秋田市文化創造館

PARK – いきるとつくるのにわ

わいないきょうこプロジェクト「今、何をすべきか」フセイン·チャラヤンへの公開インタビューを終えて

日時|2023年3月23日(木)18:00〜20:00

PARK-いきるとつくるのにわに参加するデザイナー・わいないきょうこ。30年以上に渡ったロンドンを拠点とした活動に終止符を打ち、現在秋田県美郷町で活動しています。2023年3月、来日中のデザイナー/アーティストのフセイン・チャラヤンが彼女を訪ね、秋田にやって来ました。〈秋田市文化創造館〉では、3月23日、わいないによるチャラヤンへの公開インタビューを開催。その一部を記録します。

インタビューのテーマは、「クリエイターは今、何をすべきか」。

震災、コロナ、戦争……次のステージが見えてこない今の地球で、クリエイターはどうあるべきか、何を次の世代へ残していけるか、チャラヤンのこれまでの作品を鑑賞しながら、「identity≠アイデンティティ」や「ファッション産業のこれから」、「教えていくこと」などがキーワードとして浮かび上がってきました。

価値観や時代が変化する時には目に見えない何かが存在する

2010年、〈東京都現代美術館〉で開催された展覧会『フセイン・チャラヤンーーファッションにはじまり、そしてファッションへ戻る旅』では、歌舞伎や文楽などで役者の介添や舞台装置を操作する「黒子」をモチーフにした作品『Son of Sonzai Suru – Sakoku』が発表されました。

『Son of Sonzai Suru -Sakoku』。写真は2011年ロンドンRoyal Academy of Artsでの展示の様子。 Photo_Andy Stagg

「これは、長く鎖国政策を行っていた日本が開かれていく時代からインスピレーションを得たものです。国が動いたり、文化が動く時には、歌舞伎や文楽の『黒子』のように、見えているようで見えない『何か』が存在するように思います」(チャラヤン)

コロナ禍を経て、今こそ世界は鎖国から開国への変遷期です。はっきり見えない「何か」によって価値観が変化し、新しいことが始まりつつあると、チャラヤンもわいないも感じています。「何か」の存在は見ようとしなければ見えません。でも目を凝らしてみれば、黒子のように浮かび上がってくるものだということです。

チャラヤンにとって、「変化」はクリエイションの際のひとつの大きなテーマ。『Pasatiempo』(2016)は、キューバを訪れたことから始まったクリエイションで、米国との国交正常化により閉じられたものが開かれていく、価値が変化していく様子を表現しています。Photo_Chris Moore

「identity」から生まれるクリエイション

エアメール封筒をモチーフにした『Airmail Dress』(1999)という作品は、わいないが特に気に入っているもので、これに対して「かわいらしい」という印象をもっていました。ところが、実はこの創作の源には悲しい物語がありました。幼い頃に両親が離婚し、離れ離れになった母にエアメールを送ったという、チャラヤンの記憶に沿った作品だったのです。

『Airmail Dress』(1999)。ドレスを折りたたんでいくとエアメールの封筒になり、郵送することができる作品。 
Photo_Hussein Chalayan

わいないもチャラヤンも、「今この環境にいて、この表現をしていることのベースにあるのは、自分の『identity』である」と言います。誰かが薦めていた、メディアが紹介していたという「情報」からクリエイションは生まれないとふたりは考えています。

特に、さまざまな民族、さまざまな背景をもった人が集まり、「人種のるつぼ(melting pot)」と呼ばれるロンドンでは、自身がその場所にいる理由を、identityから導き出すよう突きつけられることが少なくないようです。

「identityという言葉を日本語でどう表現するかは難しいですが、『情報』で生きるのではなく、『自分の中から湧き出てくるもの』をつかみ取ることこそ、クリエイターがしなければならないことだと思います」とわいないは言います。

その一方、「identityはその場、その時々で変化するものもあり、自分のidentityが何なのか、自分から発信して伝えること、言葉にすることは難しい」とチャラヤンは話します。

「たとえば自身の作品については、すでに自分の一部になっているので、客観的に語ることはなかなかできません。そんな中で自分のidentityを発見するにはどうしたらいいのか?たとえば、行ったことがない国へ行ってみたり、違う言語の人と話してみたり、とにかくさまざまな文化にふれてみる、それもひとつの方法だと思います。自分を外から客観視し、自分が人とどう違うかを見極めることは、自分のidentityを知ることにつながると思います」

