秋田市文化創造館

連載

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中心市街地や秋田市文化創造館での
過ごし方・使い方のヒントを
見つけてください。

「空の森研究所/空の木ガーデン」

秋田県秋田市金足
柴田空木さん

〈秋田市文化創造館〉からは北へ車で約30分。潟上市と隣接する秋田市金足に、柴田空木(うつぎ)さんが開いた〈空の森研究所〉と〈空の木ガーデン〉があります。

展示会のときだけ開かれるという「森への道」を抜けると、辿り着く研究所の一帯。そこでは、架空の物語の世界の登場人物になったような、不思議な感覚に陥ります。

「村に来た! みたいな、ちょっとした感動があるでしょう」と空木さん。

〈空の森研究所〉をつくる際、どうしたらうまく異世界へ連れて行けるかを考え、切り開いた「森への道」。木々に囲まれた空間は、アーティストの展示の場であり、研究の場です。

2021年秋にオープンし、この1年で、藤田美帆さんによる『トワイライト-FUJITA MIHO 展-』や、〈木工舎つきのわ〉、〈機舎つきのわ〉による『つきのわの日常-木を削る人と糸を紡ぐ人-』など数々の展覧会やイベントが開催されて来ました。

あえて過去の展示の痕跡を残していくのも〈空の森研究所〉の特徴。

「これが残っているならと新しいアイデアも生まれることもあるし、ホワイト・キューブできなかった可能性一緒に研究して、やりたかったことを実現してもらいたいと考えています。可能性がたくさんあるはずなので」と空木さんは話します。

岐阜県出身の空木さんがこの場所で暮らし始めたのは15年前。藪だった場所を整地し、木々の成長とともにこの空間をつくり上げました。

「主人とは東京で出会って、いずれ故郷の秋田に帰りたいと言っていたのですが、歳をとってから秋田に来たら何もできなくて辛いだろうなと思っていたので、行くなら早めに行きたいと言って、20代で秋田に来ました。義両親から、実家のある阿仁は、病院も学校もなくて苦労するだろうから秋田市でお家を探しなさいと言われて、それで土地探しの旅が始まったんです」

もともとここで生きていた植物たちが、育つ姿を想像してつくったという通路。細くて小さかった栗や桜の木が15年という年月をかけて大きく育ちました。

そうして出会ったのが、この土地。内見に来た際、1本の木に、フクロウが停まっていたのだと言います。

「おいでよと言われている気がして」と空木さん。その木に惚れ込み、「ここにする」と、住むことを決めました。

有言実行が目標

「私は有言実行の人なんです」と、最初に理想を想像し、それを実現させてしまうのが、空木さんのすごいところ。研究所の敷地内にある自宅も、秋田に引っ越して来た1週間目に、友人の家で、「私はこういう家にする」と描いた家が形になったものなのだそう。

「すごいでしょ」と笑顔の空木さん。「昔から、言ったら、やる。有言実行だけは確実な目標にして来ました」。

奥に見えるのが住居。同じ敷地内に〈空の森研究所〉があります。煉瓦もひとつひとつ空木さんが敷き詰め、砂地だった場所が美しい庭に生まれ変わりました。庭には息子の名と同じ木蓮も植えられています。木蓮は、北を向く花。どこに行っても北を思い出してほしいという思いで名付けたのだそう。

〈空の木ガーデン〉という屋号では、2012年から活動を開始。敷地内に工房を建て、酵母パンの製造・販売からスタートしたため、〈空の木パン〉という名前をつけていましたが、「いずれはこの空間で何かをやりたい」というイメージが当時すでにあったため、ガーデンという総称をつけます。実際にこの10数年で少しずつ「庭」ができ、「森」と呼ぶ研究所が生まれました。

自宅に併設する工房では今でも不定期でお菓子を販売します。工房にある看板を手掛けたのは、クリエイティブペグワークス伊藤靖史さん。お互い独立間もない頃に出会い、以来戦友になったそう。

「子どもを家でみながらできる仕事がしたい」と始めた活動は、酵母パンから日持ちのする焼き菓子へと主力商品を変更。最初につくったお菓子は、今でも人気の「ココナッツマカロン」でした。

中央と左がココナッツマカロン。

大好きなカフェで食べたお菓子にインスパイアを受け、味を思い出しながら研究し、創作。

調べていく中で、フランスの修道院で、朝や昼にパンを焼いた窯の温度が下がることを利用する低温焼成のお菓子であることや、栄養不足の子どもたちのために修道女がつくったというルーツがあることを知り、興味が深まっていきます。

