秋田市文化創造館

連載

秋田の人々

このまちで暮らしを重ねる
たくさんの人たち。
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秋田に住まうあの人この人、
秋田に関わる人々を不定期で紹介します。
中心市街地や秋田市文化創造館での
過ごし方・使い方のヒントを
見つけてください。

のはらむら

秋田県秋田市泉馬場
代表 工藤留美さん

秋田市文化創造館からは車で約10分。泉馬場と呼ばれる地域に、木のおもちゃを中心とした「あそび」の専門店〈のはらむら〉はあります。幼稚園教諭、大学職員を経て、工藤留美さんが自宅の一角でお店を始めたのは7年前のことです。

店内に並ぶのは、20年の幼稚園教諭経験をもつ留美さんが選りすぐった、おもちゃやアナログゲームの数々。

主力は、キャラクターの力に頼らない、「子どもの育ちを促すこと」を目的に、造形・大きさ・重さを考えてつくられたヨーロッパの木のおもちゃです。

温もりを感じられることはもちろん、想像力を掻き立てるシンプルな形が特徴で、「目で追う」「握る」「積む」といった、年齢に合わせたいろんな遊びに答えてくれます。

ネフ社(スイス)のドリオとティキ。指先で触ったり、握ったり、舐めたり、留美さんの子どもも実際に遊んだもの。色もカラフルで、握るとカラカラと木の音色が響きます。

特に力を入れるのは積み木。

「ブロックと積み木は違うんですよ。積み木は重ねていくと、ずれたらコロンって倒れちゃうので、何度も積み上げることを繰り返しますよね。2個、3個、と、だんだん数が積めるようになるのは、指先の感覚や自分の目で確認しているから。遊びながら、“繰り返し”や、“調整すること”を経験できます」。

店では、発育に合わせたおもちゃ選びをアドバイスしてくれます。

「プレゼントしたら喜んでくれた」という声もうれしいし、
「以前買ったおもちゃで遊ばなくなった」という声もとても大事と留美さん。


「2歳になると積み木で遊ばなくなったという声をよく聞きますが、積み木の立ち位置が変わっていくだけなんです。

動物があったら積み木で動物園の檻をつくるし、車があったら道路、人がいたら家をつくって遊ぶかもしれない。言葉が出てきて想像力が育ってくる時期なので、積み木の量を増やしたり、違う形のものを加えてあげると、同じおもちゃで『あそび』が深まっていきますよ。

発育のことがわかると子育ても苦じゃなくなるし、せっかく買っていただいたおもちゃを、子どもの成長に合わせて最後まで生かしきるお手伝いができたらいいなと思っています」。

20年目の転機

自宅とつながる店舗は、実は子ども部屋だった場所。

幼稚園に勤めていた頃から「子どもが独立したら、この場所で、自分のキャリアを活かせる仕事を自分で始めたい」と次のステップを考えていた留美さんは、家を建てる際、道路に面した部屋を子ども部屋にしました。

「何をやるかまでは具体的に考えていませんでしたが、いつか何かをやりたいとは思っていたんです」。

最初の転機が訪れたのは、教員生活20年目の年。勤めていた幼稚園と同じ法人の、大学への異動でした。

「図書館や研究センターでの勤務と聞いて、保育現場を離れることは人によってはマイナスイメージかもしれませんが、私は好奇心が上回ってしまって、行ってみることに決めました。ダメならそのとき考えようって」。

慣れないこともあって苦労もしたとふり返りますが、客員教授を勤めていた秋田市出身の内館牧子さんとの出会いが、〈のはらむら〉を始める後押しとなります。

内館さんは、自身が愛する相撲の知識を盤石にするため、50歳で大学院に入り、宗教学を専攻。新たな学びに挑戦したことで、活動の幅をさらに広げていました。

「何歳になっても新しく始めることはできる。“何かやりたい”とモヤモヤ思っていた気持ちを、“やっぱりやろう”という気持ちに変えてくれました。

幼稚園と大学にしか勤めたことがない、親も商売人ではない私が、お店を開くということは、思い切らなくてはならないことでしたが、”何をやりたいか”よりも、”今後どう生きていきたいか”を本気で考えたんです。
やりたいな、やりたいなって思ってやらずに生きていくのはすごく嫌だ、このまま死にたくない、だったらやっちゃえ!って。
どこかでパンと飛ばなきゃいけないときってあるんですよね」。

