秋田市文化創造館

連載

秋田の人々

このまちで暮らしを重ねる
たくさんの人たち。
人を知り、出会うことができたら、
日々はもっとあざやかに、おもしろくなる。
秋田に住まうあの人この人、
秋田に関わる人々を不定期で紹介します。
中心市街地や秋田市文化創造館での
過ごし方・使い方のヒントを
見つけてください。

「Little A」

秋田県秋田市南通
デザイナー・ディレクター 鎌田あかねさん

暮らしの中で目にするチラシやハガキなどの印刷物、商品のパッケージやお店のロゴマーク。それらはデザインの過程を経て私たちの元に届けられています。

鎌田あかねさんは、秋田市を拠点に活動するデザイナー。〈Little A〉という屋号で独立してから、2024年で10周年を迎えます。クライアントワークだけではなく、個展も開催するなど、自らまちや人との接点をつくってきたあかねさん。自身がショップツールを手掛ける〈CAFÉ みきょう(秋田市仲小路・MAP)〉で、秋田での活動についてお話をうかがいました。

デザインするものは「道具」になるもの

セレクトショップMIKYOとCAFÉ みきょうを運営する〈EMI KINGDOM株式会社〉とあかねさんの出会いは、2020年。同社が1周年を迎える際に、代表の桜庭榮美さんから「お客さまに特別な贈り物をしたい」と相談を受けたことにはじまります。

EMI KINGDOMの設立1周年を伝えたカード・封筒・畳紙

2020年はコロナ禍真っ只中。

「なかなか実店舗にも足を運べない時期でしたので、お客さまへの感謝とともに、お店から元気を届ける何かを贈りましょう」と、印刷方法や用紙を厳選してつくるカードや封筒を提案したというあかねさん。

角度によって色が変わる箔押しが施されたクリスマスカードが生まれ、以来、2周年、3周年にも新しいデザインの贈り物がお客さまの元へと届けられました。

2023年には、同店の食事メニューを新たに制作。その仕事は、あかねさんが2022年に開催した個展『TOOL BOX イラストからひろがるデザイン展』をきっかけにできたものだと言います。

テーブルの上にあるのがCAFÉ みきょうの店内メニュー

同展であかねさんは、自身で制作するイラストを活かしたデザインサンプルを展示。予約制で商談の時間を設けました。

「まちにパン屋さんやお花屋さんがあるように、デザイン屋さんがあってもいい」。

開業以来、そんな想いを抱いていて来たあかねさんが、まちの人たちにデザインをより身近に感じてもらおうと企画した試みのひとつです。

「デザインは、どんなものができあがるのか依頼時は目に見えない状態なので、お客さまにとっては不安な投資だと思うんです。展示を通じて具体例を見てもらうことで、こんなものがつくりたいという相談がしやすくなればと思いました」

TOOL BOXで展示されたデザイン例。美容系などリラクゼーション空間を意識してつくってみたというサンプルが桜庭さんの目に留まり、メニューをつくる商談が成立しました

「道具箱」を意味する個展のタイトルTOOL BOXには、デザインするものは、最終的には使ってもらう「道具」になるものという想いを込めたと言います。

「イラストは、原画(一点もの)としての価値だけではなく、何かと合わさったときにも価値が発生するものだと考えています。たとえば、商品パッケージになったり、ショップツールになったりと、さまざまな“道具” として使えるものだということを、展示を通して気軽に知ってもらいたいと思いました」

自身で切り開いた秋田でのキャリア

岩手県出身で、山形大学の農学部で学んでいたというあかねさん。高校生の頃は「イラストを仕事にする」ということを想像できていなかったと話しますが、大学生活の中で、自身が描いた絵を見て喜んでくれる友人がそばにいたこと、また、学園祭で協賛企業の広告や看板を描く経験を得て、「これを職業にしたい」という想いが芽生えます。大学卒業後にイラストレーションを学ぶために東京の専門学校へ進学。そこで出会ったのが、デザインでした。

