秋田市文化創造館

連載

あこがれのひと

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尊敬するひとはいる、
好きなひとも、一目置くひとも。
でもあこがれのひとはそういない。
あこがれのひとに話を聞きに行きました。

ギャワリ・イシュワリ ・プラサドさん

(「インド料理 ラクスミ」店長)

秋田市外旭川の「インド料理 ラクスミ」の店長ギャワリ・イシュワリ・プラサドさん。ネパール西部の山あいで育ち、ニューデリーのレストランに15年、秋田で料理の腕を振るうようになり来年で20年です。取材の日は、カボチャチキンカレー、大皿に豆カレー・チキンカレーやチキンティッカ、野菜料理、サラダを盛り合わせたターリーをいただきました。ナンはおかわり自由です。

生まれたのはネパールのグルミ

1968年2月2日、ネパールのグルミから山のほうに行ったダマラというところで生まれました。グルミが秋田市でダマラは外旭川のようなものです。そこで中学校まで勉強しました。お父さんは私が8ヶ月の時になくなって、お母さんとお姉さんと。

お姉さんは3歳上で、今ネパールにいます。グルミから近いブドワルに、旦那さんと暮らしています。ダマラは山の下にも、山の上にも家とか畑とか田んぼがあるんですよ。山の家から1時間歩いて学校に通って、10時から4時まで勉強して、4時からまた1時間登って家に帰る。標高は1500〜2000mくらい。

ごはんを作るのがちっちゃい頃から好き

中学校の頃の思い出は川遊びです。川に行って、魚を獲って、焼いて食べたりとか。家に帰って魚の匂いがするとお母さんが、「お前たち勉強しに行ってるの?魚食べに行ってるの?」って。

お母さんとお姉さんと私だけの3人暮らしなので、女性が生理になると4日間くらいごはんを作らないんです。ヒンドゥー教の教義で。お母さんがそうなったら自分たちで作らなければならない。お姉さんが結婚した後はお母さんと私の2人だけになって、その時は私が必ず作らなければならない。作るのは好きだから楽しくて。

学校の友達も勉強するために私のお家に来る。家族がいっぱいいないから。部屋に集まって勉強して話して。夜中にお腹が空いたなと思ったらなんか作ろうって。パコダとか。

お母さんには内緒で

ほらお店にもチキンパコダや野菜のパコダがありますよ。ひよこ豆の粉で衣をつけて油で揚げます。夜中に畑に行って大根の葉っぱとか採ってくる。私はちっちゃい頃から作るのが好きでしたので、将来はやっぱり、インド料理が世界的に人気だからインド料理の勉強をしたいと思いました。

中学校が終わったら高校に行かないでニューデリーに行って皿洗いから始めました。お母さんには内緒で。相談すると、ひとりで寂しいから行かないでって言われるから。お母さんのことは心配じゃなかった。そこまで考える歳じゃないから。自分のことしか考えてない。

ニューデリーには15年くらい

カトマンズじゃなくてニューデリーのほうが行きやすい。仕事も見つかるから。カトマンズはその頃はあまり仕事がなかったと思う。1、2ヶ月の休みでニューデリーからまっすぐグルミに行ってダマラに帰って、お母さんを手伝ったり友達に会ったり。

皿洗いからお客様に料理を作らせてもらえるようになるまで、私の場合は早かった。中学校を出て17歳で1年もかからなかった。18歳くらい。まかない作っていい?って言って、作ったらあんた美味しいじゃんて。皿洗いじゃなくて私のヘルパーになってって。ヘルパーからもうひとつ上、料理人の下にもすぐになり、料理人になってからはずっと料理人。ちっちゃい頃から作ってたから。今もなんでも自分で作りたい。作るのが楽しいのは、お客さんに出して、美味しい美味しいって言ってくれるじゃないですか。ニューデリーのレストランには15年くらいいました。

ラクスミ(ラクシュミー)はヒンドゥー教の女神で、美と豊かさ、幸運をつかさどります。

サウジアラビアから福井へ

私が働いていたホテルにサウジアラビアのホテルの社長さんが来て、サウジアラビアのレストランでカレーもやってるんだけどって。そこで働いているのは南インドの人たちでこの味がないから行かないかと誘われました。1998年にサウジアラビアに行って2年はいないで、友人の紹介で福井のカレー屋さんが料理人を欲しいということで日本に来ました。