わいないはまた、手紙を書く機会が少なくなってきたことにもふれました。「電子機器がなくなってしまったら消えてしまうものがたくさんあるという怖さを感じています。インターネット上で情報を発信するだけで発信するという気分になってしまっている。本当の発信とは何だろう、そう考えるときに、チャラヤンの『Airmail Dress』は永遠な発信になっていくと思います」

『Afterword』(2000)も、チャラヤンの経験から生まれた作品だと言います。

「私の出身地のトルコ領北キプロスでは、キプロス紛争(1955~)が継続していて、もし今戦争が起こったなら何を持って逃げようか、どうやって早く部屋を空っぽにしようか、と母はよく話していました。家具が服に早変わりする『Afterword』は楽しい作品に見えるかもしれませんが、実はそうした不安な状況がインスピレーションになっています」

チャラヤンは自身のidentityに潜むネガティブな体験や感情に向き合い、作品として表現することよってポジティブなものに変換しているのでしょう。

『Afterword』(2000)。リビングルームにある椅子カバーがドレスに、椅子がスーツケースに、コーヒーテーブルがスカートに変化し、部屋が空っぽになります。 Photo_Chris Moore

コロナを経た変化

ネガティブな状況としては、コロナ禍も、戦争と同じくらい大変だと感じたとチャラヤンは話します。

「私が教える美大の授業も、展覧会やコラボレーションの打ち合わせも、すべてオンラインになりました。これによって実際に会わなくてもプロジェクトは進められることに気付かされ、新しい仕事の方法を模索し始めました。これまで年4回コレクションを発表していましたが、それは持続可能ではないと考えていましたし、ある意味ファッション業界の奴隷のようにも感じていたからです。コロナ禍は寂しく孤独なもので、旅ができなくなり、仕事を失ったり、亡くなった方も多く、ネガティブな面がありました。一方、家族や仲間との関係や過ごし方を見直し、何が重要かを考えるポジティブな機会となったことも事実です。これからどういう方式で創作や発表をしていくか、考えているところです」

また、自身が教えるべきことは、創作のことだけではないことにも気づかされたともチャラヤンは言います。

「今、教えている大学のあるベルリンは、少し前のロンドンを彷彿させるところがあります。混沌から創造が生まれるおもしろさがある。とはいえ、ロンドンほど大きな経済圏ではないため、賃金の減少や失業の問題を抱え、メンタルにダメージを受けた生徒が多くいました。そうした状況を見て、メンタル面のサポートも自身の課題となりました」(チャラヤン)

一方、わいないはコロナ禍以前からコレクションを発表する方式を変えていました。一過性のファッションとしてではなく、使い手の暮らしに合った長く使える作品を残していきたいと感じていたからです。

「コロナ禍は暮らし方、人とのコミュニケーションの仕方、仕事の仕方、などに多くの変化をもたらしたと思います。私は特に人とのつながりのことを、とても強く考えるようになりました。美郷町で暮らし始めて一番うれしかったことは、目を合わせて挨拶できる人たちがたくさんいることです。小学校の子どもたちが、はじめて会う私にも『おはようございます』『いってきます』と言える。だから私も通学の時間になると外へ出て、『いってらっしゃい』『おかえり』と言ってあげたくなります。子どもたちはまちの宝で、親だけではなく、まち全体で育てている。まち全体が暮らしとタッチしている。秋田はそういう場所なのだなと感じています」(わいない)

今、クリエイターは何をすべきか

最後に、今クリエイターは何をすべきか、それぞれが言葉を残しました。

「クリエイターは、ものを創造していく過程で、『ここをこうしよう』と決める際、『なぜ自分が今この表現をしなくてはいけないのか』という問いへの答えを、自分のidentityから引っ張り出さなくてはなりません。
デザイナーの相手は『人々』であり、人々のためのクリエイションをするのがデザイナーである、と私は解釈しています。大切なのは人を思いやること。どんな人がどんな暮らしをしていて、彼らにどんなものを提供したら喜んでもらえるか、素敵な暮らしをイメージしてもらえるかを考えながらものをつくっていきます。だからこそ、ものをつくる時には、今の自分の足元、そして相手の今の暮らしを見つめることが大切です。
アーティストのアプローチはデザイナーとはまた違います。アートには『永遠』という時間軸が与えられていいと思っています。今、次のステージが見えない地球で、何を次の世代に残していけるか、それを考えるのもクリエイターの大事な仕事でしょう」(わいない)

