秋田市文化創造館

レポート

「未来の生活を考えるスクール」第8回開催レポート
イメージを巡る実験(オンラインレクチャー&ワークショップ)

8月7日(日)オンラインレクチャー
8月20日(土)ワークショップ
8月21日(日)ワークショップ、「実験」の発表会

ゲスト:手塚夏子さん
主催:秋田市文化創造館

「実験」の発表会の様子(中央:ゲストの手塚夏子さん)

新しい知識・視点に出会い、今よりちょっと先の生活を考えるレクチャーシリーズ、「未来の生活を考えるスクール」。

福岡を拠点に活動するダンサーの手塚夏子さんは、決められた振り付けがあるダンスから離れて、体の観察や関わりの観察、そして自身を取り巻くあらゆるものの観察から既存のテクニックに捉われないダンスを制作。「実験」と称して、観察の中から出てきた問いをもとに上演を行っています。ワークショップでは体の観察からはじめ、参加者それぞれの問題意識から「実験」を作り発表(公開)しました。


●オンラインレクチャー
手塚さんは活動を続けるうちに「自分の体をコントロールできない」と気付き「体の観察」に移行していきました。体の観察を説明したのが「たこの図」です。体と心がたこのように飛んでいて、それを手塚さんが持っています。持っている手が自分の意識で、手を離さないようにするのが大切だそう。体を観察しながらもコントロールはしない、体と心は自由に飛んでいく。それが手塚さんのダンスの特徴だそうです。

レクチャーをする手塚さん
たこの図

次に手塚さんの活動は実験へとシフトしていきました。実験とは簡単に言うと、自分が気になっていることや試してみたいことを皆で検証して、その結果を共有するというものです。そして今回は「イメージ」がテーマ。オンラインレクチャー内でもそんなイメージを巡る実験を行いました。「手を重ねてみる実験」では、オンライン上で他の人の手をイメージして、順番に手を重ねていき、そのときの感覚を観察します。

手を重ねてみる実験
皆で手を重ねていきます

「ふるさとの風景をイメージしてみる実験」は、①参加者の一人が自分の故郷をイメージする ②部屋の物をイメージ内の何かに見立てて触れる ③他の人がイメージをしている人に質問をする、 という流れで行われました。質問は「どんな匂いがしますか?」「どんな音がしますか?」「どんな気持ちですか?」などなど。イメージをしている人は「草花の匂いがする」「工場の音がする」「心地よい」など、故郷のイメージの中にいる自分として答えます。質問者はそれがどんな風景がイメージを膨らませました。質問者からは「質問をしてもイメージができないところは、自分のイメージを引き寄せて考えていた」という感想も。

ふるさとの風景をイメージしてみる実験
家にあるものを見立てて触ります

確かに、イメージというと皆にとって「共通のもの」という感覚もあります。例えばコマーシャルで使われるようなイメージ。ですが、そうではない個的なイメージもあります。手を重ねてみる実験の「感覚」をとってもそうですが、それぞれの感じ方は異なります。手塚さんはそれぞれ「感じ方」や「考え方」はそのままに実験を行うことが大切と言います。一つの答えを出すということではなくて、実験の中で発生する多様な感じ方や価値観そのものが重要なのかもしれません。

●ワークショップ開始
そして8月20日(土)からワークショップが始まりました。

レクチャーをする手塚さん

「イメージと言ってもさまざまです。例えば、テレビのコマーシャルで使われるようなイメージ。シャンプーの使い心地が画面越しにでも伝わるように、芸能人を使ったり、草原のイメージを使ったり。それから死のイメージ、死後の世界は誰も見たことはないですが、地獄だとか、彼岸だとかさまざまなイメージがあります。それから“秋田”と言っても、地理的な秋田を想像することもあるし、例えばナマハゲを想像することもある。今回はそんなイメージを使って実験を作ってみましょう」

