秋田市文化創造館

連載

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秋田に関わる人々を不定期で紹介します。
中心市街地や秋田市文化創造館での
過ごし方・使い方のヒントを
見つけてください。

「豆腐百景」

秋田県秋田市将軍野
矢吹史子さん 

秋田駅から土崎駅へ、〈秋田市文化創造館〉からは車で約20分の場所、秋田市将軍野に“まちのお豆腐屋さん”〈豆腐百景〉がオープンしたのは2022年夏のこと。店主は、2022年度、〈秋田市文化創造館〉で月1回の料理教室『うましき台所帖』を主催する矢吹史子さん。実家の建物を引き継ぎ、その一角に店を開きました。

看板商品は「できたてよせ豆腐」と「よじろあげ」。そのほか季節によりメニューは変わりますが、「トロトロ豆乳ドリンク」、「おとうふプリン」、「豆腐屋のおでん」など、豆腐を軸にした多種多様な商品を開発し、テイクアウトでの販売を行っています。

商品に使用する大豆はすべて秋田県産の「リュウホウ」。昨年末から第48回全国豆類経営改善共励会で農林水産大臣賞を受賞するなど高い評価を受けている大仙市〈強首ファーム〉から仕入れたもののみを使用しています。

その名の通り店頭でつくり、できたてを提供してくれる「できたてよせ豆腐」は、クリーミーで、デザートのよう。砂糖が入っているようにも感じるほどの甘さです。

「これが〈強首ファーム〉の力です」と史子さん。大豆本来の良さを十二分に感じさせてくれます。

「熱々のできたての豆腐を、みなさんあまり食べたことがないと思うんですよ。でもやっぱりそれが一番おいしいし、ここでは量り売りをしているので、家族のサイズに合わせて好きな量を買って行ってもらえたらと思います」

銘柄や農家がはっきりわかる大豆を使うことは、史子さんの念願。

「農家さん自身に、自分がつくった大豆が豆腐になっている、たくさんの人に食べてもらえているという実感をもってもらいたかったんです」と話します。

秋田の大豆栽培面積は全国で第3位(農林水産省、2021年)。しかし、携わる農家に史子さんが話を聞くと、米の過剰生産を抑えるために大豆栽培を始めた人が多く、自分たちがつくった大豆を食べたこともなく、どこに届きどう使われているかも知らない、取引価格も安価で将来続けられるかわからないという現状を知ります。

専用の機械に豆乳とニガリを入れ、かき混ぜて約10分。ぴーっと音が鳴ったら「できたてよせ豆腐」は完成です。「とても簡単に、機械さえあれば誰でもつくれます。将来的にはみんながつくるようになったらいいなって、そうしたらお豆腐はなくならないじゃないですか」と史子さんは笑います。

「すごくいびつな状態だなと感じて。私が大豆をしっかりした値段で購入させてもらって、その大豆でつくった豆腐が正当な価格で売れる、という実態をつくることができれば、豆腐屋も生き残れるし、農家さんも大豆栽培を続けられるのではと思ったんです。豆腐屋として、秋田の大豆文化をつくっていくのはすごく意味があることだなと思っています」

豆腐一丁の容量は地方により異なりますが、秋田では約400g。安いものでは100円以下で販売されているものも目にします。

〈豆腐百景〉ではよせ豆腐を200g 200円〜販売。温かい、できたてという価値も加え、「ちゃんと売れる」仕組みをつくりあげました。

“お豆腐屋さん”は豆腐を編集したかたち

祖父が〈矢吹豆腐店〉を始め、父が土崎の同業者とともに〈臨海食品協業組合〉を設立するなど、秋田では知られた“お豆腐屋さん”の娘として育った史子さん。〈豆腐百景〉で使用する豆乳や「よじろあげ」も〈臨海食品協業組合〉から仕入れたものを調理しています。おいしい豆腐には子どもの頃から親しんでいましたが、自身のキャリアのスタートはデザイナー。”お豆腐屋さん“になることは考えていなかったと言います。

