「未来の生活を考えるスクール」第12回開催レポート
障害とまちづくりと表現
日時:2023年6月17日(土)14:00〜15:30
ゲスト:久保田翠さん、ササキユーイチさん
主催:秋田市文化創造館
新しい知識・視点に出会い、今よりちょっと先の生活を考えるレクチャーシリーズ、「未来の生活を考えるスクール」。
第12回では、障害や国籍、性差、年齢などあらゆる違いを乗り越えて、さまざまな人が共に生きる社会の実現をアートプロジェクトを通して目指し活動する、認定NPO法人クリエイティブサポートレッツの久保田翠さん・ササキユーイチさんをゲストに迎え、トークを行いました。
特別な人がつくる表現ではなく、誰もが持つ自分を表す力・行為こそを文化創造の軸ととらえる「『表現未満、』プロジェクト」、重度知的障害のある「たけし」さんと一緒にまちで暮らすことを考える「たけしと生活研究会」など、クリエイティブサポートレッツの多様な取り組みから、障害福祉・アート・まちづくりの分ちがたい関係についてお聞きしました。
久保田さんトーク
2000年からクリエイティブサポートレッツの原型となる活動を始めて、現在は“アートNPOが障害福祉施設を運営している”という形をとっています。これから話に出てくる「たけし(壮)」は、重度の知的障害がある27歳の青年なんですが、私の2人目の子どもで長男です。口唇口蓋裂、睡眠障害、てんかん、側湾症、多動、強度行動障害もあり、かなりスペシャルな存在です。
入れ物に石を入れてたたき続けるという行為を、寝るとき以外ずっと続けています。そして、音楽がとても好きな人です。
小学校1年生から12年間、特別支援学校に通っていたんですが、入れ物に石を入れてたたき続ける行為は「問題行動」だと言われました。学校ではそういう問題行動は取り除いて、例えばトイレや食事、着替えの訓練をするんですね。
そんな学校のプログラムの中で彼ができたことは、一つもなかった。でも、入れ物に石を入れてたたき続ける行為だけは、絶対に手放さなかったんですね。だからこれを問題行動だと定義付けるのはおかしいんじゃないかと思いました。これを“問題行動”と捉えるのか、“彼にしかできない表現”だと捉えるかで、その人の存在自体の意味合いが変わってきます。
そこで、“彼のやりたいことをやりきる熱意というものを、文化創造の軸と据える”という考え方で、「たけし文化センター」という事業が発足しました。それによって、“その人の存在を全面的に肯定する”という考え方をもとに、障害福祉施設「アルス・ノヴァ」を立ち上げました。
2018年には日本財団からの応援を受けて「たけし文化センター連尺町」という拠点を作りました。浜松は人口が80万弱の政令指定都市なんですが、浜松駅から800mほどの中心市街地に、重度知的障害がある人を連れてきたんですね。ここは障害福祉施設でもありますが、文化センターでもあるので、いろいろな人が入って来れるようにしています。
2022年にはそこから歩いて5分ほどの場所に、多様な人たちが集まれる場所として「ちまた公民館」をオープンしました。公民館と言っても、勝手に名乗っているだけなんですけどね。郊外にも、もう一つ施設と「のヴぁ公民館」という拠点があります。
通常、施設ではいろいろな作業があるんですけど、うちでは一切作業がありません。1日中、自分の好きなことをずっと続けられる場所をつくっています。入れ物に石を入れてたたき続けることを彼の大切な表現だと位置づけると、それを取り上げたり、取るに足らないことだとは見なさなくなります。彼らのやりたいことから次に何が展開するのか、一緒に楽しむのが私たちの法人が障害福祉サービスの中心に据えていることです。