自分の心で自分のしゃもじで

北インドと南インドだと全然料理が違います。私は北インドです。ネパールにもターリーみたいな大皿の定食でダルバートというのがありますけど、ここのターリーとは違う。ネパールの料理はそんなに香辛料を使わない。

前にパキンスタンの方がネパールの友達を連れてきたの。ネパールの方が、こんなに香辛料使っていいの?って。次の日パキンスタンの方が店に来て、ごめんね、あの人、外であんまりごはん食べないのって。インドでも仕事では香辛料を測るんですよ。何g何gって。私は一切測らない。自分の心で自分のしゃもじで入れたいものを。じゃないと自分の味はできないですよ。

香辛料は20種類以上使います。それにもこだわりがあるんです。「MDH」という100年以上昔からあるメーカーです。香辛料によって味が変わるから。日本で香辛料はだいたい手に入ります。今はパクチーとか自分の畑で作っています。

さっき食べたカレーのカボチャも。ナス、キュウリ、ズッキーニ、キャベツ。ブロッコリー、カリフラワー。唐辛子も作ります。夏になれば自家製の夏野菜カレーを出します。

飽きない味

自分の味はどこにいても変えません。仕事に入る前にそれは喋るんです。もしこうやってというのであれば私は作らない。自分の料理ではないから。私のナン食べましたよね。他のカレー屋さんのナンとうちのは違う。普通はイースト菌とか入れて膨らませているから。

お客さんが、お昼に食べても夜に食べたくなるような味が美味しい。毎日来るお客さんもいます。飽きない味。福井の社長も一回インドで会って私の味を分かっていたから。日本でも私の味を作りますと。もちろんですって。

福井の会社は金沢にもお店があって、福井、金沢、福井、金沢と行き来をして5年働きそのあと新潟に。その新潟の社長さんにも、私の味は手間もかかるしお金もかかります。それでもよければ働きますと。生クリームをいっぱい使わないとか、あとは一番大事なのは、「おかわり」。

福井でロシア料理を奥さんと食べに行ったの。雑誌に載っていて美味しそうだなって。食べに行ったらお腹いっぱいにならなかった。どうしようって、ラーメン屋さんに入った。やっぱりおかわりは大事だなと思って。新潟でもおかわりを出さないなら私は働きませんて。秋田でおかわりを出したら、みんなここに来てくれるようになりました。

秋田にたどり着くまで

新潟では、日本人の社長さんだったのですが、お昼の12時でお客さんがいっぱいいるんだけど、ホールに私ともう1人だけで。そんな時に電話がかかって来て、昨日の売り上げをすぐに持ってきてと言うんです。こんなお店で働いていて大丈夫なのかなと。給料の時期になると電話に出ないし、やばいと思って、やめました。群馬に行って、東京で仕事を探していたのですが、外国人だからって給料もあんまりよくないし、奥さんもいるから、どうしようと思っていたときに、新潟で別のお店をやっている方が群馬に迎えに来てくれました。

でもそこに行ったら、そこで働いている人たちも給料をもらってないと言うから「は?」と思って。その時、私のナンが硬いからベーキングパウダーを入れるように言われて、それでやめることにしました。

私のいとこが新潟で中古車販売をやっていて、車を探しに秋田に行くから一緒に遊びに行く?と言われて。いいよ、仕事もないからって。秋田に入った時に、体的になんかよくて。生まれたのも田舎のほうだし、いいなあ、秋田ってって。そしたらいとこがカレー屋をやると。1年くらい経っていとこが新潟との行き来が大変だと言うので新しい日本人のオーナーになりました。味は美味しいから任せますと。株式会社SOSTIKという会社です。社長は仙台でもお店をやられています。

私は2000年に日本に来て、5年福井にいて、1年新潟で働き、秋田で店を始めたのは2007年です。

びっくりしたのは温泉です

日本に来て一番びっくりしたのは温泉です。日本に着いた時、いとこが大阪まで迎えに来てくれて、いとこは当時岐阜の大垣市に住んでいて、夕方に、日本に来たんだからきれいにならないとって温泉に連れて行ってくれたんですよ。そしたらみんな脱ぐから。何やってんだろ!?って。

