秋田の人々
このまちで暮らしを重ねる
たくさんの人たち。
人を知り、出会うことができたら、
日々はもっとあざやかに、おもしろくなる。
秋田に住まうあの人この人、
秋田に関わる人々を不定期で紹介します。
中心市街地や秋田市文化創造館での
過ごし方・使い方のヒントを
見つけてください。
「ユカリロ編集部」
秋田県秋田市
三谷葵さん 高橋希さん
『yukariRo(ユカリロ)』は、「ふつうの人の、ふつうの暮らし」をテーマにした小冊子。手がけているのは、秋田市で暮らす高橋希さんと三谷葵さんです。
東京でフリーランスのカメラマンとして活動し、約20年ぶりに秋田市へ帰郷した高橋さんと、出版社で編集者の仕事をしていた三谷さんが、夫の転勤で秋田市へ転居したのは2013年と、奇しくも同じ年。まだ人間関係が構築される前の土地との距離感や、「これまで身につけた職能を活かしたい。でも何から始めたら良いかわからない」という鬱々とした思いが共通しているときに、ふたりは出会いました。
慣れない土地で、「とにかく何かやらなくては」という思いが後押しとなり、知り合ってすぐ、どんな媒体をつくるかを決めるより先に取材に繰り出したというふたり。最初に訪れたのは、秋田県男鹿市の海でした。
「ブリコが打ち上がっている浜を見たい。って私が言ったんだよね」と高橋さん。
「当時はハタハタが今よりも獲れていたから、みんなトロ箱いっぱいに買っていくんです。あんなにたくさん、どうやって食べているんだろと気になりましたし、ブリコが浜に打ち上がるって何!?って。見られるなら行ってみようと車を走らせたんです」(三谷さん)
ハタハタの取材を経て、ふたりが最初につくったのが、『本隊接岸〜ハタハタフィーバーの謎を追う』(2014年、ユカリロ編集部)。yukariRo創刊準備号として発行します。
当初は「よりいろんな人に見てもらえるのでは」とウェブ記事にまとめることも検討していましたが、書籍編集の経験を生かし、紙媒体に着地。「一番安価でできる方法だったから」と、ホチキス留めの手製本で世に送り出されました。
“ふつう”の暮らしは尊い
その後もふたりは、「これって秋田らしい風景だよね」「おもしろい!」「すごくない?」と思うものに、暮らしながら出会っていきます。
「秋田に来るまで、今や日本全国、どこに行っても同じような生活になってしまったはずだと思っていました。地方ならではのものって旅行していても見えにくくなったなって。だけど、秋田に暮らしてみるとそれまで見えなかったその土地らしさが微細なところにいろいろあって、それを地元の人は“ふつう”と思って生活している。それってすごくおもしろいし、尊いなって思ったんです」(三谷さん)
以来、10年以上活動を続けてきたユカリロ編集部。
「お互い、どういう写真を撮ってきたのかも、どういう書籍をつくっていたかも、どんな趣味をもっているかも知らなかった」と高橋さん。大切にしたいことが幸運にも共通していたことが、長くふたりを結びつけてきたといいます。
「活動を始めた2013年は、東日本大震災を経て、地方移住のひとつの波が来ていたときでした。でも私たちは、“地域を起こす”ような活動をしたかったわけではなくて、できるだけ平熱の、日常の、ふつうの尊さみたいなものを記録したいと思っていたんです」(三谷さん)
「“仕事”じゃないからこそ今もっている興味や実力をすべて出しきろうと毎回心がけています。クリエイターにはきっちりお金を払おうという考えや、県の枠にとらわれずにものづくりがしたいという感覚も共通でした」(高橋さん)
冊子づくりにおいて「全国へ届けること」を意識していたふたりであったことも仕合わせな巡り合わせ。ふたりは、「ひとりではこんな風にはできなかったから、会えて良かったよね」と話します。
秋田は特殊な田舎ではなく“いちローカル”
そんなふたりは、小冊子に留まらず、ショップや新聞紙面の編集にも挑戦します。
2019年には、秋田県の地元新聞社〈秋田魁新報社〉からの依頼で、月1回、丸ごと1ページ(全15段)の編集を担当。この責任編集ページを『ハラカラ』と名づけ、「編集」や「ローカル」をキーワードに、全国で活動する執筆者がバトンをつなぐ連載『ローカルメディア列島リレー』を企画しました。
「地元の新聞では地元のネタを期待されると思いますが、ローカルだからこそ、外とつながれる企画を考えました。
たとえば東京からの距離が秋田と同じくらいの土地は同じ悩みを抱えているかもしれないし、東京にだってローカルと言える部分があったりもする。
秋田は、秋田という特殊例なのではなく、“いちローカル”だから、ほかのローカルの知恵も学ぶべきだし、そこに何かしらヒントがあると考えたんです」(三谷さん)
また、毎年東京で開催されている「BOOK MARKET」にも出展。三谷さんが所属していた出版レーベル〈アノニマ・スタジオ〉が主催する、「“本当におもしろい本”だけを集めた本好きのためのイベント」で、現在は自身で編集した冊子のみならず、全国の“ローカルメディア”が発行する冊子の販売も行います。
「地方で出版活動をしている人がこんなにいるんだよということを伝えられるのは希望だと思うし、それぞれの地方でメディアをつくっている人たちと離れていても、会ったことがなくても、感想を伝え合ったり、販売の機会を通して喜びを分かち合えるのがうれしいです。