障害のある人たちの存在を多くの人たちに知ってもらうために、毎月1回の観光ツアー(『タイムトラベル100時間ツアー』)もやっています。障害福祉施設に1泊2日、全国、海外からも泊まりに来る。いろいろなところに出張もしていて(『かしだしたけし』)、障害のことを勉強するというよりは、交流したり一緒に遊ぶみたいなことをやっています。私たちのところは作業がないので、いろいろな依頼があるとすぐに受けられるんですね。彼らはどこへ行っても同じようにぴょんぴょん飛んでいるし、壮はいつも石をかちゃかちゃ鳴らしているし、いつもと同じ日常をそこで展開してくれるんです。そういったことを通して、障害のある人たちのことを知ってもらえるよう活動しています。
近隣の小学校4年生がたけし文化センターを体験するプログラム(『GOGO!たけぶん探検隊!』)もあります。「大人のくせに寝てる」とか、「大人のくせによだれを垂らしてる」とか、「大人のくせに」と言う子どもがいるんですね。いかに彼らの周りにはちゃんとした大人しかいないかがわかるんですが、今まで見たことがない大人に出会うだけでも、この事業をやる価値があるなと思っています。
『表現未満、』
誰かの行為を、取るに足らないとか無駄だとか、役に立たないと勝手に決めつけて簡単に打ち捨てるのではなくて、その中に何か大切なものがあるということをもう一回、確認する・広めるために始まった活動です。そういうものを大切にしていく文化を育てたい。それがその人を認めることに繋がると思っています。『表現未満、』
一つの例として、コウスケさんという方は自閉症で、水が好きでいつも濡れていて、冬でも水をかぶるんです。本当にこれを毎日やるんですね。夏はいいんですけど、冬はさすがに風邪ひきますよね。だから家庭から着替えをたくさんもらって、濡れたら着替えるのを繰り返しています。でもこれは、他の施設では問題行動になるので、蛇口を根元から外したりして、水に触れないようにするんですね。そうすると、彼はそのへんにあるお茶を取ってかぶったり、わざとおしっこを漏らして濡らしたりする。だからもう、それを問題行動だと位置づけてやめさせようなんていうのは、本当にできないんです。彼は、やりたくて仕方がないんですから。それが彼らの表現なんですよね。
水に濡れることが何の役に立つのかとか、こんなことをして何になるんだと言われるかもしれないですが、障害のある人たちのこうした行為をリスペクトして、その人の人生における意味を考えるのが福祉なんじゃないかな。
オガタさんという方も、やはりすごく強い自閉症があります。すごく穏やかな方なんですが2、3人の人としか話ができなくて。だから学校に通っていた時には、彼の机は常に廊下に置いてありました。20人くらい生徒がいると、その中には入っていけないんですね。
オガタさんは電化製品がものすごく好きで、電気屋さんに行くと、7時間だろうが8時間だろうが籠城して、お店が終わってもなかなか出てこれないこともありました。いじって壊してしまうことがあるんですが、好きなだけいじれるように、スタッフは近くのリサイクルショップから電化製品を山のように買ってきて、オガタさんの欲望に100%付き合うと決めました。
また、彼は子どもが大好きで、電化製品を持って近くの小学校まで子どもに会いに行っています。最初はラジカセ1個だけだったのが、いろいろな物を持って行くようになり、最終的に台車に積めるだけ積むようになりました。このままだと完全に不審者ですから、学校には事前にお手紙も出しました。
これは実は、『おが台車』という名前でアール・ブリュットの文脈で結構な注目を浴びました。しかし、われわれはこれを作品だとは思っていません。これはスタッフとオガタさんとの関係性の中から生み出された、排せつ物みたいなものなんですね。ここに行き着くまでに生まれたさまざまなエピソードのほうが大切だと思っているので、私たちはこれをアール・ブリュットとも言わないし、作品とも言っていないんです。
『表現未満、』は平成29年度の芸術選賞の新人賞をいただきました。これは、私も本当にびっくりしたんですけど、「その人の存在を認めることが、アートによって実現できる」と繰り返し伝えていたことが、一つの芸術として認められたというのは、なかなか大きな出来事でした。
障害とまちづくり
