秋田市文化創造館

レポート

クリエイター・イン・レジデンス2025「風景のタペストリー」

佐々木蓉子レビュー

2025年9月にスタートしたクリエイター・イン・レジデンス2025。ゲストクリエイターのラクミ・フィトリアニは、10月19日から31日にかけて秋田市文化創造館内でプロジェクト「風景のタペストリー」の成果発表を行いました。10月25日に実施したアーティストトークでフィトリアニの話の聞き手を務めた佐々木蓉子が本プロジェクトをレビューします。

滞在期間|2025年9月〜10月
成果発表|2025年10月19日~31日
アーティストトーク|2025年10月25日
会場|秋田市文化創造館

アーティストトークの様子  撮影:星野慧
アーティストトークの様子  撮影:星野慧

*This review article on the residency program is currently only available in Japanese. An English translation will be released at a later date.


風景の記憶を編みなおす——ラクミ・フィトリアニのレジデンスを振り返って

文=佐々木蓉子(弘前れんが倉庫美術館 アシスタント・キュレーター)

はじめに

 ラクミ・フィトリアニは、インドネシア・バンドン市の南に位置するパンガレンガンを拠点に活動するランドスケープアーキテクトであり、アーティストである。フィトリアニは、2025年9月から約2ヶ月間の秋田でのレジデンスにおいて、「風景のタペストリー」と名付けたプロジェクトを展開した。本プロジェクトは大きく分けて、計8回の市民との作品制作のワークショップと、その成果発表としての展示(成果展示)から成るものだ。このレポートでは、成果展示と筆者が聞き手を務めたトークイベントの内容を踏まえ、フィトリアニの秋田での活動を振り返り、その根底にある作家としての姿勢を考える。

ワークショップの様子の写真

ワークショップの様子

ランドスケープアーキテクトとしての出発

 フィトリアニは、アーティストとしての活動以前に、ランドスケープアーキテクトとしての経歴を持つ。ランドスケープアーキテクトとは、建設や土木といった他業種と協働し、人々の動線や植物の生育環境を考慮しながら、庭園から広場、公園にいたるまで多岐にわたる景観を設計する仕事である。フィ
トリアニは、2016年、インドネシアのボゴール農科大学のランドスケープアーキテクチャプログラムを卒業後、インドネシア国内のプロジェクトに携わってきた。ランドスケープアーキテクトとして風景の設計に対する知識を深める一方で、クライアントの意向に答えた風景を作り出すために自然に手を加えることで、結果として環境破壊につながってしまう葛藤も経験してきたという。その背景には、ランドスケープデザインの分野と密接に関わる、自然をコントロール可能な対象として捉える西洋的自然観がある。こうした西洋的な自然観と、アーティストとしてフィトリアニが考える「人間と自然の関係性」との間にずれが生じたこと、くわえて、ランドスケープアーキテクトに求められる土壌や気候などに関する科学的な知見を超え、より多層的に世界を捉えたいと感じたことが、アーティストの道へと進む契機となった。

風景のタペストリー

 本レジデンスでフィトリアニがテーマとした「風景の記憶」のアイディアは、ショウリデ・C・モラヴィの著作『Environmental Warfare in Gaza(ガザにおける環境戦争)』(2024年、Pluto Press)が着想源となっている。本書は、紛争が続くガザ地区において、軍による自然環境への関与が、いかにガザの土地を作り替えてきたかを考察する内容である。フィトリアニは、本書の読書体験を通して、「風景と人間との相互作用は、コミュニティの記憶、文化、習慣、そして価値観をどのように形作っているのか」という問いを立てた。

 フィトリアニは、2019年より刺繍や編み物を手法とした作品制作を行ってきた。今回のプロジェクトでも、主として手芸の手法が用いられている。彼女にとって、手芸は幼少期から身近な存在であった。母親に買ってもらった人形の服を手縫いで作った経験が創作の原体験であり、大学生の頃には独学で編み物を楽しんだという。くわえて、糸や布といった素材そのものは、ランドスケープアーキテクトとして向き合ってきた風景を構成する自然の一部である「植物」を原料としている。この点も、彼女が刺繍を用いる重要な理由であるという。

ワークショップ(手元の様子)