「1年生の時に、『五味を形で表現する』という授業を受けて、イラストで自分の世界観を表現するのとはまた違う、共通の認識を掘り下げていく、みんなが酸っぱいと思う酸っぱいってなんだろうということを考えていく体験をしました。そこではじめてデザイナーという職業があることを知るんです。自分が描くイラストは独創的だったり、すごく個性が爆発するような感じではないという悩みももっていたので、デザイナーの方が向いているのかもしれないと、志すようになりました」

3年間、専門学校で学んだ後、東京のデザイン会社に就職。秋田市で暮らしはじめたのは結婚がきっかけでした。秋田は知り合いのほとんどいない土地。制作会社でデザインの仕事をしながらも、自ら縁を広げようと個人でも名刺をつくり、「デザインやイラストで何かをしたい」と出会った人に伝えていたというあかねさん。2008年にひとつの転機が訪れます。

自身の名前のアルファベットから形をつくってみようと生まれたロゴマーク

秋田赤十字病院の移転により空き地となっていた現在の〈エリアなかいち〉(秋田市中通・MAP)でマーケットを開催することになり、出店してみないかと声がかかったのです。

出店する際に、ショップ名があった方が良いと考えつくったのが、現在の屋号Little A。翌2009年からは、同イベントのチラシ制作も担うようになり、この経験がデザイナーとしてひとり立ちする自信となっていきました。

デザインは対話を重ねてつくるもの

こうした活動の過程で、また新たな縁が。共通の知人を通じ、〈株式会社大潟村松橋ファーム(秋田県大潟村)〉の松橋拓郎さんと出会います。同社は、自ら酒米を栽培し、〈福禄寿酒造株式会社(秋田県五城目町)〉が醸す「農醸」をプロデュースした「農家がつくる日本酒プロジェクト」の発起人。ちょうどプロジェクトが芽吹く時にあかねさんは拓郎さんと出会い、農醸のラベルやチラシデザインを担うことになります。Little Aとして独立する前から携わることとなった同プロジェクトは継続し、2023年で10周年を迎えました。

農醸10周年を記念した手ぬぐい。10年間のボトルのイラストが描かれています。2023年からプロジェクト名は農家「と」つくる日本酒プロジェクトに変更されました

「一番長く続いているお仕事です。ご依頼が長く続くこと自体はもちろん、お客さまが事業を継続できていることに喜びを感じています。当初から、流行りの表現ではなく土っぽさを感じられる方が自分たちらしくて良いと拓郎さんからは言われていたのですが、10年経ってもそれは変わらないんです。続けていくと飽きがきてしまって、変化をデザインに求めることも多いのですが、淡々とコンスタントに、手の届く人たちと、身近に愛してもらえるようなイベントを目指している事業者さんだと感じています」

10周年にはラベルではなくボトル印刷するタイプが誕生。瓶に印刷するとどう見えるのか、パソコンなどの画面上だけではなく、フィルムに印刷したダミーで仕上がりを検証しました。

農醸のボトル。左がダミー。中央と右がボトルに印刷された実際の製品。できあがりをお客さまに想像してもらうことをあかねさんは大切にしています

「デザインは完成までに時間がかかります。まずお客さまのご要望とこちらの認識にズレが無いように入念に打ち合わせを行います。また、デザインは、デザイナー任せで“いい感じ”に仕上げるのではなく、対話を重ねてつくりあげる物であることもお客さまにはお伝えしながら制作しています」

身近にあるものを大切にしていきたい

独立を前に、南通へ転居したことも、ひとつの転機だったようです。近くに店を構えていたのが、暮らしの日用品と古道具の店〈blank+(秋田市楢山・MAP)〉。そのDMデザインを、前任から継承する機会を得たのです。あかねさんが手がけたDMを見たお客さまからの依頼も増えていくなど、着実に秋田での縁、信頼と実績を積み重ねていきました。

2020年には、あかねさんが描いたイラストをきっかけに、近隣のblank+、〈マザー食堂 savu.(秋田市楢山・MAP)〉、〈九十九スプーン〉による「ハローオムレツプロジェクト」が立ち上がります。

