秋田市文化創造館

PARK – いきるとつくるのにわ

「観察する」身体0ベース運用法/安藤隆一郎2023春季滞在レポート


日時|2023年4月29日〜5月4日

秋田に暮らす人々やクリエイター、専門家が交わり多様な活動を展開するプロジェクト「PARK – いきるとつくるのにわ」。「観察する」「出会う」「育む」「残す」の4つのプログラムを通して、秋田の文化的土壌をたがやしていくことを試みます。

「観察する(クリエイターによるリサーチと表現)」参加クリエイターの〈身体0ベース運用法(安藤隆一郎)〉は、昨年の8月から秋田県内のリサーチをはじめ、今回で4回目の滞在リサーチを実施しました。今回の滞在は4月29日〜5月4日まで行い、うち5月1日〜5月4日の期間、秋田市文化創造館のスタジオA1で行われていたオープンスタジオに参加しました。今回の滞在では「木の岐」の手帳をつくるため、油谷満夫さんの私物コレクション「木の岐」をお借りし、「木の岐」の分類、撮影、聞き込みを行いました。


「木の岐」とは、豆を打ったり(殻から豆を取り出す)、芋や米をつく道具として、使われていた二岐、三岐に別れた木の枝のことを言います。場合にあよっては枝付きの木の幹を加工したものもあり2mを超える「木の岐」もあります。庭木や山で道具になりそうな枝を見つけ、枝の形から想像し、さまざまな生活道具に使用していました。

油谷満夫さんのコレクションの「木の岐」

4月30日 「木の岐」の仮撮影と分類作業

秋田市文化創造館のPARKブースで、お借りしている「木の岐」の分類を行いました。仮で写真をとり長さを測り記録していきました。形状や用途別に名称をつけながら分類作業をおこないました。

5月1日 「木の岐」の記録撮影、尾花賢一さんへの聞き込み

今年度は「木の岐」の手帳をつくるために、お借りしている「木の岐」をCreative Peg Works(クリエイティブ ペグ ワークス)」の 伊藤 靖史さんに撮影いただきました。一つ一つ「木の岐」の特徴をお話しつつ、丁寧に撮影していただきました。もともとは名称もなく、生活の為に工夫して作られた「木の岐」も、しっかり道具の歴史に記録されていくのかと思うと考え深いものがありました。

夕方には、秋田公立美術大学の尾花賢一さんにもお越しいただきました。尾花さんは、2021年に秋田市文化創造館にて開催した「博覧強記・油谷満夫の木の岐(きのまた)展」の担当をされていました。この日は「木の岐」の分類表や実際の「木の岐」を見ながら尾花さんの「木の岐」への考えをお聞きしました。

伊藤 靖史さん
左:尾花賢一さん
木の岐分類図

5月2日 秋田県立大学 森林科学研究室への聞き込み

 どんな木が「木の岐」に適しているのかを知るため「木の岐」を持参し、秋田県立大学の森林科学研究室を訪ねました。お話しをお伺いしたのは森林の専門家である坂田ゆず先生、星崎和彦先生、木村恵先生の御三方。専門家の視点でさまざまなお話しをお聞きできました。加工された「木の岐」から何の木であるかは判別が難しいそうですが、年輪から針葉樹、広葉樹などの種類を推測していただきました。また、専門家の目には一部枝の形状がおかしいものがあり、実は枝ではなく根ではないかなど、興味深いお話しをお聞きすることができました。

左:坂田ゆず先生
中央:星崎和彦先生、右:木村恵先生

5月3日 「木の岐」の分類作業、油谷満夫さんへの取材

午前中に「木の岐」を所有している油谷さんが来館し、制作中の「木の岐」の分類表をみていただきました。用途が分からない「木の岐」もあり、それぞれの「木の岐」を解説をしていただきました。お話しによると「木の岐」は山で採取したものよりも、庭木の松や栗が材料になっているそうです。「木の岐」とは実際に豆を打ったり、米を捏ねるためなどの道具を所持することができない人々が木の枝を工夫して作った道具であり、実は使っているのが恥ずかしい物だったそうです。今では人の知恵と工夫が詰め込まれた道具に捉えられますが、時代背景を知ると「木の岐」を使っていた理由や人々の姿が見えてきました。