yukariRoは秋田で始めたけど、目次に日本地図があって、いろんな土地に執筆者がいて、各地の記事が読めることを最初からイメージしていたから、今思えばそれに近いことができてきたのかも」(高橋さん)
続けることが目標
かたちをゆるやかに変化させながら活動を長く続けてきたコツをたずねると、「できるだけ無理がかからないようにすること」と三谷さん。
「私は、続けることをわりと大事にしています。だから“つくったものが私がいなくなっても動き続けていること”がひとつの理想。そうなるための仕組みをつくることが好きなのかもしれません。BOOK MARKETの運営も、私は5年目で離れましたが、16年目の現在も続いており、今では私も出展者として参加させてもらっています。編集業務を引き継いでもらった『ハラカラ』もそうですね。
反対に、私は夫の転勤で違う土地へ転居する可能性があるので、“私がどこに行っても続けられるように”と思って始めたのがyukariRoです。ふつうの暮らしはどこにでもあるし、なくなるものじゃないですよね。何かをするときも、飽きることがあっても良いと思っていて、でも“今必要”と思ったときにまたとりかかれると、ゼロからよりは続けやすいじゃないですか」。
ハタハタの取材ののち、三谷さんはデザイン会社See Visionsに就職。高橋さんはフリーランスのカメラマンとして同社と関わりがあり、ふたりが一緒に行動する機会は仕事でも増えていきました。
取材先へ移動する車中は良い打ち合わせの時間にもなります。仕事で出かけた場所で目にしたものも取材の種となるなど、無理なく自然と制作につながる話ができているのもユカリロ編集部の活動が長く続いてきた要素のようです。
2023年にはインターネット配信の音声メディア・ポッドキャストで自身の番組『ユカリロのギリギリステイチューン』を開始しました。
今では2週間に一度、ふたりの楽しい笑い声を聞くことができます。会ったことがないのに身近な人のように感じさせてくれるのが音声メディアの力。リスナーからのメッセージを秋田の方言で読み上げることもあり、文章や写真だけではできない表現を楽しんでいるようです。今年(2024年)は、ゲストを呼ぶ計画もしているそう。
「おもしろい」という素直な気持ちは伝播していくーー。縁(えん・ゆかり)を辿り、少しずつ”ふつう”を掘り下げ、伝え残してきたユカリロ編集部のふたりには、周囲を巻き込んでいくポジティブな明るさと強さがありました。
──秋田市文化創造館に期待することは?
イベントを開催している横で学生が黙々と勉強していたり、その横でおばあちゃんがお弁当食べてたり、さまざまな人たちがお互いを邪魔だと思わずに同じ空間にいられるって本当にすごいことだと思います。
また、スケーターの人たちと継続的に対話をしようとする文化創造館の取り組みにも感服しています。ああいう創造館がもともともっていなかった文脈を対話を通じてつくっていくことは大事だけどなかなかできることじゃないですよね。個人の好き嫌いを越えて、こういう人も、ああいう人もいる、ということをたくさんキャッチすることが必要ですから。
創造館はnotoyaみたいになるのが理想なんじゃない!? 若い人もおじいちゃんも入りやすくて居心地がよくて、駄菓子とかお酒とか日常で食べられるものも置いてあるような空間。
「ひびきあう本棚」の本は、「買える」ということをもっと多くの方に認識してもらいたいですね。たとえば本棚をL字にしたらどうかな? 人の流れをちょっと留めるような動線を考えるともっとよくなりそうな気がします。BOOK MARKETでも動線や商品の配置はすごく気にするんですよ。お客さんがどこを見てるかなって観察して、本をこっちに置いたりあっちに置いたり。
──友人に案内したい秋田市のおすすめの場所を教えてください
せきや(秋田市大町一丁目・MAP)
「秋田の食文化はおもしろい」と教えてくれた特色のあるスーパーだと思います。漬物や惣菜のコーナーは圧巻です。山菜もたくさん並んでいるし、「かすべ(エイ)の煮付け」って何!? 「あさづけ(甘くて酸っぱいお米のスイーツ)って何!?」と気になったりとか。yukariRoをやろうと思わせてくれた場所のひとつです。
アウトクロップ・シネマ(秋田市中通・MAP)
私たち自身もここによく映画を見に行っています。彼らがおもしろいと思って選んだものを見てみたいと思うし、鑑賞後に拍手があったり、みんなで感想を言い合ったり、ここでしかできない体験ができる。月1回、ここに行けばいい映画を見られる、すごくいい場所をつくってくれたなと思っています。
AIU(国際教養大学/秋田市雄和・MAP)を卒業した県外出身の若い世代が、秋田に残って新しいことを始めることにも未来が感じられるし、空きアパートメントをリノベーションして、「Atle DELTA」(秋田市保戸野)という複合拠点をオープンしようとしている取り組みにもワクワクさせられています。彼らの活動に刺激を受けて、おもしろいことを自分たちでやってみようという人たちも出てくるんじゃないかな。大変だけど挑戦する。そんな様子を見ると、いち市民として楽しみだし、応援したいなと思います。
(取材:佐藤春菜 撮影:鄭伽倻)