秋田の人々
このまちで暮らしを重ねる
たくさんの人たち。
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秋田に住まうあの人この人、
秋田に関わる人々を不定期で紹介します。
中心市街地や秋田市文化創造館での
過ごし方・使い方のヒントを
見つけてください。
「矢留彫金工房」
秋田県秋田市大町
工房長 松橋とし子さん 副工房長 小林美穂さん 髙𣘺香澄さん
〈秋田市文化創造館〉からは徒歩約7分。秋田市大町に〈矢留彫金工房〉がオープンしたのは2019年。繁華街の一角にある場所で、工房長の松橋とし子さん、副工房長の小林美穂さんと髙𣘺香澄さんの3名が、「秋田銀線細工」の制作と販売を行っています。
秋田市の無形文化財、秋田県の伝統的工芸品に指定されている秋田銀線細工は、「銀線」と呼ばれる線状の細い銀を撚り合わせ、幾重もの渦巻や波線のパーツをつくり、組み合わせて形づくっていく美しい工芸。華やかで大ぶりな製品が多くつくられてきましたが、〈矢留彫金工房〉ではこの技術を活かし、今の日常に取り入れやすいアクセサリーを生み出しています。
秋田銀線細工の歴史については、信頼性の高い資料が見つかっていないそうで、諸説が伝わりますが、江戸時代、秋田藩が鉱山を開発し、城下で金工が盛んに行われていたことに端を発するようです。
明治・大正時代にも、秋田県の鉱山は日本有数の金や銀の産出量を誇り、県内には金工を学ぶ指導所が設置されました。海外から伝わったと考えられる金や銀の線細工(フィリグリー)の技法は、技術向上に励んだと想像できるこの頃取り入れられ、今に残っていると考えられています。
特に湯沢市の〈院内銀山〉では、質の良い銀が採れたようで、秋田銀線細工で今でも「純銀線」を使用しているのはそのためだとか。材料が柔らかく細かい意匠を施すことができる「純銀」だったからこそ、美しく繊細な製品が数多く生まれてきました。
〈矢留彫金工房〉のショーケースには、とし子さん、美穂さん、香澄さんそれぞれが、自身の感性でつくる個人作品と、工房開設後に意見を出し合い、3人で一緒につくる定番製品が並びます。
伝統の技術を守りながらも、新しいエッセンスを加えた製品は、「まどか」、「みずたま」、「なぎさ」など、シンプルですがどれも想像力を掻き立て、選ぶのを楽しくさせてくれる名前が付けられたものばかり。普段使いにも取り入れられるデザインと手頃な値段設定で、私たちと秋田銀線細工の距離を縮めてくれています。
「秋田銀線細工」を未来へ残すために
20代、30代、60代と年齢の異なる3人が、一緒に活動を始めるきっかけとなったのは、〈秋田商工会議所(秋田市旭北・MAP)〉が2018年に主催した『銀線細工の企画展 北の燦めき』でした。
30年以上宝飾店で職人の技術を磨いてきたとし子さんと、〈秋田公立美術大学大学院(秋田市新屋・MAP)〉の学生だった香澄さんが、作品を発表することになり、この時ふたりははじめて知り合います。
展示をすることにはなったものの、秋田銀線細工の職人は、秋田市内には5人、秋田県内でも10人以内とごくわずか。展示品の数が限られてしまうため、漆・木・人形・陶・ガラス・革など、異素材の職人とコラボレーションした作品を発表することになります。これは従来はなかった、新たな試みだったそう。この時参加した職人のひとりが、〈辻永クラフト工房(秋田市千秋矢留町・MAP)〉の辻永幸夫さんでした。
自身が手がける革製品に限らず、秋田のものづくりの振興に寄与してきた辻永さんは、秋田銀線細工を未来に残そうと、とし子さんと香澄さんに働きかけます。
「今動かないと、職人が本当にいなくなってしまうよ」と。
そして偶然にも、この時、会場には展示を観に来ていた美穂さんがいました。
とし子さんと美穂さんは、天保元年創業の、秋田銀線細工を製造・販売する宝飾店で経験を積んだ元・同僚。職人としての美穂さんのことも知っていた辻永さんは、3人での活動を後押しします。
巡り合った3人は、ともに秋田銀線細工の魅力を伝えていくため、「銀線小町」を結成。
バドミントンの国際大会『ヨネックス秋田マスターズ2018・2019』から依頼を受け、国の伝統的工芸品に指定されている「川連漆器」や、「樺細工」とコラボレーションした優勝記念プレートを製作するなど活動の幅が広がっていきます。