後に秋田県発行のフリーマガジン『のんびり』(2012年〜2016年)の立ち上げ時に声がかかり、それを機に編集の仕事をスタート。以来秋田県と共同制作したウェブマガジン『なんも大学』(2016年〜2022年)にも携わり、約10年、秋田の魅力を伝える取材を重ねてきました。

転機が訪れたのは2022年初頭。関わってきた媒体の更新を終えることになり、進路に悩んだと史子さんは話します。

「メディアの運営は難しいけれど、やっぱり編集はすごく好きだし、続けたい。じゃあ自分が編集したいことはなんだろうとすごく考えました」

そんな中で浮かび上がったのは「食」というキーワード。

両面をカリッと焼き熱々を提供してくれる「よじろあげ」。水切りした木綿豆腐をミキサーにかけ、〈臨海食品協業組合〉の職人が手でこね一枚一枚揚げたものが店舗に届きます。

「私はずっと秋田に住んでいるのですが、秋田は全国最下位のものが多かったり、友達も引っ越しちゃうし、ネガティブ要素が多くて、自信がないんです。

でも、食文化に触れると、ちょっと自信がもてる。この土地にしかないものや、普通に暮らしているお母さん方が作っている食事の強さみたいなものに出会うたびに、ああよかった、秋田にもいい部分もあるって誇らしく思えたんです。だから私は食のことをやっていきたいなって」

〈秋田市文化創造館〉で開催した展覧会『200年をたがやす』で「食」分野のキュレーションを任されるなど、偶然にも「食」をテーマにした仕事も続き、郷土食などの取材を続けながらも、「食」というテーマで何が編集できるか、「自分にしかないもはなんだろう」と考え続けた史子さん。そんな時、父から聞こえてきたのが、秋田における豆腐屋の現状でした。

「秋田市には豆腐屋がもう3〜4軒しかない、とか、大手も豆腐製造を撤退して豆腐屋の先がもうないとか、豆腐を愛している父ですら、豆腐屋が秋田県内からなくなっても困らないよね、仕方がないよねって言うんです。

でも私は編集の仕事を通じて、なくなりそうな文化もたくさん見てきましたが、なくならなかった文化もたくさんあって、何か残す方法はあるのではないかと、すごく思ったんですよね。

今までたくさんの方にお会いして、いろんなヒントをいただいてきたので、お豆腐を編集することで、違う状況をつくれるのではないかって」

こうして〈豆腐百景〉の構想がスタート。不安もたくさんあったと言いますが、少しずつ、イベントに出店するなど一般の方の反応を見ながら“まちのお豆腐屋さん”としてのかたちを整えてきました。

イベントで販売し大人気になった「よじろあげ」は、油揚げと厚揚げの中間のような新食感が自慢。父・達夫さんのアイデアを元に生まれた商品です。

現役の“お豆腐屋さん”である達夫さんは新しい商品をつくろうと常に試行錯誤している人と話す史子さん。ある日、「こんなものができたんだけどどうかな?」ともってきたのが、後に「よじろあげ」となる試作品でした。

「よじろあげ」は薄口醤油と砂糖たっぷりのタレを塗って提供してくれます。

「ものすごくおいしくて、すごくいいと思ったんです。父はおいしいものを考えることはできるのですが、どうやって広めるかはあまり得意ではなくて、いろいろ企画して売ってみたいと、〈豆腐百景〉で引き取ることにしました」

史子さんの編集の経験を生かして生まれたのが「よじろあげ」。

商品名は秋田市に伝わる「与次郎狐」の物語に由来します。むかしむかし、千秋の森に住処を与えてくれた藩主・佐竹の殿様への恩返しのため、飛脚となり秋田と江戸を6日間で往復したという伝説が残る狐の名が「与次郎」。「与次郎狐」は〈エリアなかいち〉(秋田市中通・MAP)のキャラクターにもなっています。