最近では、まちづくりにシフトしながら事業を行っています。「福祉施設は障害のある人のための場所である」と言われるんですけど、それだけでは本当にもったいない。地域にたくさんある福祉施設がちょっとでも開くことによって、いろいろな人たちの拠点や居場所になっていけば、社会資源が増えるのではないかと思い、実験中です。『浜松ちまた会議』
浜松市の中心市街地に1400坪の広大な空き地がありまして、この状態がなんと20年間続いています。このエリアは物販店がほとんどなくて、圧倒的に飲食店が多いんですね。新型コロナウイルスが流行して以来、周りの飲食店が本当にダメージを受けてしまい、一時期はまちがほとんど死んだような状態になりました。今こそアートで何かできないかと考えた時に、「この空き地を開けてアートイベントをやろう」と決めて、土地の持ち主の民間企業にとにかく開けてほしいと掛け合いました。『オン・ライン・クロスロード』
2021年は潤沢な予算もない中で1400坪の土地をどうやって埋めるかを考えた結果、中﨑透というアーティストと一緒に、この広大な空き地を交差する道をつくりました。
2022年は、静岡県の劇団SPACや、MINGLE VILLAGEという野外イベントを主催している団体など、地域のいろいろな方々と組んで、4日間開催をしました。来場者数は、4日間で約1万2000人になりました。ここで障害のある人がただひたすらゴロゴロしたり、くつろぐ姿を多くの人に見てもらいたいがために、このイベントをやっているっていうような感じです。
なぜ障害福祉施設がまちづくりにシフトしていったのか。今や、人々の幸せの価値観が変わったなと思っています。今まで浜松のまちは産業中心で、お金を儲けられるか否かという価値基準がとても大きかったんですが、もうそんなことを言っていられない時代になりました。まちは産業だけで進行するわけがないという現実を突きつけられて、次なるコンセプトは何か、まちはどうあるべきか考えた時に、いよいよわれわれの出番だなと思ったんです。
『表現未満、』にも通じますが、無駄なもの、役に立たないもの、お金儲けにつながらないもの、そういうものを、どんどんまちに埋め込んでいこうとしています。そこからしか文化なんて生まれないよと言いたい。
これまで、息子とともにさまざまな排除や差別的な扱いを受けた経験があります。そういうものは人間が生きている以上は仕方がないと思うけれど、「はい分かりました」と片隅に行ってしまったら世の中は変わりません。だからこそまちなかに施設を作り、障害の重い人たちが街をふらふら歩くとか、アートイベントを仕掛けちゃうとか、いろいろなことを提案できるんですよと、アート活動を通して示している最中です。
ササキさんトーク
ここからは、『たけしと生活研究会』というプロジェクトの話をメインにお話ししたいと思います。
まず簡単に自己紹介をすると、以前は舞台芸術の分野で記録映像を撮影する仕事をしていました。そんな中でレッツの存在を知って遊びに行った時、一人の青年がふっと手を差し伸べてきました。この手は一体、なんなのだろうとびっくりしていると、他の人がやってきて、その手に手を重ね合わせる。そうすると重ねられた彼が、カクンと首を上にするんですね。これはこういうあいさつなんだ、とわかりました。
こういった言葉ではないやりとりがあったり、あるいは誰かが言葉で突っ込みを入れることで笑いに変えていたりもする。ここではいろいろなセッションが起こっているのだと、すごく魅力的に感じたんですね。つまらない芝居を見るよりよほど面白いことが起こっていると。自分自身の演劇やダンスへの興味関心をアップデートできるような気がして、そんな思いで、2015年からレッツで働き始めました。
『たけしと生活研究会』は、久保田壮さんが2019年に親元を離れ自立生活を試みるということをきっかけに始まりました。壮さんは重度の知的障害があり、言葉で自分の気持ちや意思を伝えることは難しい方です。また、食事や排せつにも全面的な介助が必要です。お薬がないとなかなか眠れなかったり、てんかんの発作、側湾症など体調の面でも、細やかなケアを必要としています。
