秋田市文化創造館

レポート

「未来の生活を考えるスクール」第3回開催レポート
「ホーム」を捉えなおす

2021.12.26

日時:2021年10月23日(土)14:00〜16:00
ゲスト:坂下美渉さん(NPO法人あきた結いネット理事長)、西原珉さん(セラピスト、キュレーター、「トナリ」代表)
主催:秋田市文化創造館

「未来の生活を考えるスクール」は、秋田市文化創造館がオープン前から中心市街地を会場に開催してきた「新しい知識・視点に出会い、今よりちょっと先の生活について考える」レクチャーシリーズ。これまでも既存のジャンルを超えた領域で活躍するゲストを迎えたトークイベントやワークショップを行っており、今年度は全6回開催を予定しています。

第3回は「『ホーム』を捉えなおす」と題して開催しました。いったいどれだけの人が「自分が居てもいい」「受け容れられている」と思える場をもっているのでしょうか。そして、どのような条件が揃っていれば、そのように安心し落ち着ける場が生まれるのでしょうか。秋田県内で初めてのホームレス支援団体を立ち上げ、生活困窮者や障害者支援に携わる坂下美渉さん、アート・マネジメント、キュレーション、ソーシャル・ワークの領域が重なる活動を展開する西原珉さんをゲストに迎え、お二人がこれまで実践してきた「居場所」づくりや、創作とケアについて伺いました。

まずは西原さん・坂下さんからそれぞれ、これまでの活動紹介をいただきました。


西原珉さんプレゼンテーション

西原:カリフォルニア州のいわゆる臨床心理士の資格を持っていまして、カウセリングなどを行なっています。臨床心理の立場から言うと、辛いことがあった時にサポートを得られる場所があるか、そういう場所に手が届くか、ということがとても大事で、そういうことを軸に仕事、そして活動をしてきています。また、これは私がアートを考える上で軸となる考えでもあります。

西原珉さん

自分の「ホーム」について話すと、私はなかなか家が定まらない人で…。小学生の時はダ・ヴィンチにうっとりしているような子だったんですけど、うっとりしている間に3回くらい家が変わったりしているんですね。仏教美術をひたすら回るような大学時代では、バックパッカーで調査旅行に乗り出したところ半年くらい帰らなかったり、タイに短期留学もしました。この段階でどこに自分の軸足があるかわからなくなってきたんですが、旅の資金を得るために美術雑誌の記事を書く仕事を始め、そうしたら次は現代美術がすごく面白くなってしまって、今度はドイツに通い詰めるんですね。現代美術に没入していった結果、ハイレッド・センターの「東京ミキサー計画」のように、自分が作品に直接関わるようになり大阪の梅田駅前でお掃除してみたり、自分たちの現代美術の活動をキュレーションすることがすごく楽しくなっていきました。

その後ロサンゼルスに移住することになって、急に環境が変わります。アートマネジメントの仕事を続けていくんですが、ロサンゼルスはメキシコにとても近いので、メキシコでも仕事をするようになりました。メキシコには想像を絶するような貧困や差別や経済状況があって、ロサンゼルスでやっているような白人中心のアートとはまた違う何ができるか、ということを追求していくようになります。

そこで一つの課題として見えてきたのがメンタルヘルスの問題です。自分で直接的に貢献できるようになるために大学と大学院に行って資格を取るまでなんとか頑張り、ロサンゼルスにある「リトル東京サービスセンター」というところでソーシャルワーカー兼メンタルヘルスセラピストとして働き始めました。ここで実践させてもらったコミュニティアートが、今の自分を作る核になっていて、まさに場所づくりに直結した活動だったように思います。

今日のテーマと、坂下さんのお仕事にも関係する「ホームレスネス」(※安定した安全な住まいや居場所がないこと)ですが、私のいたロサンゼルスはアメリカでもホームレス状況が最悪のところでした。

シェルターに手配してなんとかシェルターに入ってもらう。入った人に関して、次に住むところを見つける。そして住むところが見つかったら、そこで暮らしを立て直して持続するサポートをする。フードバンクとか、日本で言う生活保護とか、色々な無料の医療保険を申請するとか、そういうことを全部サポートして一人の人の生活を立て直すということをお手伝いしていました。「ハウジングファースト」、まず住むところを見つけることにお金やリソースを使うべきだ、という考え方が全米の傾向になっていて、それに則って私たちも仕事をしていました。

もう一つ、私が主に関わっていたのはDVです。DVというのも「ホームレスネス」に限りなく近くて、DVに遭うとその瞬間にもう家がなくなるわけですね。ひどい場合は身一つで、何も持たずに家から出ないといけない場合もあります。電話がかかってきて、その晩なんとかモーテルに避難してもらうみたいな、そういう状況です。DVシェルターに来た子どもたちのカウンセリングもしています。ハロウィンの時は庭に海賊の船みたいなものを作ってみたりとか、感謝祭の時は七面鳥を焼いたりとか。そういう季節ごとの活動も大切で、他の大多数の子どもと同じ経験をしてもらおうとしていました。