当初は各々の場所で作品づくりに取り組んでいましたが、宝飾店に勤めた経験のあるとし子さんと美穂さんとは異なり、大学・大学院で独学で制作活動を続けてきた香澄さん。〈秋田公立美術大学附属高等学院〉で金工と銀線細工の基礎を学んではいましたが、「伝統的な技法についてわかっていない部分もあった」と、2人から技術を学び、また、3人がお互い高め合って作品づくりができるよう、一緒に制作できる活動拠点を探し始めます。
そんな中出会ったのが、明治16年創業の老舗〈菓子舗榮太楼(秋田市高陽幸町・MAP )※各所に店舗あり〉の7代目社長・小国輝也さん。工芸に高く関心をもち、閉店予定だった〈菓子舗榮太楼 大町店〉のスペースを、工房の場所として貸し出してくれることになりました。
秋田のものづくりを発信する場として
秋田市大町の〈榮太楼ふるさと文化館〉にオープンした〈矢留彫金工房〉。秋田銀線細工の工房や販売場所としてだけではなく、彫金の基本を学べる教室を開講していることも特徴的です。
「〈矢留彫金工房〉のある大町や、〈辻永クラフト工房〉のある千秋矢留町など、この周辺はかつて城下で、職人が多く住む“ものづくりのまち”だったと聞きました。この場所を、銀線細工に限らない、秋田のものづくりを発信したり、楽しめる場所にしていきたいという思いがあるんです」。
彫金教室は初心者も歓迎。金属の種類や特徴から丁寧に学び、基本技術を習得したのちは、秋田銀線細工の技法も学べるようになります。
教室は金曜と土曜のコースがあり、月3回のレッスンで、さまざまなアクセサリーづくりに挑戦できます。正式入会の前にシルバーリングをつくる体験レッスンも受講できるので、気になる方は問い合わせをしてみてください。※満席の場合は体験・入会できないこともあります
こうして金工や秋田のものづくりへの間口を広げている〈矢留彫金工房〉ですが、後継者育成も大きな目標です。
「昔はこの辺りに秋田銀線細工のお店も、職人さんもたくさんいらっしゃったんですよ。徐々になくなってしまって、今はお店と工房をもっているのは〈竹谷本店(秋田市中通・MAP)〉さんと当工房だけではないでしょうか」(とし子さん)
〈矢留彫金工房〉では毎月、秋田銀線細工を学べる唯一の学校であり、3人が卒業した〈秋田公立美術大学附属高等学院〉の生徒を受け入れ、1年を通して技術やデザイン指導する試みをはじめています。金属工芸コースがあり、卒業制作で秋田銀線細工の作品を発表する生徒も出てきているそう。
専門学校や大学には、秋田銀線細工を学べる場所がないのが現状。〈秋田公立美術大学附属高等学院〉の生徒からいずれ担い手が育っていく未来を期待し、「職人になりたいという子がいれば受け入れたいと思っています」と3人は話します。
運命的な出会いから、少しずつ少しずつ、“新しい秋田銀線細工”の未来をつくってきたとし子さんと美穂さんと香澄さん。伝統を背負いながらも柔軟に形を変え、けれども堅実さと丁寧さは失わずにものづくりを続けていくことができるのは、世代の違う3人で手を携えているからこそかもしれません。
個性を尊重しながらも調和している、美しくしなやかなその姿は、身に着けるとスッと背筋が伸びる、日々つくり続ける製品ともとてもよく似ているように思いました。
information
「矢留彫金工房」
住所 | 秋田県秋田市大町2-1-11 榮太楼ふるさと文化館 1階(MAP) |
営業時間 | 13:00〜18:00 |
定休日 | 水・日曜日 |
駐車場 | 有 |
Web | https://yadome-silver.com/ |
──秋田市文化創造館に期待することは?
いろんな人が自由に入れる場所という印象があります。
2022年に開催された『KOUGEI EXPO in AKITA』に出展したのですが、すごく良い機会でした。こうしてお店を構えていても、入るのが緊張するという方もいらっしゃいます。〈秋田市文化創造館〉のようなオープンな場所で展示ができると、お客様も立ち寄りやすく、直接お話しすることもできて、とても良いなと思いました。
──友人に案内したい秋田市のおすすめの場所を教えてください
千秋公園(秋田市千秋公園・MAP)
気持ちの良い場所です。駅のすぐそばにお堀がある公園はめずらしいと聞いたことがあります。(とし子さん)
blank+(秋田市楢山・MAP)
雑貨屋さんや喫茶店巡りが好きです。〈blank+〉で開催される古道具市にはよく足を運びました。(美穂さん)
大森山エリア(秋田市浜田・MAP)
動物園やピクニックができる広場、展望台などがあります。動物園の中にある遊園地がレトロな味わいがあって好きです。(香澄さん)
(取材:佐藤春菜 撮影:鄭伽倻)