そして、むちゃくちゃ音楽が好きですね。
壮さん自身も音楽活動、音楽のアクションをいろいろしていて、それが先ほどの話にも出てきた石遊びですね。入れ物に入れた石を、がちゃがちゃ鳴らして楽しんでいます。
壮さんが今の生活に至る経緯を簡単に紹介します。2017年頃、壮さんの家庭環境が変化したことによって、それまでのような家族による介護というのが難しくなりました。しかし浜松市内の入所施設やグループホームでは利用できるところがない。壮さんを受け入れられますよというところがなかったんです。
そんなときに浜松市の行政職員との対話の中から、シェアハウスや民間賃貸でヘルパーの公的なケアを使って暮らすというアイデアを得ます。そして2018年の10月に、たけし文化センター連尺町を作るときに、その3階をシェアハウス・ゲストハウスとして設えることになりました。壮さんはそのシェアハウスで何度かの体験を経て、翌年の10月に親元から離れたひとり暮らしをスタートしました。
それから現在に至るまで本当にいろいろなことがありました。特に初年度は、家族がこれまで一元的にコーディネートしていた壮さんのケアを複数の人で担っていくための仕組み、そしてその生活を続けていくための仕組みを、ゼロから作っていく必要がありました。でも、一番大変だったのは信頼関係をお互いにつくっていくこと。当時のことを思い出すと、今でも胃がキリキリします。
“一人のあんちゃんとして生きていく”
本当に大変だった初年度に、壮さんに関わる人たちで困りごとを共有するミーティングがあったんですね。その時にあるスタッフが、「壮さんの体調のこととかいろいろあるけど、そもそもこの生活は壮さんが“一人のあんちゃん”として、この街で生きていくために始めたんじゃないか」ということをぽろっと言ったんです。その言葉が、すごく印象に残ってます。
その発言自体にその通りだと思ったのと同時に、特定の人だけではなく、壮さんの生活に関わるいろいろな人たちが、ワイワイごちゃごちゃ話していく。そういうことが大事なんだと、すごく肩の荷が下りた気がしたんですよね。壮さんは成人した“一人のあんちゃん”としてもう一緒に生きているんだから、本当に自由に考えていいんだと思い直しました。
現在、壮さんはレッツが新たに立ち上げたヘルパー事業所アルス・ノヴァULTRAも含めて、二つのヘルパー事業所を利用しています。他にも、生活をコーディネートする相談支援、訪問看護、通所先であるデイサービスなど、いろいろな人たちが壮さんの生活に関わっています。
そういう福祉サービスだけではなく、他にも様々な関わりを持っています。シェアハウスでは今、壮さんの他にも2人の20〜30代の青年たちが、親元を離れた暮らしを実践しています。また、併設されたゲストハウスには、レッツの観光プロジェクトのお客さんが泊まりに来たり、もっと中長期にわたって一緒に住むシェアメイトもいます。
『たけしと生活研究会』はこのシェアハウスを拠点にした生活で浮かび上がった、いろいろな疑問や課題をもっと開いて、一緒に考えて、みんなが生活の当事者として研究し合っていこう、というプロジェクトです。壮さん体調のケアはどうしよう、食事はどうやって考えたらいいんだろう…といった課題や、関わりを増やすためのアイデアを交換していきたいと思っています。
障害のある人の場合、家族による介護が限界を迎えるぎりぎりまで、親元を離れるという選択肢が提案されないという現状があります。仮に提案されたとしても、入所施設やグループホームなど、一般の人の生活スタイルからはかけ離れたものになっています。そういう課題がある上で、選択肢を増やしていくのがこのプロジェクトの一つの目標です。
大事にしているのは『たけしと生活研究会』の“と”という部分です。同じ街に生活している以上、壮さんが抱えている困り事は、僕自身が抱える困り事とも共通するかもしれません。じゃあ一緒に考えることができるだろう。そういう意味で、壮さんと一緒に生活のことを考えるプロジェクトになっています。