右:油谷満夫さん
木の岐分類図2_用途や形で分類


「木の岐を知り、木の岐の考え方を想像し、木の岐のある暮らしを実践してみる。」簡単そうに見えて現代人にとって難しいこの行為を形にするために、まずは木の岐にじっくりと触れて観察し、道具として、樹木としての視点からの話を聞いていきました。そして、同時に写真に収めることで、必要な形の情報を選び抜いていきました。木の岐に対して一歩離れた位置に身を置き、色んな視点から見つめていくことで客観的な情報を集め、それを整理して系統立てていきます。それを足掛かりとして実践していくことで、木の岐の周辺にあるものを身体を通して発見していきます。

樹木としての視点は大事なものの一つです。昨年度実際に山に入ってみても明らかでしたが、普段から山と樹木に親しみのない私にとっては、木の股が無限に広がりるだけで、なかなか見つけだすということは難しいものでした。そのため、木の岐の実践のためにはやはり木の股の採集の手助けとなる樹種の特定というものも必要だと感じました。

5月2日に秋田県立大学森林科学研究室へ伺い、それぞれの木の岐の樹種が何であるかを見てもらいました。しかし、古い道具から樹種を特定することは難しく、おおよそのことまでは推測できましたが、それぞれを特定をすることまではできませんでした。その代わり、分からないからこそ推測を重ねていく中で、興味深い話を沢山聞くことができました。

中でも印象的だったのは萌芽更新という伐採による森林再生サイクルの仕組みで、その中で切り株から生える蘖(ひこばえ)という枝を木の岐に活用したのではないか?という推測です。蘖は伐採した切り株から出る新しい芽のことで、水分や養分の吸収が良く成長が早く、また丈夫なもにもなるそうです。森林活用の少なくなった現在ではあまり見られませんが、木材や炭を燃料としていた時代には、効率良く木材を入手する方法としてこの方法が行われていました。そのため、 もしかしたらこの蘖を木の岐の材料として使っていたのかもしれない。もし、実際に行われていたとすると、この木の岐というものは自然のものを見つけて活用するだけではなく、人と樹木と関わりの中で生まれる工夫と深い関係にあったのではないかと思います。 さらにその後の秋田県立大学森林科学研究室の坂田先生と星崎先生への質問の中で、庭木の剪定方法である玉仕立てという話も出てきました。油谷さんの話していたように「木の岐は山で採取したものよりも、庭木の松や栗が材料になっていた。」とすると、庭木の技術というものも関わっていたかもしれません。

見つめれば見つめるほど広がりを見せていく木の岐。まだまだ先には面白い発見が沢山ありそうです。

 〈身体0ベース運用法/安藤隆一郎


今回は専門家やコレクターの油谷さんのご協力のもと、「木の岐」の用途、形から分類を行いました。今後の〈身体0ベース運用法(安藤隆一郎)〉は、実際に「木の岐」を使っていた方や実際に所持している方のエピソード募集を行う予定です。7月上旬〜8月末の期間、秋田市役所や秋田市文化創造館、またPARKのウェブサイト等でエピソード募集を実施いたします。ぜひ、みなさまのエピソードをお聞かせください。


Profile

身体0ベース運用法(安藤隆一郎)

2016 年より染色作家 安藤隆一郎が始動した「ものづくりの視点」から考える身体論。「身体」と「もの」との関わりから生まれる感覚、運動、機能を「0」から見直し、人間が本来持っている「身体」の運用法を見出す。その「身体」とは医学やスポーツといった専門的なものではなく、私たちの身の回りにある「身体」のこと。身体0ベース運用法はアートが持つ多様なツールを使ってそれを翻訳し、伝えることで、「身体」の消えゆく未来へ向けてその可能性を問い直す。これまでに体験型インスタレーションの制作、発表やワークショップなどをおこなう。2021 年より、京都府亀岡市を拠点に不要民具を救出し、活用するプロジェクト「民具BANK」を立ち上げ、地域に伝わってきた「身体」を見出すことを試みる。安藤は1984 年京都生まれ、京都在住。2009 年京都市立芸術大学大学院工芸科染織専攻修了。現在、同大学染織専攻講師。(撮影:松見拓也 提供:京都市立芸術大学)


テキスト|山本美里(PARK – いきるとつくるのにわ プログラム・コーディネーター)
協力|油谷満夫の生活文化財コレクション

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