秋田市文化創造館

連載

秋田の人々

このまちで暮らしを重ねる
たくさんの人たち。
人を知り、出会うことができたら、
日々はもっとあざやかに、おもしろくなる。
秋田に住まうあの人この人、
秋田に関わる人々を不定期で紹介します。
中心市街地や秋田市文化創造館での
過ごし方・使い方のヒントを
見つけてください。

「旧松倉家住宅

秋田県秋田市旭南
スタッフ 平元美沙緒さん

秋田市文化創造館からは徒歩約25分。江戸時代、交通や流通の要として栄えた「羽州街道」と「酒田街道(羽州浜街道)」の合流地点のほど近くに、「旧松倉家住宅(通称:松倉)」はあります。2011年に秋田市へ寄贈され、修復整備工事を経て2023年に歴史と文化香る施設としてオープンしました。

そのスタッフを務めるひとりが、平元美沙緒さん。秋田では「まちづくりファシリテーター」として活躍する彼女をご存知の方が多いかもしれません。

「土間」は、自然と人が集まるスペース。ここで飲食店が出店するイベントも開催されます。一番手前に見える座敷が「オエ」と呼ばれる接客に使われていたと考えられる空間。その奥に「中の間」、「店座敷」と続きます。

江戸時代は油を扱う商家、明治時代は大地主として隆盛した松倉家。その住宅は、県内最大級の大型町家で、県の有形文化財に指定されています。敷地内には、いたるところに家主の趣向を凝らした意匠を見ることができ、観察が楽しい建物です。

「たとえば欄間。一見華美ではないですが、竹と虫食い材が使われているんです。わざと虫に食べられた材を使うなど、自然に生まれる美を楽しむ技法を取り入れていたり、貝を手で砕いて土壁に貼る『貝壁』を採用していたり、遊び心がたくさんあるんですよね」と平元さん。襖の引手や組子のデザインもひとつひとつ異なり、見応えがあります。

「下座敷」に採用されている欄間
住宅の一部に見られる貝壁

松倉への入場は無料。有料の貸室「米蔵」、「上座敷」、「下座敷」、「和室」があるほか、平米単位で借りることができる場所もあります。文化財を守るためのルールはありますが、使い方は借り手のアイデア次第です。

江戸時代末期(1839年以前)に建てられた米蔵は、雪国らしい、屋根で覆われた内蔵(うちぐら)。扉を閉じることもでき、映画上映や演奏会、町内の竿燈会の練習場所として使われているそう。文化創造館も6月に「事業紹介展」を開催しました。

「通り庭」での展示の様子。文化財は傷をつけることができないため、釘などを使用しない展示方法が考えられました

取材日、「通り庭」では風鈴を使った展示が行われていました。風鈴は、貝壁からインスピレーションを受け、新屋浜(秋田市新屋・MAP)の貝殻を拾ってつくったもので、秋田公立美術大学の学生のアイデアだそう。展示するだけではなく、「親しまれる施設にしたい」という松倉の想いに応え、地域の人と一緒に風鈴をつくるワークショップも実現しました。

「どうすれば、建物のおもしろさが活きるのか。利用者のアイデアにワクワクさせられています。建物内に限らず、私たちスタッフでも想像していなかったような貸室利用もあって、いろいろな可能性があることを実感してきました。ここに来ると、不思議とみなさんやりたいことが思いつくみたいなんです。建物がもつ力ですよね」

明治の頃からの植生が保たれていると考えられる中庭

縁に導かれて

現在は週3回、スタッフとして松倉に勤務している平元さん。実は修復整備前、家主が住んでいた松倉家住宅に入ったことがあります。松倉を管轄しているのは秋田市文化振興課。その前身・秋田市教育委員会 文化振興室に勤めていた時のことです。

平元さんは、奈良県の大学院で文化財について学んだ後、2008年に秋田県へ移住。自身の経験から、歴史ある建物を単に守るだけではなく、ワークショップなどを通じて市民と建物やまちのあり方を考える、まちづくりファシリテーターの仕事に関心をもっていました。

移住の際、平元さんは、すでに秋田県でその仕事を担っていた稲村理紗さんに進路を相談。すると、「秋田のまちづくりや、秋田のこと知りたいなら、一度行政に勤めるといいよ」とアドバイスをもらいます。そこで運よく募集があったのが文化振興室の臨時職員。〈那波紙店(秋田市大町・MAP)〉や〈新政酒造(秋田市大町・MAP)〉の吟醸蔵など、数々の歴史ある建物を調査し、文化財への登録手続きに関わる仕事を担いました。その仕事で調査した建物のひとつが松倉だったのです。

それから10数年後、運命のように導かれ、松倉で働かないかと声がかかった時は、「やります!」と即決したと話します。

旧松倉家住宅外観

出産を機に独立してフリーのまちづくりファシリテーターとして活躍してきた平元さん。主題となるテーマは広く、アート、農業、教育、福祉とさまざまな分野に渡りました。

しかし、歴史・文化を軸にした仕事は、ありそうで、ほとんどなかったのだと言います。

「楽しくつとめてはいたのですが、『文化財に関わりたい』という気持ちを、心の中ではもっていたんですよね。

ちょうど1年前くらいから、依頼を待つだけではなく、自分から動き出したほうがいいのかなと思い始めて、秋田県ヘリテージマネージャー(秋田県歴史的建造物保全活用推進員:秋田県建築士会登録)の資格を取得したり、空き物件でビジネスができないか古民家を調べたりもしていました」。