史子さんは『のんびり』第2号(2012年9月発行)で「よじろう」をテーマに秋田県内や同じく与次郎狐の伝説が残る山形県を取材。そのきっかけは当時史子さんが構えていた秋田市楢山の事務所の真向かいに〈与次郎稲荷神社〉(現在は〈千秋公園〉内の〈与次郎(與次郎)稲荷神社〉(秋田市千秋公園・MAP)に統合)があったことでした。

同じ頃、史子さんは楢山エリアにある個店とともにお店を“はしご”しながら散策を楽しむイベント『ならやま日曜はしご市』を開催。〈与次郎稲荷神社〉を会場に、観光ガイドをするボランティアグループ〈秋田癒しの旅サポーター〉代表千葉美栄さんに紙芝居『与次郎きつね』を読んでもらっていました。

「『のんびり』の取材では、みんなで新しい紙芝居をつくって、私が読む係、与次郎稲荷を伝える担当になったんです。それがまた今になって、『よじろあげ』を通じて与次郎稲荷を伝える役割が巡ってきて、不思議な縁ですよね」と史子さん。

「よじろあげ」のパッケージにはちゃんと「与次郎稲荷」の物語も記されています。今年は県外にも販売に出かける計画も。

「秋田の大豆でつくった商品が、どこにも負けないものになったという実績をつくりたいと思っているんです」

豆腐があるだけで繋がれる

メニューのほとんどが、これまで史子さんが取材先で出会った人たちとコラボレーションされたものであることも〈豆腐百景〉の特徴。

たとえば「トロトロ豆乳ドリンク」は「プレーン」、「鹿角のりんごシロップ」、「横手の米麹の甘酒」の3種類がありますが、りんごシロップは鹿角でアップルパイをつくるお母さんグループから仕入れているもの。このグループの取材に行った際、「リンゴを煮てこすことで出るシロップが余ってしまう。大量にストックしているのだけど何かいい方法ないかしら」という声を聞いたことがきっかけに誕生しました。

「横手の米麹の甘酒」(左)に使うのは〈羽場こうじ店〉の米麹、右が「鹿角のりんごシロップ」。驚くほど臭みがない豆乳は、大豆ももちろん、〈臨海食品〉の技術の賜物。父からの技術継承も大きな課題なのだそう。

鹿角での出会いは、メニューのみならず〈豆腐百景〉の運営スタイルにも反映されています。

「80代のお母さんたちが集まって、みんなでりんごをむいて、みんなでアップルパイをつくって、みんなでたくさん売る、チームで働いている姿にすごく憧れて、どういう仕組みでやっているのか、お話も聞きました。少しの時間でも集まって、みんなで手を動かして、みんなで稼ぐ、そういう豆腐屋になりたいと思ったんです」。

現在〈豆腐百景〉の店頭に立つのは矢吹さんも含め最大6人。短時間しか働けない方や副業している方が集まり、メニューもみんなでアイデアを出し合いながら考えます。

「金土日しかオープンしないお店なので、短い時間でギュッとみなさんの才能を持ち寄って運営することを目指しています」

このほか、小さな「よじろあげ」、豆腐のつみれ、厚揚げなど、“お豆腐屋さん”ならではの具材を楽しめる「豆腐屋のおでん」のだしは、『うましき台所帖』でも講師を務めた由利本荘市の〈津野商店〉がプロデュース、「おしるこ豆乳」のあんこは仙北市〈かどや食品工業〉など、豆腐を介して、今までお世話になった方や出会った方との連携が生まれています。〈秋田市文化創造館〉1階〈センシューテラス〉の「センシュードーナツ」にも使用されてるのも〈豆腐百景〉のおからです。