勤めながら企業セミナーにも通い、やりたいことが形になった2014年、結果的に子どもが独立する前でしたが、「自分ができるとき、やりたいと思ったときに始めよう」と〈のはらむら〉をオープンしました。

秋田で育まれた感性

留美さんが考える“本物のおもちゃ”を扱う店は東北では珍しかったこともあり、〈のはらむら〉では「あそび」の大切さを伝えるワークショップや保育講座も積極的に開催してきました。依頼があれば保育現場へも出かけます。

ドイツで、子どもが食事をするテーブルの真ん中に、水が入ったピッチャーが置かれていたのを見たことから扱い始めた「子どもの道具」。「日本の幼稚園では大きなヤカンで先生に注いでもらうのが一般的ですが、小さいヤカンをテーブルの上に置いてあげたら、自分で注いだり、友達に注いであげたりできるのではないかと思ったんです」。本物に触れてもらいたい、遊びも生活も主体的になることを丁寧に伝えていきたいという思いで選びます。

「幼児教育の現場は土の中。芽が出て、子どもたちがどんな大人時代を過ごしているか見届けることはほとんどできません。でも土がダメならその先もダメになってしまう。未来を信じて、子どもたちの育ちの土壌を耕すことが、私たちの役割だと思います」。

留美さんが一貫して大切にしているのは、「五感で感じること」。

教員になってすぐの頃に出会った、レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』(佑学社/新潮文庫, 上遠恵子訳)が保育の軸になっています。
『センス・オブ・ワンダー』は、『沈黙の春』で知られるレイチェル・カーソンが姪の息子ロジャーと自然の中を探検し、雨の森や夜の海での体験をもとに綴られた物語。

「本にある『知ることは感じることの半分も重要ではない』という一節。

私がずっと思っていたことはこれなのかもしれないと思わせてくれた、基本に立ち返るとても大事な言葉です。

辛いことがあっても、些細なことをおもしろがれるあそび心や感性がある人は強い。豊かに生きていけると思うんです」。

新卒で入社し、12年勤めた幼稚園が、「あそび」を大切にし、木のおもちゃを多く揃えていたことが活動の原点だと話しますが、留美さんが五感で感じる大切さや、木のおもちゃの力に着目し、惹かれていったのは、自身の幼少期の原体験も関係しているように思います。

ハバ社(ドイツ)の雲の上のユニコーンシリーズ。対象年齢は3歳〜。ビンゴと神経衰弱が合わさったようなゲームで、宝石を置くなど、進捗がわかりやすく単調ではないことが子どもには楽しい。ドイツのアナログゲームは「順番にやる」「人と交渉する」「慎重になる」「記憶する」といった「非認知能力(見えない力)」が知らず知らずに育つようにつくられたものが多く、「終わりがある」ことも魅力だと留美さんは話します。

東京で生まれ、母の故郷である秋田で育った留美さんは、自然が大好きな子どもだったといます。

「父の影響もあって、外でよく遊びましたし、小刀で鉛筆を削ったり、彫刻刀で立体的な木のオブジェをつくってみたり、木のものが好きでした」。

20代の頃は、バイクで山に行き、蔦をとってリースにしたり、海で流木を拾い、オブジェをつくったこともあったとか。自然を楽しみ、あるがままの環境を想像の力で「あそび場」に変えて来た留美さん。

今はその感性が育まれた土壌を留美さんが育て、次世代へつないでいます。

五感で感じる〈あそびのはじまり〉

2017年からは、さらに多くの秋田の人に「あそび」の大切さを知ってもらうため、実行委員会を立ち上げ〈あそびのはじまり〉を主催します。

県内の園舎や公共施設を会場に、「本物に触れてほしい」と、木のおもちゃで遊べるコーナーを設置。
ネフ社のデザイナーでもありパフォーマーでもある相沢康夫さんを招いた積み木ショーや、「デザインの仕事」「野菜を育てる仕事」など、秋田をフィールドに働くプロの知識や技から「本物」を学ぶワークショップなど開催してきました。

