秋田市文化創造館

レポート

「練習」のたねをまく10日間:「mizutama練習プロジェクト -10デイズランスルー-」最終日レビュー

2024.12.27

秋田市文化創造館は、独自のレジデンスプログラム開発のため、アーティストmizutama氏を招聘し、共に新たな可能性を模索しました。この取り組みは「ランスルー(通し稽古)」と称し、館内設備を活用しながら、mizutama氏と共に市民の「こんなことやりたい」という思いを実現するための10日間の試行・練習期間となりました。最終日には「ふりかえり練習」として、10日間の練習記録を展示するほか、様々なパフォーマンスの練習をそれぞれ10分程度行いました。ここではそんな最終日の様子を1日見守っていただいたライターのimdkm(いみぢくも)氏によるレビューを掲載します。

クリエイター・イン・レジデンス 2024
mizutama練習プロジェクト「10デイズ ランスルー」ふりかえり練習
開催日時:2024年11月17日(日)10:00-19:00
会場:秋田市文化創造館 2F スタジオA1ほか


「練習」のたねをまく10日間:「mizutama練習プロジェクト -10デイズ ランスルー-」最終日レビュー

imdkm

 肌寒く、あいにくの空模様となった11月17日、日曜日。秋田市文化創造館2階のスタジオA1にいそいそと足を踏み入れた瞬間、「あっ! ほんとに「たいよう」じゃん!」と思わず声が漏れそうになった。ちょっと感激してしまったのだ。

 「冬に「たいよう」をつくる」。冬の近づく日照時間の少ない秋田で、照明機材をつかってひだまりをつくるささやかな試み。きょうのような天気にはうってつけだ。ごくシンプルで、少しポエティックでもある。しかしまあ、いうて照明でしょ? とたかをくくっていたところ、実際に目の当たりにしたのは、想像の10倍くらいしっかりとした存在感を放つ「たいよう」だった。天幕のようにやまなりになった高い高い天井を持つ広々とした空間は、本来なら自然光を取り込む天窓が閉じられ、かわりにほの暗い闇に染まっている。壁面に投影されたいくつかの映像と「たいよう」が、スタジオA1に鮮やかな色彩と微妙な陰影をつくっていた。
 ひょんなことから「クリエイター・イン・レジデンス mizutama練習プロジェクト -10デイズ ランスルー-」の最終日を取材することになった。mizutamaは自身も多彩な表現活動を行うアーティストであり、また大阪市此花区で「FIGYA」を運営し、国内に限らず東南アジアなど海外のアーティストたちともネットワークを広げてきた。そんなmizutamaが、10日間にわたって秋田市に滞在。文化創造館に訪れた人びとや職員と交流しながら、その過程で拾い上げたシンプルな願望や課題にともに取り組み、「練習」してみる。それが「mizutama練習プロジェクト」だ。
 とは言ったものの、現場で実際になにが起こっているのかはよくわからない。結局みんななにをしているんだ。当日までに、秋田公立美術大学大学院に在籍する高升梨帆による記録noteを読んでイメージトレーニングを重ねた。また、自宅から秋田市文化創造館までは車でおよそ3時間ほど。奇遇なことに、「mizutama練習プロジェクト」が発信するポッドキャスト「mizutamaラジオの練習」の総再生時間(当日朝までに公開されていた、0日目から9日目まで。現在は筆者も出演した最終回も公開されている)も3時間くらいだった。これ幸いと道中ひたすらポッドキャストを聴き続けた。運転しながらmizutamaの滞在初日から当日までに起こったあれこれを圧縮して追体験したようなものだ。
 「たいよう」を見てことさら感激した理由はここにある。「noteで見た/ラジオで聴いたやつじゃん!」ということだ。ほかにも、最終日までに行ってきた「練習」の数々が記録され、スタジオA1やその奥にある細長いスタジオA2、そしてスタジオA1を見下ろすようにぐるりと囲む回廊型のスタジオA3に展示されている。おお、あれもこれも、あの回に出てきたあの「練習」だ。

サンマを上手に食べる練習
活動を記録する練習
チラシを作る練習
インタビュー動画制作の練習
展示の練習
風を感じる練習

 にわかファンのようになって、しばらく展示を見て回った。ごく短い滞在期間のなか最終日にむけてつくりあげた記録展示には、かなり端正な印象を覚えた。パネルやポスターによる記録物を中心としたスタジオA3の回廊はもちろん、フィールドレコーディングした素材を用いたサウンドピースを配したA2の静謐さ、そして照明と記録映像のプロジェクションやオブジェ(凧や人工芝のスペース等々)でフロアを満たしたA1。限られた時間と素材から(いささかトリッキーでもある)展示空間を成立させる、mizutamaの経験の厚みが感じられる。