あとは、幼児・児童虐待の被虐待児のカウセリングですね。英語や言葉自体がまだそんなに話せないとかトラウマによる緘黙(かんもく)症の場合もあるので、ここでは主に芸術療法が力を発揮します。

箱庭や、時にはクリスマスのお菓子の家を作ってもらったりすると、そこにその子たちの心理や状況が現れているということもありました。みんなで集まって手で絵を描くこともよくやっています。衝動とか感情とか、内側のものを外に出す。それだけでだいぶ心理状態が変わる、という体験を与えることを試みていました。

箱庭

今やっている「トナリ」という団体では、通所事業にアートを介在させることや、アートを巻き込んだまちなかの場所づくりを試みていて、そこでは、私は展示に力を入れています。展示というのは、内側のものを外に出す、何よりの体験であり場であると思います。それから、展示と言っても職業的なアーティストだけはなくて、日用品だったり自分の日頃作っているもの、長年作ってきたけど今までどこで見せたらいいかわからなかったもの、などを展示する場を作ることを今は考えています。

トナリプロジェクト(東京ビエンナーレ2020/2021)

トナリでは、「(アートで)あなたをつよくする」「(アートで)あなたをらくにする」「(アートで)あなたをみせていく」という3つを謳っていますけど、カッコの中は本当はアートじゃなくていいんですね。近い将来、ここがアートじゃなくなることがもしかしたら自分の目標なのかなと思っていて、どちらかというとボランティアやファシリテーターの養成に力を入れています。つまり、自分は表現する人じゃないけど、そういう場所作りに関わりたい、なんらかの形で人がポジティブに変化していく瞬間に居合わせたいという気持ちがある人、自分がその場で変わりたい、何かのきっかけを掴みたいという人が来てくれる限り、そういう人たちと一緒に場づくりを進められればと思っています。

また、弁護士の大谷恭子さんが始められた「若草プロジェクト」にも関わっていて、主に10代〜20代の女性のためのLINE相談・電話相談、シェルターを運営しています。ものすごい数のLINE相談が来るんですが、その内容というのが居場所のことですね。家でもなく学校でもなく、友達の家でもない。自分の部屋にいてもだめ。明日の朝までどうしよう、という相談が非常に多いです。「若草プロジェクト」に関わって感じるのは、ものすごい孤独ですね。特に女性の孤独。それは貧困とも絡んでいる。その部分について、シェルター以外にどういう働きかけや場所づくりができるのか、というところも課題だと思っています。

坂下美渉さんプレゼンテーション

坂下美渉さん(左)

坂下:あきた結いネットの坂下と申します。私は元々、高齢者福祉の仕事をしていました。その時に結婚して子供も生まれたんですけど、どうしても子供の用事で仕事を休まなきゃいけないとか、病気したから欠勤とか、職場の中での居場所っていうものがない時期が20代の時期は特にありました。子育てとの両立に悩みつつ、自分としては福祉の中でキャリアを積んでいきたい・将来やりたいことを諦めたくないというところもあって、25歳で東北福祉大の通信に入って意地で社会福祉士と精神保健福祉士の資格を取りました。

私の幼少期は両親が早いうちに離婚して、当時住んでいた関東から秋田に帰ってきました。親戚の家に間借りしたこともあって、いつ住む場所を失ってもおかしくないと感じていました。安定した場所があってもそこを失う可能性は誰にでもある、ということが今の活動のベースになっています。

象潟の風景

これは象潟の田んぼなんですが、明け方に写真を撮った時に懐かしい景色だと思ったんですね。小さい頃は田舎に住んでいて、こういう景色を見て育ったなと。地域に障害のある方も高齢者もいたけども、農業を通じて居場所があった。必ず役割があって、縦割りではない時代が確かにあったんですよね。そこにはそこでいろいろな問題があって今のような制度ができたんですけど、誰にでも居場所があった時代の良いところを現代に持ってきて、みんなが生きやすい社会がつくれないかと思い、あきた結いネットを立ち上げました。

法人理念としては「私たちはあきらめない、見捨てない、妥協しない、地域福祉のジェネラリストである」。人が生きていくうえでは高齢にもなるし、病気をして障害をおうかもしれない。みんなに同じようにリスクがあるのに部分的にだけ福祉の職員が関わるのはおかしいんじゃないの?ということで、いろいろなことに関われる人材を育てて社会に貢献していきたいと思っています。ミッションとしては、「地域にある資源を最大限に生かして無いものは創る!」。法人を立ち上げた時は秋田県にはそもそもホームレスがいないと思われていました。現在も厚労省の調査では秋田県のホームレス数はゼロなんですよ。でも、年間100件以上の相談が結いネットに寄せられている現状があって、そういう方たちは誰がどういうふうに救ってくれるんだろうか。行政とすれば、数としてはいないんだから何か事業をするのは難しいんですけど、NPOとしては地域の現状に合わせてないものは作っていく。そういった取り組みを行っています。