今までそんなの見たことないから。あなたも脱いでって言われていやだよって。そんなのできないって。みんな脱いでるからって。それがびっくりした。今は普通に温泉に入りますよ。

秋田に入ったら体的にいいなあ、住みたいなあと。私東京とかあまり。あんなにニューデリーで働いたのに。東京には仕事を探しに行ったんだけど、嫌だったのは、在留カードを見せてくださいって警察官が言うんですよ。新潟の住所だね。何しに来たの。仕事を探しにきました。まだ見つかってないんだね。で、もうちょっとしたら、また見せてくださいって。鞄に何持ってるの。私料理人ですけど何も持ってきてないよ。カバンの中を見せて。わかりました。

こんなにたくさん人が歩いているのに、自転車に乗ってる警察官に何度も後ろからポンポンとされて。こんなところにいられないと思って友達に聞いたら、毎日おんなじ道を歩いているのにおんなじ警官が聞いてくるよって。日本がすごくいいと思っているのに。

いいなあと思った直感

秋田をいいなあと思った直感はすっごい当たってた。秋田の方はみんな暖かいし、優しいし、朝から子供たちが「グッモーニン!」って声をかけてくれます。最近はみんな「ナマステ!」ですよ。

味も合っていました。秋田でもカレーの味は変えてないです。みんなカレーを好きになったよ。食べると、あそこ美味しいよって言ってくれるから、それが広がって。

最初お客さんがいない時は、どうしようかなと思って。いらっしゃったお客様も「いらっしゃいませー」と言ったら、あんまりいい顔じゃない。料理を持っていくと「これか」って。私はそのお客さんに、今はお店をやっているけど、長く続くかは分からないですね、と言ったら、そんなこと言わないでって。私はインドで食べたこともあるけど、本場の味だし、なくなったら困るって。

そしたらそのお客さんが毎日違うお客さんを連れてきてくれて。忙しくなって座れなくなったら、ギャワリさん最初心配してたよね、大丈夫、味がいいからって。

家族と常連さん

1年に1回はネパールに帰ります。お母さんは、8月に亡くなりました。そこに写真があります。前から何回も入院していたんだけど、今回も2週間くらい入院して、家に連れてきて、ここにいました。その後ネパールに帰って、うちの息子とお嫁さんが看取りました。

私がずっと外国にいるから、最初はお母さんが子供たちを見てくれて、今度は子供たちがお母さんを見てくれました。私の子供は4人で、1番上は先ほど店にいた娘。2番目の娘は群馬に、3番目の娘はアメリカに。息子はネパールにいます。孫もいる。

秋田に来て苦労したことはないです。最初はお客さんが来てくれるか不安だったけど、今は常連さんが来てくれます。作るのが楽しい。夏になれば朝5時に畑に行って、店に来て準備して。子供たちのことは心配していません。私がなくなっても娘がやってくれたらいいなと。彼女は今はマネージャーとして働いています。

お子様のカレーは甘甘です

定番はチキンカレーと豆カレー。ターリーにはいろんな料理が入っています。カレーの他にジャガイモとかを香辛料で味付けした野菜炒め(サブジ)に、これはピックルス(アチャール)。それに骨なしのタンドリーチキン(チキンティッカ)。

トマトカレーもおすすめです。普通はバターチキンだけど、日本の方は油っこいのが好きじゃないから、トマトカレーを考えました。ランチは日替わりをやっています。1種類じゃなくて、何種類からか選べるようにしています。今日はチキン、豆、チキン豆ミックス、メニューにないけどカボチャチキン。うちの豆は人気です。チャナ豆とムング豆。

甘口と中辛の間というのがあって食べやすいですよ。お子様には、甘甘です。生クリームいっぱい入れて。

「インド料理 ラクスミ」
010-0802 秋田県秋田市外旭川八幡田121−1
営業時間:【月〜金】11-15時、17-22時【土・日・祝】11時-22時
電話番号:018-868-1777

写真:石川直樹 文:熊谷新子 デザイン:谷戸正樹
掲載日|2026年3月23日

ギャワリさんや奥様は辛口がお好きとのこと。お母さんがとても辛いカレーを作る方だったそうです。

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