「クリエイターの役割は、新しい暮らし方をつくり出すことだと思います。すでに定義づけられているものの枠を外して、ものごとに対する考えや機能を捉え直すような。その時に大切なのが教育です。自分の経験を若い世代に伝授すべきだということは、友人だった建築家 故 ザハ・ハディッドからも言われました。大切なのは決まった型にはめるのではなく、それぞれの個性を伸ばし、たくさんの引き出しができるような教育をしていくことです。生徒の独自性を尊重しながらも、教師が批評することも重要です。異なるバックグラウンドをもつ人たちとチームワークできるクリエイターを育てていけたらと思います」(チャラヤン)

「チームワークについては、私はロンドン=Westで育ち、Westの文化も好きですが、仕事の仕方についてはEast=日本の方法に関心があります。Westでは時間で仕事を区切りますが、Eastでは仕事が終わるまでチームで協力します。それは良いことだと思いますし、とても影響を受けました」(チャラヤン) 

ネガティブなidentityをポジティブに転換するクリエイションは、2022年度わいないが「定点観測」を行ったプロジェクト「冬眠という熟成の味を旅する気分で体験してみませんか?」にも通じます。

2023年度もつづく、PARK-いきるとつくるのにわ。わいないは自身の活動がインスピレーションとなり、何かを始めたり、つくり出したり、つづけていく人の「わ」が広がることを願っています。


わいないきょうこプロジェクト「今、何をすべきか」フセイン·チャラヤンへの公開インタビュー

日時|2023年3月23日(木) 18:00~20:00
場所|秋田市文化創造館 スタジオA1
登壇|フセイン·チャラヤン、わいないきょうこ
定員|50人(先着順)
参加費|無料

▶︎「PARK – いきるとつくるのにわ」についてはこちら
▶︎わいないきょうこプロジェクト「今、何をすべきか」フセイン·チャラヤンへの公開インタビューイベント開催概要

Profile
Photo by: Cem Talu

フセイン·チャラヤン (デザイナー/アーティスト))

デザイナー/アーティスト。トルコ領の北キプロス出身で、8歳の時にロンドンに移住。セントラル·セント·マーチンズ芸術大学でファッションデザインを専攻する。卒業制作をロンドンの有名セレクトショップ『ブラウンズ』が買取って話題を集め、1994年に自身のブランドを立ち上げる。

人類学、自己認識、科学哲学など、分野に囚われない自由な思考に基づく作風は、ファッション界では特異な存在として脚光を帯びる。ファッションコレクションのほか、美術館でも作品を発表する。

教職ではウィーン応用美術大学のファッション科で教鞭を取った後、2019年よりベルリンのHTW大学の教授に。サステナビリティ、アイデンティティ、イノベーションを専門に学生を指導する。マサチューセッツ工科大学のとコラボレーションで’Digital Skin’ のプロジェクトも進行中。2006年、大英帝国勲章を授与されている。

https://chalayan.com

Profile
撮影|大森克己

わいないきょうこ(デザイナー、やぶ前)

横浜市出身。桑沢デザイン研究所写真研究課卒。日本でバッグデザイナーとしてそのキャリアをスタート、活動拠点をロンドンに移した後は、内外問わず様々な企業やデザイナーとのコラボレーションを通じ、バッグを主軸にファッショ ン小物やインテリア・オブジェなどを制作。また舞台、映画などのコスチュームデザインも担当。 現在はブータン王立タラヤナ財団クリエイティブアドバイザーなど続けながら、ロンドンのスタジオを母方のルーツ秋田美郷町に移し、町の人々と伝統と知恵を新しく捕まえる形で世界にその暮らしぶりを伝えるための町の学び舎’やぶ前’を始めた。


書き起こし・編集|佐藤春菜
イベント撮影|白田佐輔