赤い枠で囲まれているものは、行政の支援を受けずに独自で行っている事業になります。より専門性の高い団体にお繋ぎすることもありますが、総合相談としてまずは何でも引き受けています。特に相談が多いのは身元保証事業で、アパートを借りたいけど保証人がいない場合。保証会社から求められる緊急連絡先がない方たちのために、身元保証を行う事業を運営しています。スライドに法務省と書いてありますが、罪を犯した人の受け入れも行っています。相談が来る方たちの多くは、生活困窮がベースにある犯罪ですね。今日食べるものがなくて、コンビニでスーパーで100円のパンを盗んでしまったとか。それを繰り返すうちに逮捕されて刑務所に入るということが現状起きています。刑期を終えて地域に出てきても、住む場所も支えてくれる人もいないような現状が実際にあって。そういった方たちが自分の生活を取り戻すためには、第一歩として「住む場所」なんですね。まず住める場所があって、落ち着いて自分の人生を考えていくとか、働くことを考える。そういう場所が大事になってきますので、あきた結いネットでは緊急用のシェルターであったり、法人で運営しているグループホームにお繋ぎしたりしてサポートさせていただいています。

シェルターの受け入れ日数としては1日から半年くらいの間。その方によって、1週間〜2週間で次の行き先が決まる方もいますし、やはり高齢になってくるとなかなか次の行き先が見つからなくて、半年くらいかかる方もいます。基本的には自立生活なので、ご自身で食事・洗濯などをしていただきますが、基本的には毎日職員が入居されている方と面談したり、お金の問題、借金・ギャンブル・お酒の問題を抱えている方も多いので、そのあたりはこまめに対応させてもらっています。

また、障がいのある方たちが作った商品を集めたセレクトショップstory catを八橋で運営しています。東北の青森や宮城の他に東京の事業所からも商品を集めて運営をしていて、ネット販売もしています。障がいのある人が作ったから買おうということではなくて、個々の商品が素晴らしいから買いたいと思えるような店づくりを進めています。

後半では、居心地が良いと思っている場所って本当に居心地が良いの?落ち着けると思っている場所で本当に落ち着けていますか?「ホーム」ってそもそも必要なの?…というところを一緒に考えていけたらと思います。

 

西原さん・坂下さん対談

西原:私は秋田に来てまだ1ヶ月なんです。いろいろな保守的な風潮もあると聞いていますが…坂下さんが課題だと思っていることを教えてください。

坂下:シングルになった女性に対する厳しさを感じています。また、男性はこうあるべき・女性はこうあるべきという同調圧力が感じられるなと思っています。秋田のホームレスの人たちについても、「いろいろな救いの手や別の選択もあったかもしれないのに、自分でその選択をしたんだろ」という自己責任にする風潮が強くて。今は活動が広がってきていますが、フードバンク事業や子ども食堂も他県に比べると広がるスピードがゆっくりだったと感じてもいました。

西原:ホームレスにしてもDVにしても、自分と関わる問題だということをどうやって届けるかが、直接のサービスと同じくらい大事だなと思うんですよね。秋田に限らず東京でも、「福祉は福祉でいいでしょ」と。「福祉という別の世界があって、そこと自分は交わらない」みたいに考えている方が多く、それはとても幸福な状況かもしれないのですが。先ほど坂下さんがおっしゃったように、もしかしたら自分にもそういうことがあるかもしれない、というふうには想像力が働かないというか。その意識を高めるために、アートやビジュアル表現、プロジェクトやイベントが作用できないかと毎日考えているところです。10月はDVのAwareness Monthです。他にも「5月はメンタルヘルス」とか、月ごとに色々あるんですね。月ごとのカラーが決まっていて、DVは紫色なんですよ。なるべく紫に近い色の服を着て毎日通勤したりしていました。一種のサブリミナル効果といいますか、ささいなことから広がるものもあるので、秋田もそういうイベントをできないか考えています。

坂下:同調圧力を感じる中で、自分の居心地の良い場所を見つけていくのはすごく難しいように思うんですよね。実家にいても親からの同調圧力があったり、会社にいても会社においての何か圧力を感じたり。自分が素のままで、ここにいて居心地が良いなと感じられる「ホーム」ってどのくらいの人が持っているんだろう?と今回改めて考えたんですよ。私自身が安心して過ごせる「ホーム」って実はないかもしれない、って気づいたんですね。皆さんはどうなのかなと思いながら。

