秋田市文化創造館

連載

幼少期の思い出

生まれ育った秋田を出て活動・表現することを選んだ方々に、
子ども時代の記憶をご執筆いただきました。
秋田の風土はその感性をどのように培ったのか、
あらためて、秋田とはどのような場所なのか。
「秋田市文化創造館に期待すること」もうかがいました。

竿燈のこと

佐藤快磨(映画監督)

 耳を澄ませば、祭り囃子が微かに聞こえてくる。

 私が3歳の頃、父が山王に一軒家を建てた。どんなに近場だろうと車で移動する我が家だが、竿燈祭りの夜はぬるい風の中を家族揃って歩いた。父の背中に付いて行くこと徒歩10分。活気のあった市役所脇の飲み屋街を抜けると、そこには歩行者天国が広がっていた。滅多に歩けない場所を歩いているという開放感と、どこか悪いことをしているような罪悪感が入り混じり、気分が高揚する。徐々に近づく太鼓と笛の音。突如聞こえる大きな歓声とどよめき。人だかりの向こう側で、提灯をぶら下げて大きくしなった竿燈の群れがぼおっと夏の夜を淡く照らしている。倒れたり、起き上がったり。それぞれ別の意思を持つ生き物のようにうねうねと蠢いていた。

 竿燈大通りに近づくほど、人の密度は上がり、空気は熱く、濃くなっていく。父は私の手を引いて、その観衆の中に割って入っていくのだが、人の往来は全く整理されておらず、すぐにもみくちゃになる。父は竿燈の妙技を間近で見せてやりたかったのだろうが、そんな余裕などない私は父の手を離すまいとただ必死だった。竿燈は遠くから見るべきだと幼心に悟った。

 小学校4年に上がるとクラブ活動が始まる。仲の良い友達が竿燈クラブに誘ってくれたが、私はそれを断った。得意なことばかりやってきた私は、失敗を見られるのが恥ずかしかったのだ。挑戦する前に恥じらいが勝るのは昔も今も変わらない。だから今でも泳げないし、バットに球が当たらない。近くにあるにもかかわらず、いつも外側から眺めてしまう。竿燈祭りにも段々と足が遠のき、今となっては10年以上も行っていない。竿燈の内側からはどんな景色が見えているのだろう。どんな音が聞こえているのだろう。臆病さばかりを育ててきてしまった。今からでも遅くはないと自分を奮い立たせたい。もっと沢山のことを見たいし、聞きたい。もっと想像できる人になりたい。

Profile

Takuma Sato○1989年、秋田市生まれ。秋田県立秋田南高等学校卒業。『泣く子はいねぇが』(20)で監督・脚本・編集を手がける(出演:仲野太賀・吉岡里帆・寛一郎・山中崇・余貴美子・柳葉敏郎、企画:是枝裕和、音楽:折坂悠太)。初の長編監督作品『ガンバレとかうるせぇ』(14)が、ぴあフィルムフェスティバルPFFアワード2014で映画ファン賞と観客賞を受賞、第19回釜山国際映画祭のコンペティション部門にノミネートされるなど、国内外の様々な映画祭で高く評価される。文化庁委託事業「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト2015」に選ばれ、『壊れ始めてる、ヘイヘイヘイ』(16)を監督。その後、『歩けない僕らは』(19)などを制作している。
●映画『泣く子はいねぇが』公式ウェブサイトnakukohainega.com

秋田市文化創造館に期待すること

生まれてしまった時代、生まれてしまった環境すらも柔らかく包み込んで、背中をそっと押してくれるような、分かり合えないことなどないのだと信じさせてくれるような、そんな場所が秋田にあってほしいなと思います。

記事

対談「地図と熊と美術館」後篇

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