秋田の人々
このまちで暮らしを重ねる
たくさんの人たち。
人を知り、出会うことができたら、
日々はもっとあざやかに、おもしろくなる。
秋田に住まうあの人この人、
秋田に関わる人々を不定期で紹介します。
中心市街地や秋田市文化創造館での
過ごし方・使い方のヒントを
見つけてください。
「九十九スプーン」
秋田県秋田市
鎌田学さん
〈九十九(つくも)スプーン〉の名をはじめて聞いたのは、『秋田の人々』の連載第1回目に登場いただいた〈交点 喫茶と日々を暮らすこと〉(秋田市保戸野通町・MAP)でした。約1年前、「近々店で取り扱いを始めたい」とオーナーの五十嵐さんが話していたスプーン。手掛けているのは、秋田市在住の鎌田学さんです。
平日の日中は、会社員として働く学さんが、〈九十九スプーン〉として活動を始めたのは、2020年の秋。
暮らしの日用品と古道具を扱う〈blank+(ブランクプラス)〉(秋田市楢山・MAP)で、はじめての個展を開催します。
個展を開催する際、DMを置かせてもらうため、県内の店を訪ね歩いた学さん。〈交点 喫茶と日々を暮らすこと〉もその一件で、店で使うスプーンを探していたオーナーの五十嵐さんご夫妻が個展に足を運び、買い求めてくれたのだそう。現在は土日限定で提供するカレーに〈九十九スプーン〉が添えられています。
きっかけは「木彫りの熊」
屋号の通り、学さんがつくるのは木のスプーンのみ。つくり始めたのは、2019年の春、「木彫りの熊」がきっかけでした。
「妻が木彫りの熊を集めていて、発祥の地である北海道にある〈八雲町木彫り熊資料館〉に一緒に行くことになったんです。その話をしているときに、『せっかく行くなら、行く前に、自分で一体木彫りの熊をつくってみたら?』って私がぼそっと言ったんですよ。『そうすれば、実際につくった人の気持ちもわかるし、どれくらい大変かわかるんじゃない?』って。
そうしたら妻が『私は見るのが好きだから、彫るのは学さんがやってみたらどう?』って言うんです。『え、俺が!?』ってなって、『じゃあ、せっかくだからやってみるか……』って木材を調達したのが始まりなんです」。
刃物を持つことも、木工をするのも、実に小学校の図工の時間以来。15cm四方の秋田杉の角材を、刃先が斜めの切り出し刀で彫り始めます。
「角材の上から順番に削って行ったら、だんだん溶けるみたいに(熊の)形が出てくるんじゃないって思っていたんですけど、当然ながら全然できないんです。
あまりにも大変で、熊を彫りながら、『疲れたな……気晴らしに材の切れ端で何か手軽なものをつくってみるか』と思い立ちました」。
そうしてつくってみたのが、身近にある小さなスプーン。
「つくってみたら、使いづらいうえに、美しくないスプーンができて、すごく難しいなと思ったと同時に、なんかちょっとおもしろいなと感じたんですよね」。
学さんはこの後、木彫りの熊を完成させますが、「もう少しスプーンをつくってみたい。もっと美しいものをつくってみたい」という気持ちが強くなり、スプーンづくりに没頭。角度を付けたり、くり抜くことができる彫刻刀を買い揃え、つくり続けるうちにその形に魅了されていきます。
「緩やかなS字のような形がすごくきれいだなと思うようになりました。スプーンは、何百年も前から形が変わっていないものだと思うんです。形が変わって便利になった道具は世の中にたくさんありますが、『この形が美しくて使いやすいね』と人類が思った、最も古い道具のひとつなのではないかと」
山桜・ウォールナット・メープルなど、スプーンに適した材料を調べて取り寄せるようにもなり、「あともう少し、美しくて使いやすいスプーンが1本できたら満足するだろう」と試行錯誤を繰り返しますが、その時はなかなか来なかったという学さん。「ちゃんと発表したほうがいい。誰かに見せたほうがいい」と思うようになります。
「自分のテリトリーの中だけでものをつくっていたら、自己満足のままに終わってしまって、ここから一生出られないと思いました。本職として木工に携わっている方とか、自分の周りにも違う素材でものづくりをする作家さんがたくさんいるので、恥も晒して、そうした人たちの意見を聞かないと、成長できないなって」。