コロナ禍を「生活を整える機会」と考え、「オムレツ」、「卵かけごはん」など卵料理をつくる材料セットを販売したハローオムレツプロジェクト。環境を意識した生産者がつくる食材をセレクトしたことはもちろん、それらを包むパッケージ(左上)も工夫。古新聞を活用し、ホチキスやセロテープも使わずにバッグになる形を考案しました。中央が原画。右下が印刷したカードです。

「ステイホームで全然外に出られない時期に、デザインの依頼も減ってしまったので、自主活動で何かつくろうと思ってイラストを描いたんです。卵がすごく好きなので、オムレツをつくって、ケチャップで文字を描いて、それを写真に撮ってトレースしたイラストなんですが、自分でもいいなって満足したものができたので、カードにして、身近な人やお客さまに『元気ですよ』『Hello』って言葉を送りました。

そうしたら、マザー食堂savu.の麻美さんが、『すごく元気になったありがとう。この絵をアイコンにして、何かできないかな』と相談をしてくださって。

直接人と会えない時期だったので、何か人と人がつながるきっかけになればいいなと思って、このプロジェクトが始まったんです」

こうしてまちと親密になってきた一方、デザインにかける時間と、自分の暮らしとに向き合った時に、「これからはもっと対応幅を広げていきたい」とあかねさんは話します。

「手に取れる小さなもの」をデザインすることが多いとあかねさん。〈レディースファーム(鹿角市)〉の商品パッケージやリーフレットも手で包み込んで愛でたくなるサイズです。

身近な人たちを想うからこそ、小さなコミュニティの中のデザインだけではなく、中・大規模の企業やプロジェクトとの仕事にも積極的に取り組むことで、自身や周りの暮らしに還元していきたいと考えているからです。

「デザインされたものを使って、お客さまがちゃんと商売ができる、そしてそれが続いていって、次のステップとしてデザインするものができてくる。
そうした循環が生まれるような仕事をしていきたいと思っています」

身近にあるモノや時を大切にする姿勢から生まれたLittle Aという屋号。

Little Aの「Little」には、「愛でるような小さくてかわいらしい」という意味があり、「A」には、物事の最初=初心というメッセージが込められています。

「ずっとそばにあるものでいたい。そんな想いでつけたものです」とあかねさん。

新しい事業を始める時、リブランディングに挑戦する時、役立つ道具であってほしいと生み出されるLittle Aのデザイン。
クライアントの想いに呼応するからこそ、その表情はさまざまです。
それらは誰かのはじまりとともにあり、また、初心を思い出させてくれるものとして、モノに、まちに、人に、寄り添ってくれています。

information

Little A

Webhttps://www.instagram.com/littlea_design/

──秋田市文化創造館に期待することは?

秋田市文化創造館と〈あきた芸術劇場ミルハス〉が連携して実施した「なぞときウォークラリー」のツールもあかねさんが担当。景品のオリジナルバンダナには両館にまつわるあかねさんのイラストが施されています

人の流れを生んでいる、いい存在であの場所にあるなと感じています。さまざまな人たちの活動の拠点になっているし、公民館のように人が集まるだけの場所ではなく、カフェ・ショップスペース〈○ HAJIMARU〉があって、お買い物もできるのがいいですよね。

2階、3階のスペースへはあまり行ったことがなくて、自分自身も含めてもう少し活用できないかなと思ったりもします。

──友人に案内したい秋田市のおすすめの場所を教えてください

仲小路(秋田市中通)と千秋公園(秋田市千秋公園MAP 
みきょうさんもある仲小路や千秋公園周辺が好きです。歩いてショッピングしたり美術館に行けたり、適度な距離で、風を感じながら移動できるまちの規模感がいいなと思っています。

秋田県立図書館(秋田市山王・MAP) 
一番行く機会が多いのは県立図書館です。お仕事の依頼があると、調べ物をしに毎回行きます。ジャンル問わず、幅広く興味の赴くままに調べられるのがいいですよね。
先日はロゴマークをつくるために星座について調べに行きました。
子ども向けの学習コーナーにあった本がとても役に立ちましたよ。

(取材:佐藤春菜 撮影:鄭伽倻)

2019年に開業した〈Flower Space T’s (秋田市大町・MAP)のロゴマークやショップツールもあかねさんがデザインしました