 今回の成果展示のスペースは、秋田市文化創造館3階の回廊状の展示空間スタジオA3である。順路の最初に現れる壁面では、ワークショップに参加した市民によるコラージュ作品で構成された「風景のタペストリー」が展開された。述べ59名の参加者が、思い入れのある風景の写真を持ち寄り、フィトリアニと交流しながら、コラージュを制作した。素材として使用された古い布や衣服も、市民が持ち寄ったものだ。フィトリアニは、人々から提供された布を、その人と共に秋田の風景を体験した特別な素材として捉えている。紙に出力した写真の上に直接ステッチを施したもの、写真の周囲に質感の異なるはぎれをフレーム状に縫い合わせたものなど、さまざまな作品が生まれた。

 コラージュ作品の間には、参加者から寄せられた「風景の記憶」にまつわる場所でフィトリアニが撮影した現在の写真とともに、過去に写された写真が展示された。過去の風景の写真は、明治期から昭和期にわたるもので、作家自身が図書館などを通じて郷土資料から探し出した。壁面ではたとえば、秋田市文化創造館からほど近い、千秋公園内から見える現在の秋田市街地の眺めと、昭和期の同じ場所からの眺めがおさめられた写真が並んだ。この昭和期の写真の上には、曲がりくねった道のような黄色いステッチが軽やかに走り、過去と、縫い手がいる現在とを繋いでいるように見えてくる。このほかにも、明治期創業の老舗百貨店「木内(きのうち)百貨店」をはじめ、市民にとって馴染み深い施設から郊外の自然まで、様々な場所の写真が展示された。

 フィトリアニは、写真とともに、秋田の風景にまつわるエピソード、すなわち、「風景の記憶」の提供をワークショップ参加者以外にも呼びかけた。寄せられたエピソードの総数は最終的に72箇所にのぼった。成果展示の順路の終盤で参加者手書きのシートが紹介されたほか、Google Mapsでも公開された。フィトリアニにとって、このプロジェクトは、秋田の人々の風景の記憶をマッピングする作業であった。「木内百貨店」のように、複数の参加者から写真が寄せられた例もあり、個人の風景の記憶が重なり、街の集合的な記憶が織りなされていくありようが示された。作家は、これを長い時間をかけてひとつのタペストリーが織りなされるプロセスに重ね合わせ、視覚的に示すことを試みた。

「風景のタペストリー」
撮影:星野 慧
コラージュ作品の間には、参加者から寄せられた「風景の記憶」にまつわる場所でフィトリアニが撮影した現在の写真とともに、過去に写された写真が展示された。 
撮影:星野 慧

流れる水の時間

 「風景のタペストリー」の展示の先には、透きとおるような薄い素材の布が数枚、天井からカーテンのように吊られ、空間がゆるやかに区切られたスペースがある。ここには、フィトリアニと市民がともに作業するための机と椅子が設えられた。机の上にはロール状の青い布が広げられ、手芸用の素材や道具が準備されている。展示期間中、フィトリアニは定期的にこの場所を訪れ、市民と交流を重ねた。作家が不在の時間にも市民が自然と集まり、談笑しながら針と糸で刺繍を施した。机の上に広げられた分の布が装飾で埋まると、青い布は少しずつ送り出され、川の流れを思わせるように、床の上に直線的に配された。

共同制作スペース
撮影:星野 慧

 この共同制作スペースを抜けると、壁にそって天井に近い位置から長い布が重ねられて下がり、滝の流れを再現した一角が現れる。この滝のイメージは、人々から寄せられた風景の記憶の中に、秋田県にかほ市の「元滝伏流水」のエピソードがあったことから着想を得たものだという。さらに、近くの床面には、秋田市内を流れる雄物(おもの)川、旭川、太平川、岩見川といった河川の形状を辿るように布が配され、大地の地図のように展開された。その周囲の壁面には古布を裂いて編み込んだ造形が伝い、空間全体でうねるような川の流れが表現された。滝と川は山の中の同じ源泉を共有することから、ひとつの展示空間で、両者が繋がりをもつものとして関係付けられている。