「探求したり、意味を見つけることが好きなので、最初は理由があるお菓子をつくりたくて、おまじないをしながら食べるボルボロンや、生まれたばかりのキリストがおくるみに包まれた姿を模したとされているシュトーレンなどからつくり始めました」。

活動を続けながらファンを増やしてきた〈空の木ガーデン〉のお菓子は、どれも独学。

「お菓子屋さんになりたかったわけではないのです」と空木さん。お菓子づくりは空木さんにとって、頭の中にあるイメージや世界を伝えるためのひとつの手段で、この土地で何かをやるための、最初の入り口になってくれたものでした。お菓子を通じ、知り合いがほとんどいなかった秋田で人のつながりをつくり、作家とのコラボレーションも増えていきます。

マフィンに立つ「おったちねこ」は、〈オジモンカメラ〉の高橋希さんが冬限定で開く〈オジモイモ屋〉とのコラボレーションで生まれたお菓子。焼き芋に立てられるものをつくりたいというところから発想し、マフィンや蒸しパンなど何にでも立てられるクッキーが生まれました。

幼少期の経験が今をつくっている

作家とコラボレーションをする時も、「相手を尊敬したい」と、作家が何を考え、どういう道筋でここまで来たのか、対話しながら、掘り下げるという空木さん。

お菓子をつくる時にも同じようにもっているこの探究心は、昆虫博士だった祖父から受け継いだもののようです。

「祖父がものすごく変わった人で、つちのこ探していた人なんです。私はあまり学校に行くのが得意でなくて、学校に行かない日は、祖父がお出かけするよと、外に連れ出してくれました」。

空木さん専用の「捕虫紋(ほちゅうもん)」と「三角缶」といった、いわゆる子ども用ではない、プロの道具を持たせてくれ、一緒につちのこを探しに行ったり、虫を捕まえに行ったといいます。

映画のワンシーンを想像させる緑のトンネル。30分で帰れる道を3時間かけて帰る子どもだったという空木さんは、自然を愛し、すぐそばにあるものの魅力に子どもの頃から気がついていました。

〈空の森研究所〉の森と溶け込むような空間づくりも、祖父との幼少期の経験が大いに関係しています。

天然記念物の「ギフチョウ」を羽化させ放すという試みも行っていたという祖父。自宅の庭には、この研究所のような、木々に囲まれた大きな温室がありました。

「ギフチョウの卵は、真珠のように美しいのです。それが羽化すると何千何万の黒いゲジゲジの毛虫になって、わしゃわしゃって動く。温室にそーっと入って行って、その毛虫の音を聞くのが大好きな子どもだったんですよ。庭には大きなメタセコイアの木があって、いつかそういう空間に戻りたいという願望をずっともっていました。だからこの場所は、自分が生まれて育ったような環境、原点に戻ったように感じる場所です」。

両親も、画家だった叔父の、山の中にあるアトリエでカフェ〈アリスの不思議のお店〉を営み、そこもまた、美しい庭がある、自然に囲まれる場所だったと言います。

また、〈空の森研究所〉で開催する、『春告森の人々-ハルツゲモリノヒトビト-』、『魔法使いの夏至支度』といった、四季のエッセンスが入った想像力を刺激するイベントタイトルの発想の源には、国会の速記官だったという祖母がいます。

「言葉を巧みに操れる人で、小学生の時に俳句を強制的習わせられました。嫌だったけれど、祖母がかっこいいから続けて。季語とか雲の名前とか季節を象徴する色はその時に学んだものです。観察する、感じとるという感性は、祖父と祖母がいたから磨かれましたね」。

「秋田ってすごいんだよ、自然ってすごいんだよ」

15年かけて今の形になった〈空の森研究所〉。始まりは、「秋田ってすごいんだよ、秋田に限らず自然ってすごいんだよ、すばらしいんだよということを伝えるツールをつくりたい」と思ったことだったと言います。

「秋田に越して来た時にみなさんが口にしたのが、秋田なんてつまらない。何もない場所。よくこんなところに来たねと言う言葉だったの。

大雪でドアが開かないという恐さも体験したけれど、それでも雪は青くて美しいし、耳が痛くなる雪の静寂とか、それが全部溶けた時の意味のわからない高揚感とか、空の広さと、空の色と、芽吹くことの感動とか、何もかもが新鮮で、すごいじゃん秋田って、私は思ったんですよ。でも言葉で伝わることではないから、それなら見せたいなと」。