赤ちゃんストレッチ。みんなでごろごろ

赤ちゃんストレッチ
手塚さんから簡単なレクチャーがあった後、「赤ちゃんストレッチ」からワークショップはスタート。

これは実験にとって重要な「観察」の練習をするためのワークです。赤ちゃんが伸びをするように、ごろごろ寝返りをうったり、あくびをしたり、リラックス。

参加者の皆さんもごろごろ気持ちよさそう。

体の地図を描いてみよう
次に体の「気になる所」や「目立つ所」を観察して、紙に体の地図を描いてみます。それがどんな形なのか、どんな感触なのか、色なのか、皆でスケッチしてみました。さらにその観察した場所に名前をつけてみます。例えば「肩ゴリゴリ君」など…

体の地図を描いてみます
それぞれの地図ができました!

続いて、体の地図を参加者同士で交換して、それぞれのイラストの名前を読み上げます。例えば「肩ゴリゴリ君」と読み上げたら、片方はそこに意識を集中します。参加者の方々の感想はさまざまでしたが、自分の気になる部分や目立つ部分を他者が読み上げることで、客観的な観察ができるようになる効果があるのかもしれないと思いました。

体の地図を交換して観察してみます

次に翌日の「実験」の発表会に向けて参加者同士で考えてきた実験を検証してみました。

どうやって娘を落ち着かせる?

こちらは、娘と父とおばけ役を参加者が演じて、やってくるおばけに怖がる娘をどうやって落ち着かせるか? という実験。

仲良くなったのか…?

他の参加者からも意見をもらって、どうすれば精度の高い結果を得ることができるのか、実験のやり方をブラッシュアップしていきます。

皆からフィードバックをもらい実験の精度を高めます

●「実験」の発表会
「実験」の発表会では、一般のお客様を交えて、参加者それぞれの実験を発表しました。今回はイメージから派生して「自分がどう見られているか?」ということから生まれた「実験」が多かったように思います。

イラストからアンケートをとりました

ある参加者はタッチの違う4枚のイラストから、作者の年齢や性別を予想してもらうという実験を行いました。絵のタッチが異なるだけで、私たちがそこに抱くイメージも大きく変わります。

顔を出して歌ってみます

また別の参加者は、顔を見せずに歌う時と、顔を見せて歌う時で、歌っている人に持つイメージはどのように違うか? という実験を行いました。

おばけと一緒に踊り出すことに

前日にも行ったおばけの実験ですが、最後にはおばけと一緒に踊り出すことに…西馬音内盆踊りもそうですが、踊りや盆踊りには「霊を鎮める」というイメージがあるのかもしれません。

私たちは社会や自身が作ったイメージに囚われているとも言えるでしょう。今回の「実験」ではそのことが改めて顕在化したように思います。「実験」とはある意味、実生活を生きるためのデモンストレーションの場です。社会の規範やルール、さまざまな物差しを「振付」とした時、それらから逃れるためのダンスに手塚さんは取り組んでいるとも言えるのかもしれません。今後も継続してこのような「実験」を繰り返すことにより、私たち自身がさまざまな「振付」から脱して、それぞれのダンスを発見できたらと思います。そんな小さな踊りの萌芽、小さな抵抗を垣間見たようなワークショップでした。

Profile

手塚夏子
神奈川県横浜市生まれ。1996年よりマイムからダンスへと移行しつつ、既成のテクニックではないスタイルの試行錯誤をテーマに活動を続ける。2001年より自身の体を観察する『私的解剖実験シリーズ』を始動。同年、私的な実験の小さな成果が「私的解剖実験-2」に結晶。同作品はトヨタコレオグラフィーアワードファイナリストとして同年7月に上演。体の観察から関わりの観察を経て、社会、世界で起きる様々なことを観察するべく実験的な試みを行う。2013年関東から福岡県へ活動拠点を移行させる。2018年10月にKyoto Experiment(京都国際芸術祭)においてFloating Bottle Project「点にダイブする」を上演。2018年4月から2021年6月までベルリンでダンス活動をしていたが、現在は福岡市在住。

撮影|伊藤靖史(Creative Peg Works)
構成|島崇(秋田市文化創造館)