そんな時に巡って来た松倉との縁。今では、まちづくりファシリテーターの仕事との相乗効果も生まれています。

「ファシリテーターの仕事で出会った人たちが、松倉に来てくれるんです。ここに来ると、こんなことがやりたいとアイデアが生まれて、私はそれを実現するためのサポートができる。今まではワークショップ1回限りだった関係が、私が松倉にいることで続いていくのがすごくうれしくて。拠点のあるまちづくりってこういうことなのかなと実感しています」

建物も、人も、まちに残っていくように

徳島県で16代続く神社に生まれた平元さん。歴史ある建物が身近にあり、「家」である神社に地域の人が集まることはごく自然なことでした。

「松倉のような古い建物は、私にとっては見慣れた落ち着く空間ですが、ある人にとっては体験したことのない新しい空間でもあって、だからこそこの場所に来ると新しいアイデアが思いつくと思うんですね。

けれども、古い建物は、新しいと感じながらも、実は地域のアイデンティティが凝縮されたもの。建物を軸に、ここはかつて街道だったとか、ここは昔から商店街だったという歴史を知っていくと、自分のまちに興味をもてるようになると思うんです。そうすると、暮らすのがきっと楽しくなるはず。そういう力が松倉にはあると思うので、今はたくさんの子どもたちにも来てもらいたいと考えています」

かつての松倉家もまた半公共の開かれた場所だったようで、過去に訪れたことのある方からの情報で用途が明らかになった場所やものがあるそう。建物には謎が多く、これから解明されていくのも楽しみです

これまで松倉では、子どもまち歩きイベントや、建物を観察し「立面図」を書くイベントを開催してきました。将来的には、松倉やまちを案内する子どもナビゲーターも生まれるかもしれません。

「施設として、まずは、松倉があることを知ってもらおうと企画づくりをしていますが、いずれは私たちがイベントを企画できなくなるくらい利用者企画が溢れる施設にしたいですね。そうすることで建物も、人も、まちに残っていくと思うので」。

ファシリテーターの仕事は、助産師に似ていると言われているそう。自身でアイデアは生まない。けれども、参加者がアイデアを生みやすいように支援していく。秋田のまちのさまざまな場所でその役割を担ってきた平元さんは、旧松倉家住宅を拠点に、点から線へ、いずれは拠点と拠点をつなぎ面へ、活動の幅を広げていきます。

information

旧松倉家住宅

住所秋田県秋田市旭南2-7-29(MAP
営業時間 9:00〜16:30(貸室利用の場合は〜21:00)
定休日火曜日(祝日の場合翌日)
駐車場有(13台)
Webhttps://matsukura-akita.com/

──秋田市文化創造館に期待することは?

旧県立美術館の運営計画を考えるワークショップ「せばなるあきた」に、グラフィックレコーダーとして参加していました。「ひとりでいたい人も、何かやりたい人も、何もやりたくない人も、どんな人も受け入れる場所にしたい」という議論が重ねられていたと記憶していますが、当時参加者が思い描いた施設の形になってきているなと感じています。

これからは、「南の松倉・北の文化創造館」という形で、両者をつないで何かできたらおもしろいですね。

ふたつの施設の間には、〈秋田市立赤れんが郷土館(秋田市大町・MAP)〉、〈旧金子家住宅(秋田市大町・MAP)、〈秋田市民俗芸能伝承館(愛称:ねぶり流し館)(秋田市大町・MAP)〉など歴史・文化に関わる建物があることはもちろん、歴史上この場所で何があったかを示す「標柱」や、「石碑」がたくさんあります。

たとえば、新政の近くにある〈感恩講街区公園(秋田市大町・MAP)〉には、江戸時代に飢饉があった際、那波家が建てた施設がかつてはあって、そこでは今の子ども食堂のような取り組みが行われていたことを伝える標柱がある。詳しい人に教えてもらいながら歩くだけでも、何もないと思っていた場所に発見があって、おもしろいと思うんですよね。

文化創造館から松倉までの一帯は、かつての城下町だったので、いろんな物語が眠っています。建物を飛び出して、一緒に「拠点のあるまちづくり」ができたらうれしいです。

──友人に案内したい秋田市のおすすめの場所を教えてください

新屋の表町通り(秋田市新屋MAP 
歴史的な建物を「点」ではなく、「面」で見ることができます。「表町通り」を歩くと、短い距離にいくつか古い建物があって、「まち」として歴史を感じられる。秋田市の中では貴重な場所だと思います。おいしい和菓子屋さんやシュークリーム屋さんもあって、散策が楽しいですよ。

鵜養集落(秋田市河辺MAP) 
歩ける距離の小さな集落に、茅葺き屋根の建物がたくさん残っています。堰(水路)があって田んぼがあって昔ながらの里山の風景が残っている地域です。以前、散策している時に、採れたての大根を堰の水で洗っているおばあちゃんに出会って。その大根を「け(食べてみて)」とくださったのですが、梨のように甘かったことが忘れられないです。

(取材:佐藤春菜 撮影:鄭伽倻)