「大人も五感を研ぎ澄ます時間があってもいいと思って企画した、秋田市でお菓子づくりをする〈空の木ガーデン〉さんのお菓子ビュッフェは大好評でした。食は、味覚や触覚や視覚を使う、遊びと同じように感覚的で大事にしていることです」。

第4回目となる今年の会場は、秋田市文化創造館。今回も、自由に遊べる〈木のおもちゃ広場〉の設置や、〈プロの仕事から学ぶワークショップ〉を予定しています。※2021年10月31日(日)、1Fコミュニティスペースと芝生広場で開催予定

「天気が良ければ、できるだけ屋外におもちゃをもっていきたいです。風を感じることもそうですが、天井と壁がない、青空の下で遊ぶ感覚をぜひ味わってもらいたい。どこまでも積み木を積めるのではないかと思えます。

好きな絵本を手に取れる〈えほん・おはなしの世界〉もつくります。気に入った形の椅子に座って読んでもいいし、芝生に寝転がってもいい。自由に物語を楽しめる場所です。ハンモックも置けたらいいですね」。

留美さんの話を聞いていると、何もないと思う場所も、想像すれば魅力的で楽しい「あそび場」になるのだと気づかされます。

「あそび」は子どもにとっても、大人にとっても大切なもの。

「親御さんには体験している子どもの様子を観察してもらいたいし、子どもがいないからおもちゃに触れる機会がない人にも来てもらいたいです」。

店名の〈のはらむら〉は、「いろんな人が集まれる場でありたい」と、工藤直子さんの詩集『のはらうた』(童話屋)から名付けられました。

『のはらうた』の詩が描かれたカレンダー

「作品に登場する、ひまわりあけみさんがお花を咲かせているところも、こねずみしゅんくんが住んでいるところものはらむらなんです」。

『のはらうた』の世界では、夕日や海、落ち葉にも名前があって、のはらむらで生きている。

「お店やイベントに来たらみんな幸せになって帰ってほしい」と話す留美さんがつくる空間は、『のはらうた』のように、安心感と、五感で感じる楽しさに溢れている。

information

「のはらむら」

住所秋田県秋田市泉馬場6-12(MAP
営業時間10:00-18:00
定休日火・水曜日 ※営業日時の変更はSNSをご確認ください
駐車場4台
Webhttps://noharamura.com

──旧県立美術館の思い出は?

美術館や公園に連れて行ってくれる父だったので、子どもの頃よく遊びに行きました。大人になってからも、自分の子どもや園児の「児童画展」の会場だったので、作品を観によく足を運んだ場所です。

──秋田市文化創造館に期待することは?

建物の「中」と「外」の一体感で遊びを展開できる場所を探していました。

文化創造館はデッキがあって、その先に緑の芝生、手前にはお堀、背後には千秋公園と、自然と一体にある、いい場所だなと思います。

10月に開催する〈あそびのはじまり2021〉は、コロナの影響もあって敷地内におさまってしまうと思いますが、いずれは、館を拠点に千秋公園やお堀に行って何かを探したり感じて帰ってくるような企画も実現したいです。

今年度、〈あそびのはじまり実行委員会〉は文化創造館と一緒に企画を行うパートナーとして活動しています。場所を貸してくれるだけではなく、「どうやったらできるか」をスタッフが一緒に考えてくれるところが心強いです。いろんな人が関わってくれると、自分にはない感覚に気づかされます。

子どもたちが「いつ来てもいいんだ」と思える場所になったらいいですね。今は親に連れられてきている年齢の子どもが、たとえば中学校で壁にぶつかったとき、ふと立ち寄れば何かを受け取れるような場所。「いつでも受け入れられている」という感覚を今から育てておけば、そういう場になると思うんです。

──友人に案内したい秋田市のおすすめの場所を教えてください

天徳寺と平和公園(秋田市泉三嶽根・MAP
子どもの頃から、お弁当をもって親戚みんなでピクニックをする場所でした。自分が親になっても、子どもとよく行きましたね。自転車の練習もした場所です。

小泉潟公園(秋田市金足・MAP
子どもと一緒に公園の沼に網を持って行って、ゲンゴロウやヤゴなど水性動物をたくさん捕まえて遊びました。思い出の場所です。

(取材:佐藤春菜 撮影:鄭伽倻)