また、たくさんのアーティストに出会う中で、生きている世界を見つめ、それを自分に取り込み、表現している人たちがすぐそばにいるということも目の当たりにします。

「自然のもので染め物をしたり、綿を育てて糸を紡いだり、そうした彼らの姿を見せる場所をつくることも、秋田のすばらしさを伝える方法だと思ったんです」。

そのために必要だったのがお菓子屋という姿。

「〈空の木ガーデン〉は、駄菓子屋さんのおばちゃんみたいな、日常に寄り添っているイメージがいいなと思っています。
反対に、〈空の森研究所〉は非日常に寄り添っている。ホワイト・キューブではないギャラリーだと思っているので、ギャラリーの持ち主としての立ち位置を確立したいと思っています。

秋田には何もないと思っている方や、こうした世界に触れたことがない人たちにも、まずは日常に近いお菓子を入口にこの場所に来てもらって、秋田の新しい側面や作家さんの魅力、こんな世界もあるのだという感覚を知ってもらえたらいいですよね」。

「敷居の低い中から接することのできるアートというものを目指したい」と、クオリティの高い作品を展示しながらも、鑑賞者と作家が共に焚き火を囲むような機会をつくるのも、〈空の森研究所〉ならではです。

「生きている作家さんの作品を見る場所でありたいなと思っています。森遊びに来るような気持ちで展示会に来てもらいたいです」。

最後に岐阜の自然と秋田の自然の違いを尋ねると、「自然はどこでもすばらしいけれど、秋田は、冬がある分、更新されている感じがする」と空木さんは話します。

「色がなくなって、色が出る、という四季の移り変わりがものすごくあって、モノクロからカラーになる瞬間や、うすい淡い色からビビッドになって、シックになって、白になるという四季の色が豊かだと思いますね」。

〈空の森研究所〉も、季節や時間で表情が変化します。自然の豊さを愛でる場であり、自然からモノを生み出す作家の魅力を伝えてくれる場所。時間をかけ、変化を楽しみながら、理想を形にしてきた〈空の森研究所〉は、今いる場所が恵みに囲まれていることや、探求する楽しさを教えてくれます。

「おったちねこ」のモデルになった猫のタビ。空木さんの家族の一員です。
information

「空の森研究所/空の木ガーデン」

住所秋田県秋田市金足追分海老穴46-1(MAP
※営業日は不定期。SNSで告知されます。
※〈空の森研究所〉は雪深い期間はクローズし、3月からオープン予定。
※〈空の木ガーデン〉は冬期も不定期でオープンします。
駐車場
Web空の森研究所  https://www.instagram.com/soranomorikenkyujyo_/
空の木ガーデン https://www.instagram.com/soranoki224/

──秋田市文化創造館に期待することは?

今回取材を受けるに当たって、人生を振り返ってみると、小さい頃に触れるものが自分を生成するなとあらためて思いました。

息子が楽器をやっているので〈ミルハス・MAP〉のスタジオに通っていて、私もよく行くのですが、〈文化創造館〉の外に座っていると、赤ちゃんから小中学生、高校生、おじいちゃん、おばあちゃん、とさまざまな世代の人が入れ替わり立ち替わり通ります。これだけの人との接点があるのなら、ここで文化の交換ができるなと思います。

以前、〈空の森研究所〉で焚き火をしたときに、金工作家の坂本喜子さんがご両親を連れてきてくださったのですが、小さい子がマシュマロを焼いていたら、「お煎餅を焼いたらおいしいよ」と、喜子さんのお父さんが、枝をナイフで切って二股に分けて、そこにお煎餅を刺して焼いてくれたんです。そうしたら子どもがたくさん集まってきて、お父さんが子どもたちに次々お煎餅を渡すという不思議な世界ができあがった。あ、こうやって、この子たちはお煎餅の焼き方を覚えた。すごい。一生忘れないだろうなと思ったの。これは本で読んで得られものとは違う伝承。実践してくれる人がいないと伝わらないものだと思うのですよね。これが文化だと思っていて、〈文化創造館〉としてあり続けていくに当たって、そうしたものを、与えるのではなくて、自然発生的に、次々に手渡していける場所であってほしいなと思っていますね。

──友人に案内したい秋田市のおすすめの場所を教えてください

殿渕(とのぶち)秋田市河辺岩見MAP
鵜養地域の上流にある渓谷です。でもそこに近いものをここにつくったので、あまり行かなくなりました。この場所(空の森研究所)が好きです。

林道をドライブ
林道をドライブするのも好きですね。たぶんここは降りれるなという場所を降りて行ったら素敵な広場があったり川が流れていたりするんです。地球はつながっているし、道はどこかにつながっているから、ダメだったら戻ればいいなと思って、行けるかわからなくても、細い道でも突き進んでいきます。森の探索は人生とリンクする部分がありますね。

(取材:佐藤春菜 撮影:鄭伽倻)

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