店頭では〈真坂人形〉の「豆腐」もお見逃しなく。

「豆腐があるだけで、繋がれる。大豆農家とだけではなく、いろんなつながりをつくれるのはすごくおもしろいなと思っています」

〈マザー食堂 savu.〉(秋田市楢山・MAP)と共同開発した「チーズ&けし実のおからクッキー」と「チョコチップ入りおからクッキー」も大人気。

ご縁は秋田県内に留まらず、「よじろあげ」のイラストは展覧会『200年をたがやす』のヴィジュアルも手がけた丹野杏香さん、ロゴは『のんびり』でイラストレーションを担当した福田利之さんと、今までの繋がりを活かし、伸ばしている史子さん。

「あらゆる伝え方は、今に活かすために学んできたのかなとも思います。『のんびり』では、文章に留まらない編集をずっと教わってきたので、豆腐のことをどう伝えるべきかを考えた時に、豆腐が売れるという実績をつくり、大豆農家や豆腐屋が豊かになるというのが私なりの編集でした。自分で営む豆腐屋はあくまでもその一歩目、ひとつのかたちなので、今後はまた、違うアプローチの編集をしていくと思います」。

〈豆腐百景〉を始めた当初、「大豆農家さんのみえる豆腐づくり」、「できたて豆腐の販売」、「鍋を片手に買いに来てもらえる豆腐屋」など、抱いていた夢を、わずか1年で次々と実現してきた史子さん。年始から『おとうふ新聞』の発行も始めるなど精力的に活動しています。

秋田という土地に芽吹いていく、豆腐の百景。その景色はどんどん広がり、大豆文化や豆腐文化が生き生きと続いていく、当事者となって一緒に育てていく世界を私たちに見せてくれています。

information

「豆腐百景」

住所秋田県秋田市将軍野南4-9-31(MAP
営業時間 11:00〜18:00
定休日月〜木曜日
駐車場
Webhttps://www.instagram.com/tofu.100kei/

──秋田市文化創造館に期待することは?

使う人によって使い方が変わる、すごく自由に使われている場所だなと思います。こういう場所だからこういう風に使わなきゃというルールがあまりなくて、まちにいろんな人がいるんだなということが、あの場を通して見えてくる感じがします。

〈秋田県立美術館〉が閉館した後、建物が放置されたり、更地になったらどうしようとずっと思っていたので、ちゃんと残って、生かされて今の形になっているというだけで本当にすごいなと思っています。豆腐を残していくことに対して思うことと同じですね。

──友人に案内したい秋田市のおすすめの場所を教えてください

高清水公園(秋田市寺内・MAP 
店から歩いて行ける場所にあります。公園内の護国神社をお参りして、空素沼(からすぬま)をぼんやり眺めて戻ってくるとゆっくり歩いてちょうど1時間くらいのお散歩コースです。空気がすごく澄んでいて、鳥の鳴き声が聞こえてきて、北欧にいるみたいな気持ちになれます。朝に散歩すると清々しい気持ちで1日を始められます。

与次郎(與次郎)稲荷神社(秋田市千秋公園・MAP) 
いろいろな種類の狐の石像があってかわいいです。小さいけどいい神社で、大好きです。

ナイス外旭川店(秋田市外旭川・MAP
スーパーに行くのがストレス解消になります。特にナイスはBGMが好きで、癒されています。

JA秋田なまはげ 直売センター いぶきの里(秋田市上北手・MAP
地場の野菜や加工品がたくさん売っていて、買い出しに行く度にテンションが上がります。

(取材:佐藤春菜 撮影:鄭伽倻)

「おいしい」「美しい」という意味をもつ屋号の〈うましき〉は秋田市〈金足農業高校〉の校歌から。2018年8月に行われた第100回全国高等学校野球選手権記念大会で決勝に進出し、「カナノウ旋風」という言葉が生まれたほどの活躍を見せた〈金足農業高校〉。「勝つたびに『可美しき郷(うましきさと)』と始まる校歌が流れて、農業という食べ物に関わる学校の校歌が『うましきさと』で始まるって、すごくいいなと印象に残っていたんです」