秋田市文化創造館

連載

秋田の人々

このまちで暮らしを重ねる
たくさんの人たち。
人を知り、出会うことができたら、
日々はもっとあざやかに、おもしろくなる。
秋田に住まうあの人この人、
秋田に関わる人々を不定期で紹介します。
中心市街地や秋田市文化創造館での
過ごし方・使い方のヒントを
見つけてください。

「鳥天狗」

秋田県秋田市中通
店主 甲野隆紀さん

お酒好きの友人をぜひとも案内したい鶏料理専門店「鳥天狗」は、秋田市文化創造館から徒歩約15分の場所にあります。2023年7月の集中豪雨で浸水被害に遭い休業していましたが、2023年9月から営業を再開。石川県出身の店主・甲野隆紀さんが、比内地鶏を主役にしたコース料理を提供しています。

コースは、若鳥&親鳥&比内地鶏を使った「鳥天狗コース(5,500円)」と、比内地鶏を使った「比内地鶏コース(8,800円)」の2種類。取材の日は、5,500円のコースをお願いしました。※料理の詳細は日によって変わります

比内地鶏の魅力をさまざまな調理法で紹介

もともと、東京・池袋で開業した鳥天狗。男鹿出身の妻・奈都美さんの里帰り出産をきっかけに、2015年に秋田市仁井田へ移転してきました。

それまでも鶏料理をメインにした店でしたが、「秋田に来たのなら、比内地鶏を扱いたい」と甲野さんは移転後すぐに生産者を訪ねます。ところが、すぐには仕入れることはできなかったとか。

「秋田では、比内地鶏は出汁をとるもの、煮るものだという、文化というか、言い伝えみたいなものがあったんですよ。しね肉(“しね”は、秋田の方言で固くて噛みきれないようなニュアンスの言葉)だからって。それに、高価なので秋田ではあまり食べられない(需要が少ない)と、おもに東京に卸されていたんです」。

しかし、2018年に中通へ店舗を移すと、大家と生産者が知り合いというご縁が。そこから比内地鶏を扱えるようになり、現在のスタイルが定着します。

鶏のさまざま部位を、特徴に合わせた最良の調理法で提供するのが、長く鶏料理を専門にしてきた甲野さんの力。

「県外からのお客様に比内地鶏の魅力を知ってもらうことはもちろん、ずっと秋田で暮らしている方でも出汁以外を味わったことがない人って結構いらっしゃるんですよね。炭火焼きで食べていただくのが一番と思いつつも、現在はいろいろな調理法で比内地鶏の可能性を楽しんでもらえたらと思っています」と甲野さん。

SEから料理人へ転身した経歴をもち、料理はほぼ独学だからこそ、ジャンルや型に囚われない発想でコースメニューを構成しています。

サーブしてくれる器や棚に並ぶ器を見ると、仙北市〈白岩焼和兵衛窯〉の渡邊葵さんや、秋田市の田村一さん、〈いやしろち(MAP)〉秋山章子さん、〈瑠璃窯(MAP)〉安藤るり子さんなど、秋田県でものづくりを行っている作家のものが。

「お酒好きな作家さんがお店に来てくれるんですよ」と甲野さん。来店をきっかけに親交が深まり、買い求めるようになったとか。

知り合いはほぼゼロの状態で店を始めた甲野さんでしたが、来店客を通じて縁が広がっていきます。

「最初はirutoco(秋田市旭南・MAP)の伊藤しのぶさんから始まったんです。今は旭南に移転しましたが、当時仁井田に店があったんですね。それでオープン初日に来てくださって、以来たくさんの方にお店を紹介してくれました。知らない土地に来て、今俺たちが生きてるの、irutocoのおかげだと思います(笑)」

中通に移店した際には室内壁の塗装を常連客が手伝ってくれるなど、地元の人たちと良い関係性を築いてきました。

陶芸家・田村一さんが塗装した室内壁。常連客である秋田県の蔵人からのメッセージも記されています

「趣味 お酒」

秋田県内の酒蔵との関係性が深まっていったのも、店を秋田に移転してからだと話す甲野さん。

充実したお酒のラインナップは、東京に店を構えていた頃からだそうですが、「趣味 お酒」と名刺にある甲野さんのセンスへの信頼は厚く、料理と人柄にも惹かれて、鳥天狗は、〈新政酒造(秋田市・MAP)〉、〈秋田醸造(秋田市・MAP)〉、〈山本酒造店(能代市)〉、〈大納川(横手市)〉、〈稲とアガベ(男鹿市)〉、〈a.base(横手市)〉など、秋田県内の蔵人たちが飲みにやってくる店でもあります。だからこそ、店内にはレアなお酒もちらほら。