西原:またセラピーの話になってしまいますが、EMDRという心理療法ではトラウマを遡って掘り起こすことで治療します。難しい療法なので、自分のトラウマに触れる前には「自分にとって一番安全な場所」を絵に描いたりコラージュで作ってもらったりして、強くイメージしてもらうんです。それで見ると、家だという人は意外といなくて。滝の下とか、ビーチとか。私はビーチは怖くて、本に囲まれた部屋がいつも浮かぶんですけど。ここで言う自分の「安全な場所」というのは、やっぱり心理的安全が保たれる場所のことだと思うんですよ。そこにいると自分が保てるというか、自分の素をさらしても大丈夫とか、恥ずかしい姿も見せられるとか。自分が無条件で受け入れられている、と感じられると心理的安全に繋がるのだと思います。

坂下:生活の基盤としての住む場所と、心の支えになる「ホーム」は別と捉えている人が多くなってきているんですね。うちの娘は休みのたびに出かけるんですが、どこに行っているかと思ったら文化創造館に行っているんです。ここだと勉強できるって。公共施設も、居場所になるんだなと思って。

司会:公共施設も居場所になるんじゃないか、という坂下さんのお話を受けて、今回の趣旨を補足させてください。今年の3月に文化創造館がオープンした時に、自分は実家にいたくなくて、図書館などの公共施設や商業施設が心落ち着ける場所だったな、と昔のことを思い出して。私たち職員が意図していなくても、過ごしやすい場所として見つけてもらうこともあるのかもしれない、とか。私たちも、ここがちょっとしたシェルターのような場所になる可能性を頭の片隅に置いておけたらいいな、と思っていたところでの今回のトークでした。

西原:電車とか、「間」の場所もいいと思うんですよね。DVから逃げてきた人には、落ち着いたらまず車の免許を取ってもらうんです。いざとなったら逃げられるし、自分の好きなところに自分の力で行けることがすごく大事で、車の中はすごく安心するという人が多いです。私も運転している時に限ってアイデアが浮かぶんですよね。

坂下:住むところを失った方には、ハード面の整備、つまり寝泊りする部分での居場所は提供できるんですけど、それ以外の居場所は一人一人違うはずなんですよね。私たちは、本人がしたいことを主張する前に「ボランティアしてみない?」とか日中の「ホーム」を先回りして作ろうとしてしまう節があるのだけど、実際は一人一人違う。

西原:それは私もやっちゃっているので、難しいところですね。こっちが良かれと思ってすすめることはだいたい外れているという(笑)。

坂下:自分で居心地の良い場所に気づいたり、そういう場所を見つけに行くモチベーションを上げられるような、そういったところのサポートが必要になってくるんでしょうね。

西原:自己肯定感とか、自分で何かできるという自己達成感をいかに高めることができるかがメンタルヘルスとソーシャルワークの間に転がっている課題なのだと思います。

坂下:血の繋がりの有無とか、支援する・されるという関係に拠るのではなくて、「相手は一人の人間として自分の考えがあって、自分の人生を獲得していく能力がある」という認識のもとに関わっていく。その人たちの選択を周りの人が応援できる環境があれば、もっと生きやすい社会になるし、「ホーム」とかそういう概念もなくなってどこにいても居心地がいいみたいな。夢物語のようだけども、そのくらいのことを目指していけるといいんだろうなと思うんですよね。自分を表現する場所があることはすごく大きいなとお話を伺いながら思っていました。趣味でもなんでも、好きなことを通して自分を表現する機会を増やしていく。生きづらさがある中でも、自分の気持ちを意識できる時間が入ってくるといいですね。

 

Profile

坂下美渉(さかした みさ)
1978年、由利本荘市出身。社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士。高齢福祉・司法福祉分野で働いた経験を活かし、「秋田県で困っている人なくそう!!」をスローガンに2013年10月、NPO法人設立。現在、身寄りのない市民や生活困窮者、障がい者の支援などに携わる。

Profile

西原珉(にしはら みん)
1990年代の東京にてライター、評論、キュレーションで活動したのち、渡米。アート・マネージメントをしつつ、ロサンゼルスの福祉事務所でソーシャルワーカー/メンタルヘルスセラピストとして働く。個人対象にセラピー、アートセラピーを行うほか、低所得者住宅、DVシェルター、シニアホーム、コミュニティ・センターなどでソーシャル・ワークとしてのアート・プロジェクトを企画してきた。2018年から東京で高齢者、女性、子どもを対象とするワークショップや「てらこや」「トナリプロジェクト」などの居場所づくりを行ってきた。東京家政大学をへて、10月から秋田公立美術大学で教える。米国カリフォルニア州臨床心理療法士。