ここからは、壮さんの生活のディティールを紹介していきたいと思います。
石を鳴らすことは、壮さんにとって本当に大切な行為なんですね。寝る寸前まで手元でかちゃかちゃ鳴らしていて、眠れたと思ったらその音で起きてしまったり、それくらい手放せないものです。
壮さんはこれをまちなかでも行っています。駐車場の隙間や家々の間など、いろいろな場所に石があるんですね。そういう場所で石をちょっと拝借して、また手元で鳴らして。鳴らしているうちにぽろぽろと手元からこぼれていって、石がまた街に戻っていくという循環をしています。彼と一緒に歩いていると、彼が僕たちとは全く違う仕方でまちを認識しているのだと実感します。
壮さんが最近熱中しているのが、“あめ”で、僕たちは“あめ活”と呼んでいます。
最初はポンポンとあめの袋に触れて、その音とか感触とか色を楽しんでいるんです。単純にそれを買いたいとか食べたいだけではなくて、すごく特殊な楽しみ方、関わり方をしている。ヘルパーが「気になってるんだったら買って帰ろう」とあめを手に取ると、「世界の秩序が乱れるからやめてくれ」みたいな必死の形相で棚に戻そうするんですね。
その後もあめ活は粛々と続いていて、先ほどの「オン・ライン・クロスロード」では、買い込み過ぎたあめを活用する一つのアイデアとして、壮さんがあめ配りのブースを行っていました。あめ活が、まちの人との新たな関わりしろにもなったんですね。次の週、いつものようにお店であめ活をしていたら、「松菱跡地であめを配っていた人ですよね。本当にあめ売り場にいるんですね」と話しかけられたこともありました。
ただ、楽しいことだけではなくて、ショックな出来事もありました。昨年、壮さんの体調がなかなか安定しないときに、近所のお店の棚を荒らしてしまったんですね。顔なじみの店員さんにも、出禁寸前のことを言われてしまいました。
最近はまた顔を出せるようになったのですが、ヘルパーたちの傷はなかなか癒えずに、それから半年くらいは立ち寄ることができませんでした。お店の人とよりお互いを知り合う機会になったとポジティブに捉えることもできますが、戸惑いや葛藤が生まれたりしつつ、日々、生活は続いています。
大切なポイントは、“あめ活”という言葉は、こうした壮さんと関わるときの、ある種の葛藤から生まれてきたのだということです。「買い物をして、この後はご飯もあるし、ご飯の後も薬もあるから帰らなければいけない。でもなかなかその場を離れられない」というときに、それを単に彼の困った行動とだけ捉える、あるいはそれで僕たちが疲れたと捉えるのではなくて、「それは彼のある種の活動なんだ、表現なんだ」と捉え直してみたときに、また違う関わり方ができるようになる。そんなふうに、悩み抜いたところから生まれてきた言葉です。
壮さんを介して生まれるコミュニティー
壮さんは今、いろいろな人たちと関わりながら生活をしています。20人弱ぐらいの介助者たちがバトンリレーをするように、壮さんの生活をつなげているわけです。
定期的に行う支援会議や、日々の生活の様子を見ていると、ふと、「壮さんが、こうやって人が集まる状況を作っているんだな」と感じることがあります。僕みたいに演劇の界隈でフリーターなのかフリーランスなのかわからないような生活をしてきた人もいれば、トラックの運ちゃんをやってきたヘルパーもいる。バックグラウンドが全く違う人たちが「ちょっと最近、風邪気味だけどどうしよう」とか、壮さんの生活について時に喧々諤々しながら話し合うんです。
壮さんを介して人が集まる。そこで交わされるやりとりによって、新しい知恵やスタイル、文化のようなものも生まれてくるのだと思います。
ヘルパーたちが大事にしていることの一つは、自分自身のコミュニティーに壮さんを紹介することです。音楽をやっているヘルパーとライブに一緒に行ってみるとか、自転車が好きなヘルパーは自分の馴染みの店に一緒に行くとか。そうすると、いつの間にか壮さんも、その場所の顔馴染みの一人になっているんですよね。