日本酒は、地元の人も飲んだことがないお酒を楽しめるように半数は県外、半数は秋田県の酒蔵のものを揃え、日本ワインも充実しています。

全国的にも人気が高い、新潟県新潟市のドメーヌ・ショオや、宮城県川崎町のファットリア・アル・フィオーレとも親交が深く、ドメーヌ・ショオが、自社酵母と湯沢市の〈ヤマモ味噌醤油醸造元〉の酵母で醸造したオレンジのスパークリングワイン「あんなそんなこんな」のラベルは、甲野さんの娘さんがデザインしました。

「器もお酒もそうなんですが、会ったことがある人や知っている人のものを取り扱うことが増えてきましたね」と甲野さん。

こうした人たちからは、浸水被害の際にはとても助けられたと話します。

店を通してできること

自身が浸水被害を経験したのちに、2024年1月1日に発生した能登半島地震。甲野さんは震度7を観測した志賀町の出身で、「今度は自分たちが助けになりたい。でも何もできない」と日々頭を悩ませながらも、志賀町の酒屋から石川県の酒蔵の酒を購入しました。

「ぜひ紹介したいです」と見せてくれたのは、白山市〈吉田酒造店〉、羽咋(はくい)市〈御祖(みおや)酒造〉、能登町〈鶴野酒造〉、能登町〈数馬酒造〉の商品。ラベル汚れのものも構わないと送ってもらったそう。

「断水も長期化していますし、建物が潰れてしまった蔵もある。酒屋が卸していた飲食店も機能していないようなので、今年はできるだけ石川のお酒を店で飲んでもらいたいと思っています」

取材時にはありませんでしたが、店名の由来になったのも、石川県のお酒。

「白山市の〈車多酒造〉が造る『天狗舞』が、僕がはじめて日本酒でおいしいと思った銘柄なんです。おいしいものに天狗がついているので、おいしい鶏料理をつくれたらという想いで、『鳥天狗』と名付けました」

注いでくれているのは2023年7月の集中豪雨で被害を受けた秋田醸造のゆきの美人

「あと、これは推測なんですけど……」と続ける甲野さん。

「能登杜氏が、秋田の蔵で学んだ技術を活かして酒造りをしたという話を聞いたことがあるんです。能登のお酒が好きな僕は、秋田のお酒が肌に合うんだろうなって思っています」と秋田との縁を楽しんでいるようでした。

今後の想いを尋ねると、「比内地鶏は、良質な脂に炭火の薫香をまとわせるのが一番おいしいので、焼き鳥屋さんをできたらいいなとか、今年は秋田のお酒と石川のお酒を飲んでもらえるように、日本酒のラインナップを増やそうかなとか、そのためには業態を変えないといけないかな、とか……いろいろ考え中です」と悩みを話してくれました。

軽やかに話す言葉の端々から、秋田愛と石川愛、両方が伝わってくる甲野さん。これから秋田市を拠点にどんな展開をしていくか楽しみです。

information

鳥天狗

住所秋田県秋田市中通5-5-35(MAP
電話070-4215-0363
営業時間18:00〜0:00(要予約)
定休日不定休
駐車場
Webhttps://toritengu.com

──秋田市文化創造館に期待することは?

敷地内でのスケボー(スケートボード)利用を許可してたのが、まじすごいなと思っています。

僕も高校の時にスケボーをやっていて、やる場所に悩んだ経験があるんです。実際音もするので、住宅街だとできるところが少ないんですね。滑った場所には傷もつけてしまいますし。

それを頭から禁止ではなくて、どうしたらいいか話し合うあの取り組みは熱い!って思いました。ただのハコモノじゃないんだ。まじで文化つくってる、すげえと思いました(笑)

文化創造館が、まちとつながるという考えがあるのであれば、スケボーができる場所もまちに広がって行ったらいいですよね。狭くて視認性が悪い場所だと危険も伴うので、ハードルは高いと思いますが、まち中の、今は使われていない建物の中で滑れるようになるとか……。スケボーだけではなくて、まちの使われていない空間を使って、鬼ごっこやサバイバルゲームができてもおもしろそうですね。文化を創造しちゃってください。

──友人に案内したい秋田市のおすすめの場所を教えてください

インド料理 ラクスミ(秋田市外旭川・MAP)と、交点(秋田市保戸野通町・MAP
夫婦ふたりで昼ごはんを食べに行ける時は、ラクスミに行くことが多いです。僕はチキンカレーとインド米のセットをよく食べます。妻はマトンカレーとナンのセット一択です。その後交点に行って、コーヒーを飲むのがお気に入りの過ごし方です。

サティスファクション(秋田市中通MAP) 
浸水被害の時にすぐにお店に来てくれて、片付けをしている人数を確認したら、ハンバーガー人数分とポテト山盛り置いて行ってくれたんです。かっこよかったですね。

(取材:佐藤春菜 撮影:鄭伽倻)