 こうした「流れる水」のイメージは、フィトリアニが自身の作品の中で繰り返し取り入れてきたものだ。例えば、2022年の作品《Living Water(生きた水)》は、インドネシアのジョグジャカルタでのレジデンスに際して制作された。同地の自然保護区周辺における観光開発や農業による環境変化が、湧水や湖の流れを変え、人々の暮らしに影響を及ぼしている状況に着目した作品である。布と毛糸が素材として用いられ、変化を遂げてきた複雑な水の流れが、緻密な刺繍で表現されている。フィトリアニにとってある土地を流れる水は、地域住民の生活に密接に関わるものであり、自然と人間の相互作用を象徴する存在である。くわえて、流れる水と手芸の技法は、彼女のなかで、時間の感覚の点でも結びついている。フィトリアニは、布に針を通すときの下から上へ、上から下へと繰り返される身体の動きに、円環的でゆらぎのある時間の流れを感じるという。手芸の行為における時間のあり方は、上下に波打ちながら絶えず進んでいく水の流れと共鳴するものとして捉えられている。

Rakhmi_Living-Water
ラクミ・フィトリアニ《Living Water(生きた水)》(2022)
撮影: Mochamad Alvi
Rakhmi_Living-Water_WIP
制作途中の作品(部分)
写真提供:Rakhmi Fitriani

記憶の交換

 今回のプロジェクトにおいて加えて特筆すべきは、ワークショップ参加者と作家の間の記憶の交換行為である。フィトリアニは、故郷のインドネシアで自らが大切にしている風景の写真を素材に自身が制作したコラージュ作品を、参加者のコラージュ作品と交換し、持ち帰ってもらうことにした。いわば、記憶を交換する儀式のようなこの行為を重要なものとして位置付けた。さらに、ワークショップ終了後、フィトリアニは、参加者から寄せられた「風景の記憶」にまつわる場所を中心に、秋田県内の50箇所以上を訪れた。今回の成果展示の中でも、フィトリアニが訪れた場所が映像で紹介された。

 日本各地の美術館やアートセンターなどでのプロジェクトにおいて、外から訪れた多くの作家が地域住民と交流し、作品の制作を行ってきた。一方で、会期終了と共に多くの作品は撤去されてしまうことで、作家と住民の間に築かれた関係性は、写真やテキストなどのドキュメントにのみ残る事例も多い。こうした状況を鑑みつつ、フィトリアニと市民に間の作品の交換行為や、風景の追体験の試みを捉えてみたい。そこには、秋田の人々の記憶を作品のための素材として消費するのではなく、対等な関係性を築きたいという作家の思いと、秋田の土地に何を残せるかという問いに向き合った、真摯な姿勢が示されている。

フィトリアニは自身が居住する地域の市場や茶畑などの写真を縫い付けたコラージュ作品を制作し、全てのワークショップ参加者の作品と交換した。
(C)2025 Rakhmi Fitriani
ワークショップ参加者の制作風景

おわりに

 本プロジェクトの参加者や、成果展示の鑑賞者は、秋田の街並みや自然が辿った工業化・近代化の過程、そして「今はもう戻ることのできない風景」がかつて存在した事実に否応なく直面することとなったであろう。しかし、フィトリアニにとって時間の中での風景の変化は自然なものであり、人間もまたその過程の一部にすぎない。彼女が今回のワークショップで意図したのは、単にノスタルジーを呼び起こすことや近代化を否定することではない。そこでの目的は、風景の変化を受け入れ、まさに慣れ親しんだ風景の記憶を編みなおすように、生活を営む環境に対する新たな視点や捉え方を促すことにあった。 ランドスケープアーキテクトの仕事においては、数十年後の樹木の生長や生態系の持続可能性までを見据えた、長期的な時間軸で環境と向き合うことが求められる。風景の変容をひとつの自然なプロセスとして捉えるフィトリアニの姿勢は、彼女が常にマクロな視点を持ちつつ、私たちが生きる世界と向き合ってきたからこそのものだ。秋田の人々にとって、フィトリアニとの活動の「記憶」は、日常の風景を多層的な時間軸の中で捉え直すための装置として、この先も作用し続けていくだろう。

Profile
佐々木蓉子(弘前れんが倉庫美術館 アシスタント・キュレーター)
弘前れんが倉庫美術館アシスタント・キュレーター。1994年北海道札幌市生まれ。2020年北海道大学文学研究科(芸術学)修了。2020年から弘前れんが倉庫美術館に勤務し、地域に開かれた美術館のあり方に関心を持ちながら展覧会企画、コレクション管理に携わる。展覧会「ニュー・ユートピア——わたしたちがつくる新しい生態系」(2025年)では、津軽地方の「こぎん刺し」資料の展示などを担当。

▶︎プログラム全体の詳細についてはこちら

▶︎成果展示の詳細についてはこちら

掲載日|2026年1月31日