最近すごく印象的だったエピソードがあって。自転車屋にはいろいろなネジとか、音が鳴りそうな物があるので、壮さんがバックヤードにがんがん突き進んでいくことがあるんですよね。それまではヘルパーの彼が「壮さん、こっちはやめとこうよ」と言っていたんだけど、今度はお店の常連さんが「壮さん、こっちはやめとこうよ」と言うようになった。その止め方にも、こつがあるんですよ。「だめだよ、行かないで」ということだけ伝えると壮さんもヒートアップしちゃうんだけど、腰のあたりをくるっと曲げてあげると、違う方向に注意が向くんです。そうした壮さんとの関わりのちょっとしたこつを、ヘルパーではない、たまり場にいるおじさんがいつの間にか身に付けてしまう、そういうことが起こっています。
まちというのは、具体的なエリアとかハードのことだけではなくて、人と人とのミクロな関わりも大きな構成要素なのではないかと思います。まちづくりって言うとすごく大層なことに思われるかもしれないんですけど、実は生活したり散歩したりすることそれ自体も、ひとつのまちづくりなのではないか。そんなふうに思います。これまでの報告書もホームページで公開していますので、ぜひ見ていただけたらと思います。『たけしと生活研究会』
会場から
会場 2年前まで特別支援学校に勤めていて、今日のお話のようなことが本当にできればいいなと、何度思ったかわかりません。学校の中でどうしてもきちんとさせなきゃいけないとか、限られた時間や空間の中でとか、なかなかそれができないで本当に悔しい思いをしたことが何度もありました。
今日は、本当にそういうことが実践できるんだということが伺えて、とても良かったです。いろいろな方がたくさん集まってくる場を作っておられるっていうことなんですが、どうしてもトラブルが起こると思うんですよ。そういったトラブルが起こったときに、何を大事にされているんでしょうか。
久保田 やっぱりトラブルはたくさん起こります。先ほどのあめの事件もそうですし、例えばお店に飛び込んで何か食べてきちゃった・持ってきちゃったとか、壊してきたとか、いろいろ起こるんですよね。でもそれはある意味チャンスだと思っています。どれだけ怒られても、「もう行きません」とは言わないです。最初は怒っていても、「本当に全力で頑張りますが、たまには駄目なときもあります」と正直に話すと、大変なんだねとだんだん共感してくれる。
外に出すなとか管理しろと言われることもありますよ。でも、それを受け入れたら駄目だと思うんです。障害の話だけではなく、ちょっとでも違う人を排除したら、漂白された世界になってしまいますよね。「いさせてほしい」とひたすら言い続けないといけません。
うちの法人はアートNPOなので、それも強く影響していると思います。「これは表現です」と言い切っちゃうし、信じているんです。社会側からすると非常識だと言われるけれども、気にしない。気にしない体力があるのは、アートをよりどころにしているからですね。基本的にアートって、世の中に石を投げるような行為だと思っているから。怒られようが疎まれようが、「われわれはこうなんです」と言い切っています。
Profile
久保田翠(くぼた みどり)
障がいのある長男の出産を機に2000年にクリエイティブサポートレッツ設立。2010年障害福祉施設アルス・ノヴァを設立。2016年より「表現未満、」を提唱。2018年より浜松市中心市街地にたけし文化センター連尺町建設。2017年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2022年度静岡県文化奨励賞受賞。
Profile
ササキユーイチ(ささき ゆういち)
NPO法人クリエイティブサポートレッツスタッフ。舞台芸術の界隈で働いていた頃、遊びに来たレッツで衝撃を受け、2015年から現職。ヘルパー事業所アルス・ノヴァULTRA主任として障害のある青年たちの生活に関わる。演劇に関する活動をする「サハ」メンバー。「知的障害のある人の自立生活を考える会」運営委員。
撮影|伊藤靖史(Creative Peg Works)
構成|石山律(秋田市文化創造館)