2020年の11月に開催したはじめての展示・販売会は、親交があった〈blank+〉の店主・三浦美緒理さんに相談したことで実現。この時に〈九十九スプーン〉という屋号を決め、販売を視野に入れた活動をスタートします。
ちゃんと所有して、ちゃんと使う
「九十九」には、「どんなによくできたと思ったスプーンでも、自分の元では99点、お客さんの元で使ってもらってはじめて100点になるということを絶対忘れないようにしよう」という思いや、「99回の手間や、99の長い時間を惜しむことなく1本ずつつくろう」という決意が込められています。
もともと「好きなことをし続ける時間」をつくり出すことが得意だった学さん。スプーンをつくり始める前は、休日の朝から晩まで、平日は仕事から帰宅後の寝るまでの間、年300〜400本映画を観ていました。
今はその数百時間をスプーンをつくる時間に費やしています。
「専業で作家活動をしている方からみると、一部の時間を使ってものづくりをしているように見えるかもしれませんが、スプーンをつくることに対しては、本当に丁寧に、時間と気持ちを使っているので、本業か副業かはあまり関係ない領域に足を踏み入れているなと思っています」。
2021年の秋には、〈blank+〉で「メンテナンス会」も実施しました。
〈九十九スプーン〉は、すべてのスプーンの仕上げにくるみオイルを塗布しており、体に安心な分、洗剤で洗いすぎたり、長く使っていると、油が抜けて木肌のカサつきが出ることがあります。
「手入れをすれば長持ちして愛着もわきますし、お客様の手元にあるスプーンを(メンテナンス会に)もってきてもらうことで、販売しただけでは一方通行の“線”で終わってしまう“つくり手と使い手の関係”が”輪”になって、お客様とも長くつながっていけると思っています」。
屋号は、古い道具や、長い年月使ったものに宿るとされる「九十九神(つくもがみ)」にも由来し、「誰かの手元で、いろいろなものを食べながら、神様が宿るくらい何十年も大事にされたスプーンがいつかできたらいいな」という思いも込め名付けられました。
「今、ものを所有しなくなっていて、サブスクや、シェアできるサービスが増えていますよね。でも箸やスプーンって、それとは縁遠くて、基本的に誰とも共有しないものだと思うんです。
こんな時代だからこそ、簡単に捨てちゃうようなものをいっぱい所有したり、どんどん新しいものにのりかえるのではなくて、ちゃんとつくられたものを、自分で選んで、ちゃんと所有して、ちゃんと使ってもらいたい。スプーンに限らず、そういう消費サイクルのきっかけにもなれたら幸せですね」。
長く使いたいと思えるものに出会えることは、つくり手も使い手も、環境にとっても喜ばしい。九十九神が宿るほど大切にものと向き合う。学さんの思いをのせて1本1本大切につくられる〈九十九スプーン〉は、ものとのつき合い方を変えるきっかけになるかもしれません。
──秋田市文化創造館に期待することは?
「文化」や「創造」と聞くと堅苦しく感じてしまうので、日常的に足を踏み入れられるような、気楽な場所に感じられるようになるといいですね。
ベンチがたくさんあって、見晴らしが良いので、千秋公園にはよく散歩に出かけますが、近くまで行っていても、なかなか足を踏み入れなかったりするので、「文化創造館」とは意識せずにぷらっと入れてしまうような気安さがあるといいなと思います。
〈旧県立美術館〉で、升を使って自由なアート作品を表現する『100マス初詣展』という展示が行われたことがありました。プロのアーティストでなくても誰でも作品を応募できる企画で、僕も小さな映写機をつくって、升の中に映画の名シーンを再現する作品を発表した思い出があります。そうした誰もが参加できるような企画があると楽しいですね。
──友人に案内したい秋田市のおすすめの場所を教えてください
一つ森公園(秋田市下北手・MAP)
小高い山の中の広大な公園で、ジョギングコースがあったり、遊歩道があるので、お散歩に最適です。自由広場からは太平山を一望できます。サクラ広場やツツジ園もあり、鳥の鳴き声も聞こえて、気持ちがいい場所ですよ。
(取材:佐藤春菜 撮影:鄭伽倻)