mizutamaによる展示

もしかすると、それはサウンドやパフォーマンスなど、かたちのないもので特別な空間をつくりだす経験を豊富に持つアーティストならではの力かもしれない。
 会場の概観はこれくらいにしておこう。本題は別にある。当初は、10日間にわたってmizutamaが人びとと向き合いながら重ねてきた通し稽古=ランスルーの集大成に居合わせることになるだろう、と想定して取材に訪れていた。しかし、ほぼ丸一日この現場に居合わせることで、そうした予断は心地よくときほぐされていった。
 「ふりかえり練習」と題されたこの日は、前述の展示にくわえて、地元の中高生や文化創造館の職員、そしてmizutamaの招いたゲストによるパフォーマンスの「練習」が、毎時十数分ほど行われた。あくまでこの日も披露されるのは「練習」であって、その成果が結実した、完結した「作品」ではない。時間になるとパフォーマーが登場し、各々の「練習」を披露していく。ある人はサキソフォンを吹き、またある人びとはフィールドレコーディングを軸としたアンビエントな演奏を行い、またある人は自筆のエッセイを朗読し……。名古屋からmizutamaが招いたゲスト・アーティストの山本雅史も、他の参加者を巻き込みながら、市販の日用品を駆使したパフォーマンスを披露した。大雨に見舞われて文化創造館外のスペースが使えなくなった地元のダンスサークルが飛び入りでスタジオA1を訪れ、本当にダンスを「練習」する一幕もあった。

ダンスの練習
サックスの練習
ライブの練習
朗読の練習
ゲスト・アーティストの山本雅史によるパフォーマンス

 定期的に始まっては終わってゆく「練習」がつくりだすリズムは、アンチクライマックス的だった。しかも、各練習は基本的に一日二回、繰り返される。人工芝のうえのクッションにもたれながら「たいよう」を眺めたり、ぶらぶらと展示を見てまわったりしているうちに時間がきて、「練習」が始まる。地味といえば地味だ。けれども、薄暗いスタジオA1にただようある種の親密さや、「練習」のなかにしばしば垣間見えるそれぞれの瞬間のかけがえのなさが、じわじわと全身を包みこんでいく。悪くない。

 文化創造館で一日を過ごしていると、果たしてここに展示されている記録を紹介して論評したり、あるいは最終日をひとつのイベントとして紹介することに意味はあるのだろうか、という疑問がわいてくる。もう少しつかみどころのないことがここでは起こっている。
 大きな花火を打ち上げるようにクライマックスを演出し、やり遂げた感を出すことはおそらくたやすい。ひとつひとつの「練習」を発表会とでも銘打って数時間のプログラムにしたほうが、わかりやすく10日間を締めくくることができるだろう。お祭りにはしたくなかった、とmizutamaが語っていたのを思い出す。その言葉を耳にしたのはたしか到着してすぐ、挨拶がてら企画について質問していたときだったはずだ。なんとなく理解していたつもりではあったものの、一日その場にいあわせてみてようやく、そのニュアンスが飲み込めてきた。
 成果を発表して達成感を得る、つまり区切りとしてパフォーマンスを提示するのではなくて、「練習」はむしろ、なにか次へとつながるひとつの通過点として存在する。目的を持たない「練習」にはそういった軽やかさがある。と同時に、そうした軽やかさを習慣として身につけることが、さまざまな表現の実践にとって、土台をかたちづくりもする。

 意識的に掲げられた「練習」という言葉は、単に敷居を下げて参加を呼び込む方便というだけではなく、むしろ多様な実践の土台を築くために必要な前提なのだと思う。mizutamaは、関西のパッとやってみるノリを持ち込んでみたかった、とも語っていた。それは都市のすきまを活かしたフットワークの軽い活動のスタイルやその文化のことでもあるし、そうした軽さを維持しながら持続的な活動を行ってきた自身の経験そのもののことでもあるだろう。
 そもそも今回の「mizutama練習プロジェクト -10デイズ ランスルー-」は「秋田市文化創造館のレジデンスを考えるためのレジデンス」というプログラムの一環だ。今回のプロジェクトは、文化創造館に集う秋田の人びとへの介入であるのと同じくらい、文化創造館の今後のあり方への介入でもある。mizutamaは今後もレジデンスプログラムに関わっていく予定だという。mizutamaが今回持ち込んだ「練習」という種は、これから秋田にどう根づいていくだろうか。

Profile

mdkm(いみぢくも)
ライター。ティーンエイジャーの頃からダンス・ミュージックに親しみ、自らビートメイクもたしなんできた経験をいかしつつ、ひろくポピュラー・ミュージックについて執筆する。単著に『リズムから考えるJ-POP史』(blueprint、2019年)。

撮影:高橋 希(オジモンカメラ)


クリエイター・イン・レジデンス 2024について
秋田市文化創造館の「クリエイター・イン・レジデンス」は、これまで多様なクリエイターが市民の創造力を刺激する表現を生み出してきました。そこで今年度は、アートスペース「FIGYA」運営や多様な活動を展開するアーティストmizutama(みずたま)氏をゲストに迎え、文化創造館ならではのレジデンスプログラムを共に創り上げていきます。

▶︎クリエイター・イン・レジデンス 2024「秋田市文化創造館のレジデンスを考えるためのレジデンス」については こちら

mizutama練習プロジェクト 10デイズランスルーについて
ランスルーとは舞台用語で「通し稽古」を意味します。秋田市文化創造館内の様々な場所や機材等を活用し、日頃から「こんなことやりたいな」と思っている方の気持ちに応えて、アーティストmizutamaと一緒に試行し練習する10日間。

▶︎「mizutama練習プロジェクト 10デイズランスルー」についてはこちら

アーカイブ

「mizutamaラジオの練習」
10日間にわたるラジオの記録です。
ラジオパーソナリティ:mizutama

「mizutama練習プロジェクト-10デイズランスルー-記録」
著者:高升梨帆(秋田公立美術大学 大学院生)