と調理し、味わう、というプログラムを展開した。

千秋公園内に設置された雪室

協力者とともに建てた雪室に参加者とともに食材をいれ、そして「開封」までを待つ。もちろん、いまでは冷蔵庫が普及し、スーパーで食材を買うのが秋田の人の日常生活であり、現在、雪室を使っている人は極めて少ないはず。しかし、おそらく今回の参加者も、わいないと同様、雪室に関する記憶や知識はどこかしらあるだろう。それを実際に体験し、味わってみる、というのがこのイベントの趣旨だ。

暖冬であった2023〜24年の冬、気象予報士の助言も得て、12月末の雪室の設置と2月頭の開封の儀が設定された。

2月3日、開封の儀では、参加者の両親に連れられた小さな男の子もいて、初めての雪室を不思議そうに眺め、そして参加者は、採れたて時よりは、硬く引き締まったように見える冷えた人参や大根、キクイモなどをカゴに取り出し、文化創造館に持ち帰った。

雪室から取り出した食材

翌2月4日はいよいよ、取り出した食材を料理に仕上げる日だ。参加者はやはり女性が多く、文化創造館のキッチンでは、皆がテキパキと共同作業を繰り広げ、わいないや、料理メニューを考案した松本紘幸氏の指示を聞きながら、普段作らないメニューの調理に取り組む。「あれ、これでいいの?」「いいんじゃない。あら、私だけ切り方大きい?」と、多人数で調理を楽しそうに進めていく。キッチン横の会場中央では仙北市の米農家さんが、餅米の提供だけでなく、長年の経験を買われて餅つきを担当。杵の間に、カエシの手をいれる奥様とのコンビネーションはさすがで、あっという間に美味しそうなお餅ができていく。

3時間の喧騒とともに、10種類のメニューが大テーブルに飾られた。野菜料理のほかにも、酒粕など秋田の食のなかで生まれた副産品が材料になり、そして駆除された熊の肉がソーセージになり雪室に貯蔵され調理されたメニューもある。
そのテーブルは圧巻だ。会場には予約をしたたくさんの市民がならび、パーティのオープンを待っている。「では、いただきましょう」というわいないの声とともに、100人のパーティが始まった。

豊かさを見つめ直す・発見する

さて、ここで書くまでもなく、文化創造館の前身は、秋田の豪商・平野政吉が、画家・藤田嗣治に描かせた巨大な作品『秋田の行事』を展示するために設計された空間がある県立美術館である。筆者は、文化創造館のすぐ近くにある現・秋田県立美術館に展示されている『秋田の行事』を観た。その作品は大空間を横断する大きさ。秋田の民衆の暮らし・祭り・営みが、スピード感があふれる筆の運びで描かれている。藤田もきっと、北国の人たちの力強い暮らし、土地の豊かさ・自然の恵みとともにある姿に、感銘をうけたのだろう。その絵を依頼した平野政吉は、まさにそんな秋田の人々・その場の豊かさを、藤田に描き残してもらいたかったに違いなく、その想いは、ユーモラスで生き生きとした巨大作品へとつながったのだろう。豪商とはいえ一実業家が、これだけのことをできる力があったことを知り、秋田という場所の物心両面の豊かさを思い知らされた。

その感覚で、城郭周辺に広がる施設郡、そして平野政吉の志が、文化創造館の形で外観を残しつつ、いまの時代に即して、市民のために開かれていることに気持ちが動く。政吉が、秋田の市井の人々の姿を藤田に描かせたこと、今回のイベントと、何かつながっているように思えてならない。

文化創造館 外観

今回、わいないを中心に、多くの人が関わって行われたイベントは、極めて普通の「生活」の一場面である。人が生きていくために食べる。そこには、食糧が必要で、それを生産する農業や畜産があり、その業を支える水があり、気象がある。そのなかに人間も、人以外の動物もいれば、微生物もかかわってくる。「食べる」は生きていくことの根本を支える行為だが、人は、自然の仕組みに影響する行為をしたりしながら、自然の災害という「しっぺ返し」に見舞われていることは、多くの人が感じていることだろう。「食べる」ことの危機? 危機ではないかもしれないが、「食べる」ことの変容はすでに起き始めている。その周辺を見直すと、さまざまなつながり・問題が炙り出されてくる。「いま、食物が生産される現場と、消費される現場があまりにも、離れすぎているんですよね」とこの雪室づくりをささえてきた野菜農家さんが、話してくれた。

そして、「食べる」は私たちの生物として生存をつなげていくためだけでないことを、多くの人が感じているだろう。「人類は狩猟を成しとけるために共同体をつくりあげた」をひもとくまでもなく、「共に食べる」ことは、ロンドンのわいないのスタジオでものづくりが続いてきたように、人々を結びつけ、生産性に寄与してきたし、食べ物を捧げて祭礼をするといった日本人には馴染み深い儀式や文化も「食」を中心に作られてきた。

『かならずやおいしい ノ 定点観測』インスタレーションの一部

わいないのキッチンには「知らない国の知らない食べ物」がよく登場する。それは、目の前の硬直した状況の向こうに、「違う場所がある」という、淡い希望?を与えてくれる。それはとても魅力的なことだ。しかし、その一方で、食のグローバル化が進み、反動としての「地産地消」というキータームも登場したわけだ。「食べる」には現代のさまざまな要素が詰まりまくっている。

思えば、わいないはその人生のなかで、(一般の人の平均値をかなり超えて)「食」に向き合ってきたにも関わらず、「食」を表現手段としてこなかったにも関わらず、ここにきて、クリエイションの題材として「食」を掲げたことに、何かがあるのかもしれない。わいないは一貫して、難しい言葉を使わず、感覚的に(触覚や質感を通して)なにかを伝えようとしてきた人だからだ。それは、学芸員に解説されるようなことではなく、“人肌を通して伝わる”ようなことだ。

「市民が自ら行動を始める場」として秋田市によって設置されたこの文化創造館を会場とした今回のイベントだが、主婦や主夫、飲食ビジネスに携わる人、雪室や餅つきを初めて体験した子ども……さまざまな参加者に、新しい考えや行動のきっかけとなるのだろうか。そして、イベントの輪の外にいた、受験生や仮面ライダーショー帰りの親子連れに、なにかが、伝搬してくれているだろう。小さな記憶はすぐには世界を変えないだろう。しかし、その脳内にインプットされた風景・場の匂いや音は、味わったことは、雨が地に浸み込み、地下水となって私たちに恩恵をあたえるように、じんわりと効いてくるはずだ。


Profile

長谷川直子(編集者)

1963年生。多摩美術大学建築科中退、London College of Printing (現在London College of Communication) MA修了。 美術出版社『デザインの現場』(現在休刊)で編集者ののち、フリーランスとして、webや紙媒体等、さまざまなメディアの制作に従事する。”形態の設計としてのデザイン”と、”「社会」が形になる瞬間をになうデザイン”がいつも気になっている。 東京出身で10年前より神奈川県葉山町に移住、地域生活とクリエイションにフォーカスするようになり、地域発のアートプロジェクトに関わる。

▶︎展覧会「交わるにわ、創造するキッチン」についてはこちら